第86話 魔王の休日
大庭園が完成してから数日。
この日、庭園の入口には普段とは違う看板が立てられていた。
『本日、王家行事のため休園』
城下町の住民たちで賑わう庭園も、今日だけは静かだった。
◇◇◇
「本当に全員呼んだの?」
「魔王様がお命じになったのでしょう」
ノエルが呆れたように答える。
庭園に集まっていたのは、ガルドやレイグだけではない。
普段アレンの世話をする使用人。
料理人。
庭師。
衛兵。
事務官。
魔王城で働く者たちが大勢招待されていた。
「最近、みんな忙しかったからさ」
アレンは笑った。
「今日は仕事なし!」
「最低限の警備は必要ですが」
「ノエルは真面目だなぁ」
「誰かが真面目でなければ困ります」
◇◇◇
料理が庭園へ運び込まれる。
普段なら魔王に頭を下げてばかりの使用人たちも、今日は少しずつ表情が柔らかくなっていた。
「魔王様!」
「ん?」
「こちらのお料理もいかがですか?」
「食べる!」
ガルドが遠くからそれを眺める。
「……随分と賑やかになったな」
「ああ」
レイグが頷いた。
「父上の時代とは、また違う」
◇◇◇
夜。
「よし、お風呂行こう!」
「結局それか」
ガルドが呆れる。
「このために作ったところもあるから!」
「否定できんのが困るな……」
庭園浴場にも、この日は使用人たちが招かれていた。
巨大な露天風呂。
大理石の柱。
庭園の噴水が遠くに見える。
頭上には、北方の満天の星。
「……気持ちいい」
アレンは肩まで湯に浸かった。
少し離れたところでは、ガルドたちが話している。
使用人たちの笑い声も聞こえてきた。
「…………」
アレンは夜空を見上げる。
平和だった。
勇者が攻めてくることもない。
反乱も終わった。
聖剣同盟との問題も片付いた。
城下町には明かりが灯り、人々が普通に暮らしている。
「……平和だな」
アレンがぽつりと呟いた。
誰にも聞かせるつもりはなかった。
「兄さんとの約束は……果たせなかったけど」
静かに目を細める。
「これでいいよね」
返事はなかった。
ただ、星々が輝いている。
「…………」
アレンは少しだけ笑った。
そして――。
「……あれ?」
視界が揺れた。
「ん……?」
身体に力が入らない。
そのまま湯船の縁へ、ぐったりともたれかかる。
「陛下?」
ガルドが気づいた。
「おい、アレン?」
「なんか……くらくら……」
「まさか」
ガルドが慌てて湯から上がる。
「のぼせているぞ!」
「魔王様!?」
「医務室へ!」
「いや……ちょっと休めば……」
「黙っていろ!」
ガルドはアレンを抱え上げた。
「うぅ……」
「どれだけ入っていた!」
「……分かんない」
「馬鹿者!」
使用人たちが慌ただしく道を開ける。
こうして。
自ら造った大庭園での初めての休日は――。
魔王本人がのぼせて運び出されるという形で幕を閉じた。




