第88話 二国からの書状
大庭園での休日から数日後。
アレンは、いつもの執務室に戻っていた。
「…………」
机の上には大量の書類。
「やっぱり多い……」
「魔王様。手が止まっております」
「分かってるよ、ノエル……」
平和になっても、魔王の仕事が減るわけではない。
むしろ聖剣同盟や北方の反乱が片付いたことで、後回しになっていた仕事が一気に押し寄せていた。
「次は?」
「こちらを」
ノエルが一通の書状を差し出した。
封蝋には、見覚えのある紋章。
「これ……クロード王国?」
「はい」
さらにもう一通。
「そして、こちらがアカシアント公国からでございます」
「二つ同時?」
アレンの表情が少しだけ真剣になる。
◇◇◇
まず、クロード王国からの書状を開く。
内容は三国自由貿易条約について。
先代魔王の時代から続いてきた条約を、現在の三国情勢に合わせて見直したいという申し出だった。
「……なるほど」
続いてアカシアント公国。
こちらも内容はほぼ同じ。
「偶然?」
「おそらく、両国間ですでに話が行われているのでしょう」
「そっか」
アレンは椅子へ深く座った。
三国自由貿易条約。
かつてアカシアント公国とクロード王国が戦争寸前まで進んだとき。
先代魔王が必死に両国へ呼びかけ、仲裁した。
その後の長い交渉によって成立したものだった。
「先代が作った条約か……」
「左様でございます」
「変えていいのかな」
アレンがぽつりと呟く。
ノエルは少し考えてから答えた。
「先代魔王陛下も、永遠に一字一句変えるなとは仰らないかと」
「……そうかな」
「国も時代も変わります」
アレンは二通の書状を見る。
「なら――」
◇◇◇
「三国で会おう」
「と、申しますと?」
「手紙だけじゃ面倒だよ」
アレンは立ち上がる。
「アカシアント公国とクロード王国の代表を、北方に招こう」
「三国首脳会談でございますね」
「うん」
そして少し考える。
「あ」
「どうされました?」
「場所、ちょうどいいところがあるじゃん」
ノエルが嫌な予感でもしたような顔をする。
「……まさか」
「大庭園!」
「やはり」
「せっかく作ったんだから使わなきゃ損でしょ?」
「魔王様は最近、そればかりでございますね」
「本当のことだもん」
アレンは笑った。
◇◇◇
しかし、すぐにその表情は変わる。
「ノエル」
「はい」
「先代は、二国が戦争しそうになったとき……怖くなかったのかな」
「怖かったと思います」
「先代、喧嘩弱かったんだよね」
「はい」
「それでも二国の間に入った」
アレンは窓の外を見る。
先代が築いた城下町。
その先には、自分が新たに造った大庭園が広がっている。
「僕なら、戦いになっても止められる」
けれど。
先代には、その力がなかった。
それでも話し合うことを諦めなかった。
「……やっぱり凄いな」
アレンは小さく笑う。
「でも今度は、僕の番だ」
先代から受け継いだ条約を。
ただ守るだけではなく――次の時代へ繋げる。
「ノエル」
「はい」
「二国に返事を出して」
アレンは二通の書状を机へ置いた。
「北方魔族領は――三国首脳会談を歓迎するって」
先代が作った三国の平和。
そして今。
その続きを作るための会談が、始まろうとしていた。




