↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
68/100

第68話 聖剣同盟の終わり

 王城。


 聖剣同盟による一連の事件から、数日が経っていた。


 毒殺未遂。


 王城への潜入。


 勇者ビースト――いや、魔王アレンの誘拐未遂。


 そして廃教会の爆破。


 事件に関与した者たちへの取り調べは、今も続いている。


 だが。


 最も重要な人物の処遇だけは、まだ決まっていなかった。


 聖剣同盟盟主。


 グレイヴ。


 ◇◇◇


 王城の謁見室。


 玉座には国王。


 その傍らには王女。


 宰相、騎士団長、アルベルト。


 そして――。


「……」


 白髪。


 漆黒の翼。


 異形の鳥のような脚。


 今日は勇者ビーストではなく、魔王アレンとして出席していた。


 その正面。


 グレイヴが立っている。


「聖剣同盟盟主、グレイヴ」


 国王が口を開いた。


「そなたの処分を申し渡す前に。」


「確認しておきたいことがある」


「……はい」


「聖剣同盟についてだ」


 グレイヴは目を閉じる。


 そして。


「陛下」


「何だ」


「その前に。」


「私から申し上げたいことがあります」


「申せ」


 グレイヴはゆっくり顔を上げた。


「私は。」


「本日をもって――」


「聖剣同盟を離れます」


「……!」


 謁見室がざわめいた。


 アレンも目を丸くする。


「辞めるの?」


「ああ」


「盟主なのに?」


「だからこそだ」


 ◇◇◇


「私は。」


 グレイヴが続ける。


「今でも魔族を憎んでいます」


「……」


「家族を奪われた過去も。」


「仲間を失った記憶も。」


「消えることはない」


 アレンは黙って聞いていた。


「だが。」


「私は見てしまった」


 グレイヴの視線がアレンへ向く。


「我々が殺そうとした魔王が。」


「我々を守った姿を」


「……」


「そして。」


「自分たちが正義だと信じ。」


「仲間まで巻き込んで爆破しようとした者を」


 拳を握る。


「私は。」


「分からなくなった」


「魔族を滅ぼせば正義なのか」


「魔王を殺せば平和になるのか」


「我々は本当に。」


「人間を守るために戦っていたのか」


「……」


「だから。」


「一度。」


「自分の目で確かめたい」


 アレンが首を傾げる。


「何を?」


「魔族を」


「……僕たちを?」


「ああ」


「私は。」


「魔族を憎んでいるくせに。」


「魔族が普段どう暮らしているのかすら知らない」


 グレイヴは自嘲するように笑った。


「それで魔族すべてを知ったつもりになっていた」


「……」


「だから。」


「聖剣同盟を離れる」


 ◇◇◇


 国王が尋ねる。


「聖剣同盟はどうする?」


「私が離れたところで。」


「組織そのものは消えません」


「各地に支部があります」


「魔族に家族を殺された者。」


「国境で戦った元兵士。」


「和平に反対する者。」


「彼らの思想まで。」


「私が命令して消すことはできません」


「そうだね」


 アレンが呟いた。


 全員を捕らえることもできない。


 魔族を嫌うだけなら犯罪ではない。


 和平に反対することも同じだ。


「だから。」


 アレンが言う。


「犯罪をした人だけ。」


「ちゃんと裁けばいいんじゃない?」


 国王がアレンを見る。


「暗殺とか。」


「毒とか。」


「爆破とか。」


「人を閉じ込めたりとか」


「でも。」


「魔族が嫌いって言うだけなら。」


「捕まえなくていいと思う」


「……魔王であるそなたが言うか」


「嫌われてるだけで捕まえてたら。」


「牢屋がいっぱいになっちゃうよ」


「問題はそこではない」


「え?」


 アルベルトが吹き出した。


 ◇◇◇


 国王はしばらく考え。


「よかろう」


 そう告げた。


「聖剣同盟そのものについては。」


「今後さらに調査する」


「実際に罪を犯した者は法によって裁く」


「だが。」


「思想のみを理由に処罰することはしない」


「ありがとうございます」


 グレイヴが頭を下げた。


「そして。」


 国王の声が低くなる。


「グレイヴ」


「はい」


「そなた自身の罪は消えぬ」


「承知しております」


「死罪となっても。」


「異論はありません」


「……」


 アレンがグレイヴを見る。


 少し考えて。


「王様」


「何だ?」


「僕から提案していい?」


「申してみよ」


「グレイヴ。」


「僕にくれない?」


「…………」


 全員が止まった。


「……何?」


 国王が聞き返した。


「だから。」


「グレイヴを僕に預けて」


「魔王様」


 ノエルが僅かに眉を動かす。


「何をお考えなのでしょうか」


「働いてもらおうかなって」


「どこで?」


「魔王城」


「…………」


 今度はグレイヴ本人が固まった。


「待て」


「何?」


「俺に。」


「魔王城で働けと?」


「うん」


「俺は。」


「お前を殺そうとしたんだぞ」


「知ってるよ」


「魔族を憎んでいる」


「それも知ってる」


「ならなぜだ!」


 アレンは不思議そうに首を傾げる。


「だって。」


「魔族のことを自分の目で確かめたいんでしょ?」


「……!」


「だったら。」


「魔族が一番いっぱいいるところに住めばいいじゃん」


