第89話 三国首脳会談
数週間後。
北方魔族領の首都には、普段より多くの兵士が配置されていた。
理由は一つ。
アカシアント公国。
クロード王国。
そして北方魔族領。
三国の代表が一堂に会するからだ。
◇◇◇
「魔王様」
「うん」
「アカシアント公国の一行が到着いたしました」
大庭園の入口で待っていたアレンは頷く。
「クロード王国は?」
「間もなく到着予定です」
「分かった」
今日は庭園を全面閉鎖。
一般客の姿はない。
代わりに各国の衛兵や外交官たちが並んでいた。
「……緊張してきた」
「反乱軍の前では平然としておられたでしょう」
「戦う方が簡単なんだよ」
「先代魔王陛下とは正反対ですね」
「本当にね……」
◇◇◇
やがて二国の代表団が揃った。
「ようこそ、北方魔族領へ」
アレンが出迎える。
「今日は堅苦しい挨拶は短めにしよう」
その言葉に、外交官たちが僅かにざわついた。
「せっかく庭を作ったんだから、歩きながら話そうよ」
アレンは巨大な庭園へ二国の代表を案内した。
◇◇◇
三国自由貿易条約。
先代魔王の時代に締結されて以来、長い年月にわたって三国の経済を支えてきた。
だが時代は変わった。
「交易品の種類は、条約締結当時とは比較になりません」
アカシアント公国の代表が資料を広げる。
「魔導技術も発達しましたからな」
クロード王国側も続く。
アレンは二人の話を聞きながら頷いた。
「だったら、変えよう」
「……よろしいので?」
「うん」
アレンは大運河の前で立ち止まった。
「先代が作った条約だからって、ずっと同じにする必要はないでしょ?」
「…………」
「先代が今ここにいたら、たぶん同じこと言うと思う」
ノエルが後ろで小さく頷いた。
◇◇◇
話し合いは数時間に及んだ。
関税。
交易路。
魔導製品。
農産物。
北方の資源。
互いに譲れない部分もあった。
「それでは我が国が不利です」
「こちらも同じです」
「うーん……」
アレンは腕を組む。
戦うなら簡単だ。
敵を倒せばいい。
だが政治は違う。
相手にも事情がある。
「……先代って、毎回これやってたの?」
「左様でございます」
「喧嘩より大変じゃん……」
思わず漏らした一言に、周囲から小さな笑いが起きた。
◇◇◇
夕暮れ。
ようやく大まかな合意が見えてきた。
「今日はここまでにしよう」
アレンが大きく伸びをする。
「続きは明日」
そして、ふと思い出した。
「あ、そうだ」
「?」
「みんな、お風呂入ってく?」
「…………」
二国の代表が固まった。
「……風呂、ですかな?」
「うん。庭園に大浴場作ったから」
ノエルが額を押さえる。
「魔王様」
「いいじゃん」
「外交の最中でございます」
「だからだよ。疲れたでしょ?」
アレンは笑う。
「続きはお風呂で話せばいいし」
「…………」
しばらく沈黙した後。
クロード王国の代表が笑った。
「面白い。では、お言葉に甘えましょう」
「我々も異存ありません」
「決まり!」
こうして――。
先代魔王が命懸けで築いた三国外交は。
その遥か後の時代。
十五歳の魔王による――
史上初の『浴場外交』へ突入することとなった。




