第78話 魔王の大浴場
「こっちだよ」
アレンに案内され、四十種族の子供たちは魔王城の奥へ進んでいた。
「……まだ着かないのですか?」
梟族の少年が尋ねる。
「もうすぐ」
「先ほどもそう仰っていましたが……」
そして、巨大な扉の前でアレンが止まった。
「ここ!」
扉がゆっくりと開く。
「…………」
四十種族の子供たちは、一斉に言葉を失った。
金と大理石に覆われた巨大な浴場。
中央には大きな噴水。
浴槽は、もはや風呂というよりプールに近い。
天井には先代魔王の功績を描いた巨大な絵画。
両側には丸みを帯びた防魔ガラスが広がり、その向こうには北方の夜空が見えていた。
「これが……浴場?」
「うん」
「大きすぎませんか?」
「そう?」
「そうです」
梟族の少年が即答した。
ガッシュが得意げに笑う。
「まだ驚くの早いぞ」
「なぜ貴方が自慢するのです?」
「見ろよ、あれ」
ガッシュが指差した先には――巨大な先代魔王の像。
その口から、大量のお湯が流れ出していた。
「…………」
「先代魔王陛下……ですよね?」
「うん」
「なぜ口からお湯が?」
「本人が作らせたんだって」
「…………」
首席の梟族すら答えに困っていた。
◇◇◇
「入っていいのか?」
「もちろん!」
ガッシュは真っ先に浴槽へ向かった。
「おおお……!」
「ガッシュ、走ると危ないよ!」
「お前に言われたくねえ!」
最初こそ緊張していた子供たちも、一人、また一人と湯へ入っていく。
「広い……」
「四十族館のお風呂よりずっと豪華……」
「星も見えるぞ」
巨大なガラスの向こう。
満天の星空に、淡い光が現れた。
緑や青の光が、ゆっくりと夜空を流れていく。
「オーロラ……」
子供たちが見上げる。
「先代は、これを見るために浴場をここに作ったんだって」
アレンが言った。
「そのためだけに?」
「うん」
「……凄い方だったのですね」
「お風呂に関しては、特にね」
「そこなのですか?」
◇◇◇
「そうだ!」
アレンが立ち上がる。
「電気風呂もあるよ!」
「電気?」
数人が首を傾げる。
「気持ちいいよ」
ガッシュが先に入った。
「おお……おおおっ!?」
「どう?」
「変な感じする!」
「でしょ?」
今度はマッサージ機。
ガッシュが座る。
「うおおおお!?」
「ガッシュ、うるさい」
「これ欲しい!」
「四十族館にも置けば?」
その瞬間。
梟族の少年が反応した。
「陛下」
「何?」
「予算というものをご存じですか?」
「…………」
「陛下?」
「最近、勉強し始めました」
「……不安になってきました」
◇◇◇
しばらくすると。
あれほど緊張していた子供たちの声が、浴場いっぱいに響いていた。
ガッシュが笑う。
猫族と犬族が言い合う。
吸血鬼族の子供も笑っている。
梟族の少年でさえ、いつの間にか肩の力が抜けていた。
アレンは少し離れたところから、その光景を見る。
八年間。
ずっと近くにいた。
なのに、こんなふうに一緒に過ごしたことは一度もなかった。
「……なんか」
アレンは小さく笑った。
「こういうのも、いいな」
魔王と人質。
そんな関係ではなく。
ただ同じ時代に生まれた子供たちとして。
四十種族との新しい関係が、少しずつ始まっていた。