「…………」


 アルベルトが額を押さえた。


「こいつは時々。」


「とんでもなく単純な答えを出すな……」


 ◇◇◇


「それに。」


 アレンが続ける。


「僕の周り。」


「僕に賛成してくれる人が多いんだよね」


「魔王様へ忠誠を誓っておりますので」


 ノエルが当然のように答える。


「それ」


「?」


「それがちょっと困る」


「……」


「僕が間違ってても。」


「みんな。」


「魔王様がお決めになったことならって。」


「従っちゃうかもしれないでしょ?」


「当然でございます」


「当然じゃ困るんだって!」


 アレンはグレイヴを見る。


「でも。」


「君なら違う」


「……」


「僕が変なことしたら。」


「普通に怒るでしょ?」


「当たり前だ」


「ほら」


「『ほら』ではない!」


「だから。」


 アレンは笑った。


「僕の近くにいてよ」


「僕が間違った時。」


「それは違うって言って」


 グレイヴは。


 言葉を失った。


 自分を殺そうとした人間に。


 魔王は。


 自分を止めてほしいと言っている。


「……理解できん」


「よく言われる」


「お前は。」


「俺が怖くないのか?」


「ノエルより弱いでしょ?」


「魔王様?」


「ごめんなさい」


 ◇◇◇


 国王が深く息を吐いた。


「アレン」


「はい」


「そなたが身元を引き受けるというのだな?」


「うん」


「監視も?」


「魔王城なら。」


「逃げてもすぐ分かるよ」


「俺は囚人か」


「一応、犯罪者でしょ?」


「……それを本人が言うのか」


「でも。」


 アレンはグレイヴを見る。


「ずっと牢屋に入れておくより。」


「働いてもらった方がいいと思う」


「……」


「魔族領を見て。」


「それでも。」


「やっぱり魔族は滅ぼすべきだって思ったら。」


「その時は僕に言ってよ」


「……何?」


「ちゃんと聞くから」


 グレイヴは長い間。


 アレンを見つめていた。


「……分かった」


 そして。


 初めて。


 自分から頭を下げた。


「北方魔族領へ。」


「行こう」


 ◇◇◇


 数日後。


 王城正門。


 北方魔族領へ帰還する一行が集まっていた。


 アレン。


 ノエル。


 ガルド。


 レイグ。


 そしてグレイヴ。


 王女は一行の中にはいない。


 父である国王の傍らに立っていた。


「アレン様」


「うん?」


「私は王国へ残ります」


「うん」


「お父様を支えながら。」


「こちらから和平を進めます」


「じゃあ。」


「僕は北方から進めるね」


「はい」


 二人はそれだけ言葉を交わした。


 婚約者だからといって。


 常に隣にいる必要はない。


 王女には王女の。


 アレンにはアレンの。


 果たすべき役割がある。


「では。」


 国王が告げる。


「達者でな。」


「王様も」


「あと。」


「何だ?」


「仕事しすぎないでね」


「それをそなたが言うのか?」


「?」


「いや。」


「何でもない」


 ◇◇◇


 馬車が王都を離れていく。


 グレイヴは窓の外を見ながら尋ねた。


「魔王」


「何?」


「俺は魔王城で。」


「何をすればいい?」


「まだ決めてない」


「……」


「おい」


「でも。」


 アレンは少し考える。


「人間のことを教えてよ」


「人間?」


「うん」


「僕。」


「人間として生まれたけど。」


「七歳からずっと魔王だから」


「……」


「普通の人間が。」


「何を怖がって。」


「何を嫌って。」


「何を望んでるのか。」


「分からないことが多い」


「だから。」


「グレイヴが教えて」


「……なるほど」


 グレイヴは小さく息を吐いた。


「なら。」


「遠慮はしないぞ」


「うん」


「お前の政策がおかしいと思えば。」


「容赦なく批判する」


「うん」


「魔族にも媚びない」


「うん」


「お前にもだ」


「それがいい」


 アレンは笑った。


「よろしく。」


「グレイヴ」


「……ああ」


 ◇◇◇


 そして数日後。


 北方魔族領。


「……」


 グレイヴは。


 目の前の光景を見上げていた。


 巨大な岩山。


 その斜面に沿って広がる街。


 無数の建物。


 塔。


 城壁。


 そして。


 遥か頂上にそびえる――巨大な魔王城。


「……あれが。」


「お前の城か?」


「うん」


「……」


「どうしたの?」


「想像より。」


「遥かにでかい」


「そう?」


「その反応が一番腹立つな」


「なんで?」


 七歳から。


 アレンにとって。


 あそこはずっと――。


 ただの「家」だった。


 だが。


 アレンはまだ知らなかった。


 聖剣同盟との戦いが終わっても。


 魔王としての問題が。


 終わったわけではないことを。


 北方魔族領では。


 反乱の残党。


 貴族たちの処分。


 荒れた領地の復旧。


 山のような政務が。


 主の帰還を待っていた。


 そして――。


 そのすべてが終わった時。


 十五歳の魔王は。


 初めて。


 魔王でも。


 勇者でもない。


 ただの少年として。


 小さな願いを口にすることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。