第72話 普通の少年レン
北方魔族領・城下町。
「レン! こっち!」
「待って!」
アレン――今はレン。
魔法具で姿を変えた彼は、同年代の少年たちについて走っていた。
魔王でもない。
勇者でもない。
ただの十五歳として。
「それで、何して遊ぶの?」
「鬼ごっこ」
「……鬼ごっこ?」
「知らないのか?」
「うん」
「お前、今まで何してたんだよ」
「……仕事?」
「十五歳だろ!?」
「そうだけど……」
レンは困ったように笑った。
◇◇◇
「じゃあ説明するぞ」
少年の一人が地面へ線を引く。
「鬼になった奴が、他の奴を追いかける」
「捕まえたら交代」
「なるほど」
「簡単だろ?」
「うん!」
「じゃあレンが鬼な!」
「僕!?」
「初心者だから!」
「それ理由になってる?」
「よーい――」
少年たちが身構える。
「始め!」
一斉に走り出した。
「待って!」
レンも追いかける。
だが。
「……あ」
反射的に脚へ力を込めた。
ドンッ!
「うわぁ!?」
一瞬で距離を詰める。
少年たちが固まった。
「…………」
「…………」
「レン」
「何?」
「お前。」
「速すぎない?」
「……そう?」
「そうだよ!」
危ない。
普段の身体能力が出てしまった。
「お、お父さんに鍛えてもらってるから!」
「魔王城で働いてる奴ってそんな強いの!?」
「た、多分!」
また父親の設定がおかしくなった。
◇◇◇
しばらく遊んだあと。
少年たちは市場へ向かった。
「腹減ったー」
「あれ食おうぜ」
屋台から甘い香りが漂っている。
「おじさん、四つ!」
「あいよ。一人五レンだ」
「五レンね」
少年たちが銅貨を取り出す。
レンも服のポケットへ手を入れた。
「……」
反対側。
「……」
もう一度。
「…………」
「レン?」
「何?」
「払わないの?」
「……」
レンは小声で聞いた。
「五レンって。」
「何を出せばいいの?」
「…………は?」
「銅貨?」
「当たり前だろ!」
「ああ、銅貨ね!」
レンは再びポケットを探る。
「…………ない」
「金ないの!?」
「持ってきたことなくて」
「なんで!?」
「いつもノエルが――」
レンが口を押さえる。
「ノエル?」
「うちの……使用人」
「お前、使用人いるの!?」
「……いる」
「父ちゃん、魔王城で何の仕事してんだよ!」
「…………偉い仕事?」
「なんで疑問形なんだよ!」
◇◇◇
「ほら」
一人が銅貨を出した。
「今日は俺が払ってやるよ」
「いいの?」
「五レンくらい気にすんな」
「ありがとう!」
レンは受け取った菓子を一口食べる。
「……美味しい!」
「だろ?」
五レン。
レンはその数字を覚えた。
魔王として。
莫大な金額が記された予算書には何度も目を通してきた。
だが。
自分でお金を払って。
何かを買った経験はほとんどない。
「五レンか……」
「そんな珍しいか?」
「うん」
「変な奴」
「よく言われる」
◇◇◇
夕方。
少年たちは丘の上に座っていた。
「今日楽しかったな」
「うん!」
レンは即答した。
「すっごく楽しかった」
「そんなに?」
「うん」
「じゃあ明日も来いよ」
「……いいの?」
「友達なんだから普通だろ」
「…………」
レンが黙った。
「どうした?」
「今。」
「友達って言った?」
「言ったけど?」
「……そっか」
レンは小さく笑う。
「僕にも。」
「友達できたんだ」
「何だよそれ」
「なんでもない」
◇◇◇
その夜。
魔王城。
「ただいま!」
「お帰りなさいませ、魔王様」
ノエルが出迎える。
「どうでございましたか?」
「友達できた!」
「……!」
「明日も遊ぼうって!」
アレンは嬉しそうに話す。
ノエルも微笑んだ。
「それは何よりでございます」
「あとね。」
「はい」
「ノエル」
「何でしょう」
「僕。」
「お金持ってない」
「…………」
「今日、友達に五レン借りた」
「…………」
「ノエル?」
ノエルは静かに目を閉じた。
「魔王様」
「はい」
「明日から。」
「金銭についてお勉強いたしましょう」
「えっ」
「十五歳にもなられて。」
「ご自分で銅貨すらお使いになれないとは」
「だって!」
「いつもノエルが買ってくれるから!」
「……」
「ノエルのせいでもあるんじゃない?」
「…………」
「なんで黙るの?」
それについては。
ノエルにも。
少しだけ心当たりがあった。
こうして。
魔王アレンは十五歳にして――。
友達だけでなく。
人生初の金銭教育まで受けることになった。




