第92話 次代へ
三国自由貿易条約の改定から、しばらく経った。
北方魔族領には、大きな争いもない。
城下町には商人たちの声が響き、大庭園には今日も多くの人々が訪れていた。
平和だった。
だからこそ――。
「ノエル」
「はい」
「僕が死んだあとのことって、決まってる?」
執務室が静まり返った。
「……突然、何を仰るのですか」
「いや、今すぐ死ぬとかじゃないよ!」
アレンは慌てて手を振る。
「昨日ガルドと話してて思ったんだ」
先代魔王は、後継者を指名しないまま玉座で崩御した。
その結果、ガルドとレイグは魔王位を巡って争わず、五百年間にわたって国を守った。
そしてようやく現れたのが、アレンだった。
「僕も同じことしたら駄目だよね」
「……そうでございますね」
「先代だから上手くいっただけかもしれないし」
◇◇◇
その日の夜。
アレンはガルドとレイグを呼び出した。
「後継者?」
ガルドが眉をひそめる。
「うん」
「十五歳で考えることか?」
「十五歳だから考えるんだよ」
アレンは真剣だった。
「僕、魔王になったの七歳だよ?」
「…………」
「何が起きるか分からない」
レイグが静かに頷いた。
「それで、どうするつもりだ?」
「まだ誰かを決めるつもりはないよ」
アレンは首を横に振る。
「血筋だけで決めるのも違うと思う」
強さだけでもない。
生まれでもない。
「この国をちゃんと守ろうと思ってくれる人」
「それを、次の魔王にしたい」
ガルドが腕を組む。
「父上とは違う考え方だな」
「先代は何も残さなかったからね」
「批判するか?」
「しないよ」
アレンは笑った。
「結果的に、ガルドたちが五百年も守ってくれたんだから」
◇◇◇
「でもさ」
アレンは続ける。
「魔王がいなくても国が動くようにはしておきたい」
ノエルがアレンを見る。
「四十種族の代表」
「貴族」
「官僚」
「それぞれが仕事をして、魔王一人がいなくなっても全部止まらないようにする」
「……なるほど」
「僕が全部決める国って、危ないでしょ?」
ガルドが少し笑った。
「成長したな」
「何その言い方」
「七歳の頃のお前なら、そんなことは言わなかった」
「七歳の僕と比べないでよ」
◇◇◇
会議が終わったあと。
アレンは一人、玉座の間へ向かった。
巨大な玉座。
かつて先代が座ったまま、静かに息を引き取った場所。
その後、五百年間。
誰も座らなかった。
そして今は――アレンの席になっている。
「…………」
アレンは玉座へ座った。
十五歳の身体には、今でも少し大きい。
「先代」
返事などない。
「僕は、ちゃんと次の人に渡すよ」
魔王城も。
大庭園も。
四十種族も。
そして、この平和な国も。
いつか自分ではない誰かが守る日が来る。
「そのときまで……」
アレンは玉座から立ち上がった。
「もう少し頑張ろうかな」
静かな玉座の間に、少年の足音が響く。
先々代から先代へ。
先代から、五百年の空白を越えてアレンへ。
そしていつの日か――。
アレンから、まだ見ぬ次代へ。
北方魔族領の歴史は、これからも続いていく。




