第68話 聖剣同盟の終わり
王城。
聖剣同盟による一連の事件から、数日が経っていた。
毒殺未遂。
王城への潜入。
勇者ビースト――いや、魔王アレンの誘拐未遂。
そして廃教会の爆破。
事件に関与した者たちへの取り調べは、今も続いている。
だが。
最も重要な人物の処遇だけは、まだ決まっていなかった。
聖剣同盟盟主。
グレイヴ。
◇◇◇
王城の謁見室。
玉座には国王。
その傍らには王女。
宰相、騎士団長、アルベルト。
そして――。
「……」
白髪。
漆黒の翼。
異形の鳥のような脚。
今日は勇者ビーストではなく、魔王アレンとして出席していた。
その正面。
グレイヴが立っている。
「聖剣同盟盟主、グレイヴ」
国王が口を開いた。
「そなたの処分を申し渡す前に。」
「確認しておきたいことがある」
「……はい」
「聖剣同盟についてだ」
グレイヴは目を閉じる。
そして。
「陛下」
「何だ」
「その前に。」
「私から申し上げたいことがあります」
「申せ」
グレイヴはゆっくり顔を上げた。
「私は。」
「本日をもって――」
「聖剣同盟を離れます」
「……!」
謁見室がざわめいた。
アレンも目を丸くする。
「辞めるの?」
「ああ」
「盟主なのに?」
「だからこそだ」
◇◇◇
「私は。」
グレイヴが続ける。
「今でも魔族を憎んでいます」
「……」
「家族を奪われた過去も。」
「仲間を失った記憶も。」
「消えることはない」
アレンは黙って聞いていた。
「だが。」
「私は見てしまった」
グレイヴの視線がアレンへ向く。
「我々が殺そうとした魔王が。」
「我々を守った姿を」
「……」
「そして。」
「自分たちが正義だと信じ。」
「仲間まで巻き込んで爆破しようとした者を」
拳を握る。
「私は。」
「分からなくなった」
「魔族を滅ぼせば正義なのか」
「魔王を殺せば平和になるのか」
「我々は本当に。」
「人間を守るために戦っていたのか」
「……」
「だから。」
「一度。」
「自分の目で確かめたい」
アレンが首を傾げる。
「何を?」
「魔族を」
「……僕たちを?」
「ああ」
「私は。」
「魔族を憎んでいるくせに。」
「魔族が普段どう暮らしているのかすら知らない」
グレイヴは自嘲するように笑った。
「それで魔族すべてを知ったつもりになっていた」
「……」
「だから。」
「聖剣同盟を離れる」
◇◇◇
国王が尋ねる。
「聖剣同盟はどうする?」
「私が離れたところで。」
「組織そのものは消えません」
「各地に支部があります」
「魔族に家族を殺された者。」
「国境で戦った元兵士。」
「和平に反対する者。」
「彼らの思想まで。」
「私が命令して消すことはできません」
「そうだね」
アレンが呟いた。
全員を捕らえることもできない。
魔族を嫌うだけなら犯罪ではない。
和平に反対することも同じだ。
「だから。」
アレンが言う。
「犯罪をした人だけ。」
「ちゃんと裁けばいいんじゃない?」
国王がアレンを見る。
「暗殺とか。」
「毒とか。」
「爆破とか。」
「人を閉じ込めたりとか」
「でも。」
「魔族が嫌いって言うだけなら。」
「捕まえなくていいと思う」
「……魔王であるそなたが言うか」
「嫌われてるだけで捕まえてたら。」
「牢屋がいっぱいになっちゃうよ」
「問題はそこではない」
「え?」
アルベルトが吹き出した。
◇◇◇
国王はしばらく考え。
「よかろう」
そう告げた。
「聖剣同盟そのものについては。」
「今後さらに調査する」
「実際に罪を犯した者は法によって裁く」
「だが。」
「思想のみを理由に処罰することはしない」
「ありがとうございます」
グレイヴが頭を下げた。
「そして。」
国王の声が低くなる。
「グレイヴ」
「はい」
「そなた自身の罪は消えぬ」
「承知しております」
「死罪となっても。」
「異論はありません」
「……」
アレンがグレイヴを見る。
少し考えて。
「王様」
「何だ?」
「僕から提案していい?」
「申してみよ」
「グレイヴ。」
「僕にくれない?」
「…………」
全員が止まった。
「……何?」
国王が聞き返した。
「だから。」
「グレイヴを僕に預けて」
「魔王様」
ノエルが僅かに眉を動かす。
「何をお考えなのでしょうか」
「働いてもらおうかなって」
「どこで?」
「魔王城」
「…………」
今度はグレイヴ本人が固まった。
「待て」
「何?」
「俺に。」
「魔王城で働けと?」
「うん」
「俺は。」
「お前を殺そうとしたんだぞ」
「知ってるよ」
「魔族を憎んでいる」
「それも知ってる」
「ならなぜだ!」
アレンは不思議そうに首を傾げる。
「だって。」
「魔族のことを自分の目で確かめたいんでしょ?」
「……!」
「だったら。」
