第71話 僕は遊びたい
北方魔族領での反乱から数日。
魔王城には、ようやく平穏が戻り始めていた。
聖剣同盟。
反乱。
裁判。
復旧。
人間王国との和平。
積み重なっていた問題も、一つずつ片付いている。
だが――。
「……終わった」
深夜。
アレンは執務机へ突っ伏した。
「終わったぁ……」
「お疲れ様でございました」
ノエルが空になった紅茶のカップを片付ける。
「もう仕事ない?」
「本日分は」
「明日は?」
「ございます」
「聞かなきゃよかった……」
アレンは机に頬をつけたまま、大きくため息を吐いた。
◇◇◇
しばらくして。
アレンは窓の外を眺めた。
遥か下には、魔王城の城下町。
もう夜だというのに。
酒場から笑い声が聞こえる。
広場では、何人かの少年たちが楽しそうに話していた。
「……いいな」
「何がでございますか?」
「あの子たち」
ノエルも窓を見る。
「僕と同じくらいかな」
「おそらく」
「……」
アレンは十五歳。
しかし。
七歳で魔王となってから。
周囲にいるのは大人ばかりだった。
ノエル。
ガルド。
レイグ。
貴族。
文官。
兵士。
同じ年頃の友達など。
ほとんどいない。
「ノエル」
「はい」
「僕にも。」
アレンは窓の外を見たまま呟いた。
「同じ年くらいの子と遊びたいな」
「……」
ノエルが振り返る。
そして。
アレンも振り返った。
「ノエル」
「はい」
「俺は遊びたい」
「…………」
「なんで黙るの?」
「いえ」
ノエルは少しだけ笑った。
「ようやく。」
「十五歳らしいことを仰ったと思いまして」
「僕、ずっと十五歳なんだけど」
「存じております」
「その言い方なんか嫌だ」
◇◇◇
「では。」
「城下町へ遊びに行かれますか?」
「うん!」
アレンが立ち上がる。
だが。
すぐに止まった。
「……このまま?」
白髪。
翼。
異形の鳥のような脚。
何より。
北方魔族領でアレンの顔を知らない者は少ない。
この姿で街へ行けば――。
『魔王様!』
で終わる。
「それじゃ友達になれないよ」
「では護衛を――」
「それも駄目」
「しかし」
「魔王として遊びたいんじゃないんだ」
アレンは少し考え。
笑った。
「普通の十五歳として。」
「遊んでみたい」
◇◇◇
翌日。
魔王城の一室。
「これでどう?」
魔法具の力がアレンの身体を包む。
白髪は黒髪へ。
翼は消え。
異形の脚も普通の人間の脚へ変わった。
どこにでもいそうな十五歳の少年。
ノエルが確認する。
「お名前はいかがなさいますか?」
「名前?」
「アレンと名乗れば、すぐに疑われます」
「じゃあ……」
アレンは少し考えた。
「レン」
「レン様?」
「様は禁止!」
「……レン」
「うん!」
アレンは満足そうに頷いた。
「今日から僕は。」
「普通の少年、レン!」
「本日だけでございます」
「分かってるよ」
◇◇◇
城下町。
アレン――いや。
レンは一人で歩いていた。
「……すごい」
いつも見ている街なのに。
魔王として歩く時とは、まるで違う。
誰も頭を下げない。
誰も道を開けない。
誰も「魔王様」と呼ばない。
「これが普通……」
少し嬉しかった。
その時。
「おい!」
「ん?」
広場から声が飛んでくる。
同年代くらいの少年が数人。
「お前、見ない顔だな」
「う、うん」
「どこに住んでんの?」
来た。
アレンは少し緊張しながら答える。
「僕の住んでるところね。」
「魔王城の近くだよ」
「えっ、あの辺?」
「うん」
「じゃあ親は何してるんだ?」
「……」
アレンは一瞬固まった。
「お父さんが。」
「魔王アレン様のところで働いてるよ」
「マジで!?」
「すげえ!」
「魔王様に会ったことある!?」
「……あるよ」
「どんな人!?」
「えっと……」
アレンは困った。
「よく寝る」
「魔王様が!?」
「あと朝が弱い」
「なんでそんなこと知ってんだよ!」
「お、お父さんから聞いた!」
危ない。
◇◇◇
少年の一人が笑った。
「なあ、レン!」
「何?」
「俺たち今から遊ぶけど。」
「お前も来る?」
「……!」
アレンの顔が明るくなる。
「いいの?」
「もちろん!」
「行く!」
その瞬間。
アレンは魔王でも。
勇者でもなかった。
ただの少年――レン。
七歳で魔王になってから八年。
十五歳になったアレンは。
初めて。
自分と同じ年頃の少年たちと遊ぶことになった。




