第91話 魔王の役目
三国自由貿易条約の改定から数日後。
魔王城は、いつもの日常へ戻っていた。
「…………」
アレンは執務室で書類を眺めている。
「終わった……」
「まだでございます」
ノエルが次の束を置いた。
「…………」
「魔王様?」
「三国の話し合い終わったよね?」
「終わりました」
「反乱も終わった」
「はい」
「聖剣同盟の問題も終わった」
「左様でございます」
「じゃあ、なんで仕事減らないの?」
「国が存在する限り、政務はなくなりません」
「魔王って大変……」
アレンは机へ突っ伏した。
◇◇◇
その日の午後。
アレンはガルドとともに城下町へ出ていた。
今日は変装していない。
白い髪。
異形の翼。
特徴的な脚。
魔王アレンそのままの姿だった。
「魔王様!」
街の人々が頭を下げる。
「こんにちは」
アレンは手を振った。
以前なら、人間だった自分が魔族の国を歩いていることに違和感があった。
だが今は。
ここが自分の国だった。
◇◇◇
「ガルド」
「なんだ」
「先代って、こうやって城下町を歩いたりしてた?」
「ああ」
「意外」
「護衛を撒いて勝手に市場へ行くこともあった」
「……僕と似てない?」
「だから前から言っている」
「…………」
少し歩くと、大庭園が見えてきた。
今日も一般開放されている。
子供たちが走り。
老人がベンチに座り。
様々な種族が同じ場所を歩いている。
「……使ってくれてる」
アレンは嬉しそうに呟いた。
「作ったのだから当然だろう」
「でも嬉しいんだよ」
◇◇◇
二人は大噴水の前で足を止めた。
「ねえ、ガルド」
「なんだ」
「僕がいなくなっても、この庭って残る?」
「管理され続ければな」
「そっか」
アレンは噴水を見上げる。
「先代の気持ち、ちょっと分かったかも」
「父上の?」
「うん」
自分が生きている間だけじゃない。
自分が死んだあとにも。
誰かが使ってくれるものを残したい。
「魔王ってさ」
アレンは静かに言った。
「一番強い奴がなるものだと思ってた」
「…………」
「でも違うんだね」
ガルドは何も言わず、続きを待った。
「自分がいなくなったあとも、みんなが困らないようにするのが……魔王なのかな」
ガルドは僅かに目を細めた。
「父上も、似たようなことを言っていた」
「また先代!?」
「仕方ないだろう。似ているのだから」
「僕、喧嘩は強いよ?」
「そこだけは正反対だ」
アレンは笑った。
◇◇◇
帰り道。
大庭園の入口で、一人の小さな魔族の子供がアレンへ駆け寄ってきた。
「魔王様!」
「ん?」
「これ!」
差し出されたのは、一輪の花。
「庭で見つけた!」
「僕に?」
「うん!」
アレンは受け取る。
「ありがとう」
子供は嬉しそうに走っていった。
「…………」
アレンは手の中の花を見る。
勇者になりたかった。
兄との約束も果たしたかった。
けれど。
今、自分には――。
魔王として守りたいものがある。
「帰ろう、ガルド」
「ああ」
アレンは再び歩き出した。
勇者ではなく。
魔王として。
自分が選んだ道を、最後まで歩くために。