「魔族が一番いっぱいいるところに住めばいいじゃん」
「…………」
アルベルトが額を押さえた。
「こいつは時々。」
「とんでもなく単純な答えを出すな……」
◇◇◇
「それに。」
アレンが続ける。
「僕の周り。」
「僕に賛成してくれる人が多いんだよね」
「魔王様へ忠誠を誓っておりますので」
ノエルが当然のように答える。
「それ」
「?」
「それがちょっと困る」
「……」
「僕が間違ってても。」
「みんな。」
「魔王様がお決めになったことならって。」
「従っちゃうかもしれないでしょ?」
「当然でございます」
「当然じゃ困るんだって!」
アレンはグレイヴを見る。
「でも。」
「君なら違う」
「……」
「僕が変なことしたら。」
「普通に怒るでしょ?」
「当たり前だ」
「ほら」
「『ほら』ではない!」
「だから。」
アレンは笑った。
「僕の近くにいてよ」
「僕が間違った時。」
「それは違うって言って」
グレイヴは。
言葉を失った。
自分を殺そうとした人間に。
魔王は。
自分を止めてほしいと言っている。
「……理解できん」
「よく言われる」
「お前は。」
「俺が怖くないのか?」
「ノエルより弱いでしょ?」
「魔王様?」
「ごめんなさい」
◇◇◇
国王が深く息を吐いた。
「アレン」
「はい」
「そなたが身元を引き受けるというのだな?」
「うん」
「監視も?」
「魔王城なら。」
「逃げてもすぐ分かるよ」
「俺は囚人か」
「一応、犯罪者でしょ?」
「……それを本人が言うのか」
「でも。」
アレンはグレイヴを見る。
「ずっと牢屋に入れておくより。」
「働いてもらった方がいいと思う」
「……」
「魔族領を見て。」
「それでも。」
「やっぱり魔族は滅ぼすべきだって思ったら。」
「その時は僕に言ってよ」
「……何?」
「ちゃんと聞くから」
グレイヴは長い間。
アレンを見つめていた。
「……分かった」
そして。
初めて。
自分から頭を下げた。
「北方魔族領へ。」
「行こう」
◇◇◇
数日後。
王城正門。
北方魔族領へ帰還する一行が集まっていた。
アレン。
ノエル。
ガルド。
レイグ。
そしてグレイヴ。
王女は一行の中にはいない。
父である国王の傍らに立っていた。
「アレン様」
「うん?」
「私は王国へ残ります」
「うん」
「お父様を支えながら。」
「こちらから和平を進めます」
「じゃあ。」
「僕は北方から進めるね」
「はい」
二人はそれだけ言葉を交わした。
婚約者だからといって。
常に隣にいる必要はない。
王女には王女の。
アレンにはアレンの。
果たすべき役割がある。
「では。」
国王が告げる。
「達者でな。」
「王様も」
「あと。」
「何だ?」
「仕事しすぎないでね」
「それをそなたが言うのか?」
「?」
「いや。」
「何でもない」
◇◇◇
馬車が王都を離れていく。
グレイヴは窓の外を見ながら尋ねた。
「魔王」
「何?」
「俺は魔王城で。」
「何をすればいい?」
「まだ決めてない」
「……」
「おい」
「でも。」
アレンは少し考える。
「人間のことを教えてよ」
「人間?」
「うん」
「僕。」
「人間として生まれたけど。」
「七歳からずっと魔王だから」
「……」
「普通の人間が。」
「何を怖がって。」
「何を嫌って。」
「何を望んでるのか。」
「分からないことが多い」
「だから。」
「グレイヴが教えて」
「……なるほど」
グレイヴは小さく息を吐いた。
「なら。」
「遠慮はしないぞ」
「うん」
「お前の政策がおかしいと思えば。」
「容赦なく批判する」
「うん」
「魔族にも媚びない」
「うん」
「お前にもだ」
「それがいい」
アレンは笑った。
「よろしく。」
「グレイヴ」
「……ああ」
◇◇◇
そして数日後。
北方魔族領。
「……」
グレイヴは。
目の前の光景を見上げていた。
巨大な岩山。
その斜面に沿って広がる街。
無数の建物。
塔。
城壁。
そして。
遥か頂上にそびえる――巨大な魔王城。
「……あれが。」
「お前の城か?」
「うん」
「……」
「どうしたの?」
「想像より。」
「遥かにでかい」
「そう?」
「その反応が一番腹立つな」
「なんで?」
七歳から。
アレンにとって。
あそこはずっと――。
ただの「家」だった。
だが。
アレンはまだ知らなかった。
聖剣同盟との戦いが終わっても。
魔王としての問題が。
終わったわけではないことを。
北方魔族領では。
反乱の残党。
貴族たちの処分。
荒れた領地の復旧。
山のような政務が。
主の帰還を待っていた。
そして――。
そのすべてが終わった時。
十五歳の魔王は。
初めて。
魔王でも。
勇者でもない。
ただの少年として。
小さな願いを口にすることになる。




