10.春の城
「まぁ、初めていらっしゃっただなんて。まさに運命ですね。リリー様はご旅行で訪れたのでしょうか」
「あ、いえ。実は私、占い師をしておりまして。簡単な出し物で催眠術師としてステージに出させていただくこともあるのですが……ここには仕事で伺ったのです」
「まぁ、ステージにまで! 素晴らしいですね。亡くなった奥様と、そちらまで似ている境遇だなんて」
マーサの表情が少し陰る。
亡くなった奥様……そういえば、さきほど父親しか現れなかったが、母親は亡くなっているという事なのだろうか。
あまり突っ込んで聞いてはいけなかったかと、申し訳なく思っていると、その空気を感じ取ったマーサがすぐに明るい顔に切り替えた。
「では、こちらの王国についてもウエスティン侯爵家についてもご存じありませんよね。エドワード様からお話があるかと思いますが、簡単にお話いたしますね」
マーサは嬉しそうにそう話し始めるが、まず引っかかることがある。
侯爵家? 侯爵家って言った?
「あの……エドワードから、家格はまあまあだと聞いていたのですが、あの爵位をもう一度聞いてもいいですか?」
「えぇ、ウエスティン家は由緒ある侯爵家でございます」
思ったより、爵位上だった……。
何がまぁまぁだ、あの男。十分偉いじゃないか。
そもそも侯爵家のおぼっちゃんが、素性の知れない占い師とどうこうなろうなんて、絶対に無理だと思うのだが、なぜこの家の人々はこんな軽々しく受け入れているのだろう。
私はそっとベッドから起き上がり、掛布団をめくる。
「やっぱり、私帰った方が……」
「何を仰いますか」
マーサが力強く、掛布団を押し戻し、私を横にさせた。
私もさらに力強く起き上がる。
「いや、だって。流石に侯爵家様とのご交際だなんて、許されませんし」
「いいえ、奥様も祭りのときにやってきた踊り子だったんですよ。愛に身分は関係ありません。もう、それはそれは仲睦まじくて。ここもずっと春の城だなんて言われていたくらいだったんですよ」
愛に身分しか関係ないような貴族の家のメイド長がそんな事を言うなんて、どんな家だここは。
戸惑う私のことはマーサがうっとりとしながら、とても嬉しそうに話をし始める。
現当主の侯爵様と奥様がどれだけ仲が良かったのか。
奥様がどれほど美しく、気さくで明るくて素敵な方だったか。
生まれは貴族ではなかったが、社交界でもその明るさでとても人気のある方だったとか。
ベル様の為に、侯爵が侯爵邸を大改築して王国一の花のあふれる庭園を造ったほどだったとか。
母親であるベル様への賛美と、二人の愛はまさにドラマチックで、聞いているだけでおとぎ話のお姫様と王子様のように面白かった。
おそらく、エドワードの容姿はその母親に似たのだろう。
そして、性格はあの陰険そうな父親似。性格も母親に似れば良かったのに。
マーサが懐かしそうに嬉しそうにエドの両親についての話を続ける。
いつの間にやら、茶菓子とあたたかい紅茶を用意された私は、それをつまみながら長くマーサの話を聞いた。
マーサが力強くああ言ったのも分かる気がする。母親であるベル様と父親の様子を見ていると、そう言うような人間も増えていくのだろう。
実際、春の城であるウエスティン家のおかげで身分差に対する考え方がだいぶ和らいだそうだ。保守的な貴族も多いそうだけど。
一頻り話し終えて、二人であたたかい紅茶を飲む。
紅茶をソーサーの上に、そっと置き、しみじみと呟いた。
「そんなに素敵なお母様がいらっしゃって、さぞかしエドも幸せな子ども時代を過ごしたんでしょうね」
幼くして母を亡くし、祖母に育てられた私とは大違いの、裕福で穏やかで幸せな幼少期だったのだろう。
私がそう言うと、マーサはピクリと固まってしまった。
先ほどまで饒舌に話をしていたのに、気まずそうに紅茶に視線を落とす。
事情が違うのだろうか。
私が静かにマーサが口を開くのを待っていると、マーサは言葉を選びながら、悩みながら、ようやく口を開く。
「いえ……その。奥様は……」
そこにトントン、とノックの音が聞こえた。
返事をすると、メイドが食事の用意が整ったということを報告しにきたようだ。
マーサは少し安堵したような表情で、ではお食事に案内しますねと部屋の外へ出るように促した。
それ以上、マーサに何かを聞けるはずもなく、お腹もすいていたので、すんなりとマーサの言葉に従うことにした。
そもそも、私は隙を見てこの家から逃げ出す予定なのだ。
そんなに深入りしたってしょうがない。
私は身なりを多少整えてもらい、ダイニングルームへ向かうことにした。
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