第8話 脱走
「最高傑作」と呼ばれてから、一週間が過ぎた。
アレンは他の子供たちとは別の牢へ移されていた。
広くなった部屋。
少しだけ増えた食事。
だが、それは優しさではない。
壊したくない実験体だからだ。
施設長は満足そうに言った。
「近いうちに、最終実験を行う。」
「成功すれば、お前は人を超える存在となる。」
アレンは無言だった。
(人を超える……?)
(違う。)
(人間じゃなくなるんだ。)
その夜。
牢の外で見張りが酒を飲み始めた。
「今日は祝いだ!」
「最高傑作が完成したんだからな!」
笑い声が響く。
その隙を、アレンは見逃さなかった。
食事の時に密かに隠していた錆びたスプーン。
毎日少しずつ削り続けた鉄格子。
ギギッ……
一週間かけて削った一本が、静かに外れる。
(今しかない。)
アレンは身体を押し込み、牢の外へ出た。
見張りはまだ酒に夢中だ。
音を立てず、廊下を進む。
何度も歩いた道。
実験室。
倉庫。
食堂。
そして――出口。
あと少し。
その時だった。
「誰だ!」
見張りが気付いた。
「実験体が逃げたぞ!」
警鐘が鳴り響く。
カン、カン、カン――。
施設中が騒然となる。
アレンは全力で走った。
裸足のまま。
石畳で足を切っても止まらない。
「捕まえろ!」
「殺すな! 生け捕りにしろ!」
矢が飛んでくる。
一本が肩をかすめた。
「ぐっ……!」
痛い。
それでも止まれば終わりだ。
アレンは森へ飛び込んだ。
木々をかき分け、暗闇の中を走り続ける。
どれだけ走ったのか。
もう分からない。
息が切れ、足は震え、視界もぼやける。
それでも、ただ前へ。
(生きる。)
(絶対に……生きる。)
その一心だった。
やがて追っ手の声も聞こえなくなる。
アレンは大木にもたれかかった。
「……はぁ……。」
安心した、その瞬間。
身体から一気に力が抜けた。
傷。
空腹。
疲労。
六年間蓄積したすべてが限界を迎えていた。
雪も降らない、乾いた森。
冷たい風だけが吹き抜ける。
アレンはゆっくりと倒れ込んだ。
「……ここで、終わり……か。」
意識が遠のいていく。
その時だった。
ズシン……
ズシン……
巨大な何者かの足音が、森の奥から近づいてきた。
アレンは薄く目を開く。
最後に見えたのは、金色に輝く巨大な瞳だった。




