第82話 先代が残した国
大庭園計画が始まって数日。
魔王城では、建築官や財務官たちが慌ただしく動き始めていた。
「魔王様。庭園の第一設計案が完成いたしました」
「もうできたの?」
「まだ第一案でございます」
ノエルが巨大な図面を机に広げる。
中央には魔王城から真っ直ぐ伸びる大通り。
巨大噴水。
運河。
四十種族を象徴する庭園。
そして端には、大浴場の予定地まで描かれている。
「おお……!」
アレンは目を輝かせた。
「本当に作るんだ……」
「魔王様がお命じになったのですが」
「そうだけどさ」
◇◇◇
「それで、いくら?」
アレンが恐る恐る尋ねる。
財務官が書類を確認した。
「現段階では、国家財政に大きな影響を及ぼす規模ではございません」
「……本当に?」
「はい」
「お風呂も作って?」
「作っても、です」
「すご……」
アレンは椅子にもたれた。
「先代って、どれだけお金持ちにしたんだろ」
「正確には、国を豊かにされたのです」
ノエルが訂正する。
「先代魔王陛下の治世後半は、北方魔族領史上でも最大級の経済成長期でした」
三国自由貿易。
道路整備。
都市建設。
産業の発展。
使っても、それ以上に国庫へ金が入ってきた時代。
「現在は当時ほどの急成長ではございません」
「景気悪いの?」
「いいえ」
財務官が首を横に振る。
「安定したのでございます」
「安定……」
「既に必要な都市や交易網の多くが完成しておりますから」
アレンは窓の外を見る。
巨大な城下町が広がっていた。
◇◇◇
「先代ってさ」
「はい」
「最初からすごかったの?」
ノエルは少し考える。
「いいえ」
「やっぱり?」
「幼少期は喧嘩も弱く、よく他の子供にいじめられていたと記録されています」
「魔王なのに?」
「魔王になる以前のお話です」
アレンは少し笑った。
「でも、政治と外交だけは誰にも負けなかった」
「左様でございます」
争うことを嫌った。
だから話し合った。
武力がなかった。
だから仕組みを作った。
そうして少しずつ周囲から認められた。
「…………」
アレンは図面を見る。
「僕とは逆だな」
「そうでしょうか?」
「僕なら反乱されたら、本人のところまで行って殴ればいいし」
「それをできる方が普通ではございません」
「……そっか」
アレンは苦笑する。
◇◇◇
夕方。
アレンは一人、大浴場にいた。
中央の噴水から水が流れる。
先代の像の口から、温かな湯が注がれていた。
ガラスの向こうには星空。
天井には――先代が成し遂げた数々の功績。
「…………」
アレンは湯に肩まで浸かる。
この浴場も。
魔王城も。
城下町も。
今、自分が当たり前のように使っているものは、誰かが作ったものだった。
「僕も……」
アレンは天井画を見上げる。
「ちゃんと残せるかな」
返事はない。
先代の像は、今日も変わらず口からお湯を吐き続けている。
「……まあ」
アレンは少し笑った。
「まずは庭園か」
先代と同じものを作る必要はない。
自分には、自分のできることがある。
北方魔族領はもう、成り上がる国ではない。
豊かになった国を――次の時代へ渡す。
それが今の魔王の仕事だった。




