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第73話 初めての買い物

 翌朝。


 魔王城最上階。


「魔王様」


「ん……」


「起きてくださいませ」


「あと五分……」


「本日はご友人と遊ばれるのでしょう?」


「……!」


 アレンが勢いよく起き上がった。


「起きる!」


「昨日までとは大違いでございますね」


「だって仕事じゃないもん!」


 ノエルは小さくため息をついた。


 ◇◇◇


「では、こちらを」


 朝食後。


 ノエルが小さな革袋をアレンへ渡した。


「何これ?」


「お財布でございます」


「財布……」


 中には数枚の銅貨と銀貨。


「本日はこれだけでお過ごしください」


「金貨は?」


「必要ございません」


「晶貨は?」


「絶対にお持ちにならないでくださいませ」


「なんで?」


「屋台で晶貨を出されても困ります」


「……そっか」


 アレンは銅貨を一枚取り出した。


「これが一レン?」


「はい」


「じゃあ昨日のお菓子は五枚?」


「左様でございます」


「なるほど……」


 十五歳。


 魔王歴八年。


 ようやく銅貨の使い方を覚えた。


 ◇◇◇


 城下町。


 今日もアレンは普通の少年――レンの姿になっていた。


「レン!」


「おはよう!」


 昨日の少年たちが待っている。


 その中でも真っ先に近づいてきたのは、リザードマン族の少年だった。


 ワニを思わせる顔。


 硬い鱗。


 太い尻尾。


 名前は――ガッシュ。


「今日は金持ってきたか?」


「持ってきた!」


 レンは自信満々に革袋を取り出す。


「ほら!」


「……なんでそんな嬉しそうなんだよ」


「自分のお金持って歩くの初めてだから」


「お前の家、どうなってんだ?」


「普通だよ?」


「絶対普通じゃねえ」


 ◇◇◇


 市場へ向かう。


「レン、これ食おうぜ」


 ガッシュが昨日と同じ屋台を指差す。


「今日は僕が買う!」


「おっ」


 レンは屋台へ向かった。


「おじさん、四つください!」


「はいよ。二十レンだ」


「二十……」


 レンは革袋を開ける。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


「……」


「レン?」


「ちょっと待って」


 四枚。


 五枚。


「数えるのおせえ!」


「しょうがないでしょ! 初めてなんだから!」


 ようやく二十枚。


「はい!」


「毎度あり」


 レンは商品を受け取った。


「…………」


「どうした?」


「買えた」


「そりゃ買えるだろ」


「僕。」


「初めて自分で買い物した!」


「十五歳だよな!?」


「十五歳だよ!」


 ◇◇◇


 四人で菓子を食べながら歩く。


「そういやレン」


 ガッシュが尋ねた。


「お前の父ちゃんって。」


「魔王城で働いてるんだよな?」


「うん」


「何してんの?」


「…………」


 また来た。


「えっと……」


「偉い仕事」


「昨日もそれ言ってたぞ」


「色々やってるんだよ!」


「じゃあ魔王様と話したことあるのか?」


「あると思う」


「父ちゃんの話なのになんで曖昧なんだよ」


「……忙しい人だから」


 レンは冷や汗をかいた。


 存在しない父親の設定が。


 どんどん複雑になっていく。


「じゃあさ」


 ガッシュが笑う。


「魔王様ってどんな奴なんだ?」


「どんな……」


「怖い?」


「全然」


「強い?」


「かなり」


「金持ち?」


「…………分かんない」


「そこ分かんねえの!?」


「だって本人も知らないと思うよ」


「なんでだよ!」


 レンは慌てて口を閉じた。


「……父さんが言ってた」


「お前の父ちゃん、魔王様に詳しすぎない?」


「…………」


 まずい。


 ◇◇◇


 夕方。


 四人は城下町を見下ろせる丘に座っていた。


「明日も来る?」


 ガッシュが聞く。


「もちろん!」


 レンは笑った。


「ねえ、ガッシュ」


「何だ?」


「友達って。」


「毎日こうやって遊ぶものなの?」


「毎日とは限らねえけど」


「遊びたかったら遊ぶだろ」


「……そっか」


「なんだよ」


「いや」


 レンは遠くの魔王城を見る。


「楽しいなって思って」


「変な奴」


「また言った」


「だって変だもん」


 ガッシュは笑った。


「でも。」


「レンはレンだろ」


「……うん」


 その言葉に。


 アレンも笑った。


 まだガッシュたちは知らない。


 目の前にいる少年が。


 あの巨大な城の最上階で暮らす――。


 魔王アレン本人であることを。


 そしてアレン自身も。


 そろそろ考え始めていた。


 いつまで。


 友達に嘘をつき続けるのかを。

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