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第66話 勇者を殺した魔王

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 グレイヴの怒号が、廃教会に響き渡った。


 その手に握られた剣が震えている。


 怒り。


 憎悪。


 そして――混乱。


「勇者を……」


「勇者ビーストを……!」


 グレイヴは目の前の少年を睨みつける。


 白い髪。


 漆黒の翼。


 異形の足。


 間違いない。


 何度も資料で見た。


 聖剣同盟が討つべき最大の敵。


 魔王アレン。


「貴様が殺した……?」


「……うん」


「そして!」


「その姿を奪ったというのか!?」


「違う」


「何が違う!!」


 グレイヴが剣を振り上げる。


「殺して!」


「顔を奪い!」


「勇者になりすまして!」


「王国へ入り込んだ!」


「違う!」


 アレンも声を上げた。


「兄さんに頼まれたんだ!」


「黙れ!!」


 ◇◇◇


「兄さんだと……?」


 グレイヴの顔が歪む。


「はい」


「勇者ビーストは。」


「僕の従兄弟だった」


「ふざけるな」


「本当だよ」


「魔王が!」


「人類の勇者の親族だと!?」


「僕は元々人間なんだ」


「……」


 グレイヴが止まる。


「何?」


「僕は。」


「人間の子爵家に生まれた」


「一歳で家を離れて。」


「七歳の頃には魔族になってた」


「そして魔王になった」


「……」


「兄さんとは。」


「お互いに正体を知らないまま戦った」


 アレンは胸元を見る。


 あの日。


 龍皇剣がビーストの胸を貫いた感触は。


 今でも覚えている。


「最後に。」


「分かったんだ」


「僕たちが親族だって」


「そして。」


「兄さんは死ぬ前に。」


「僕へ言った」


『俺の代わりに――勇者になってくれ』


「だから。」


「僕は勇者になった」


 ◇◇◇


「信じられるか……」


 グレイヴが低く呟く。


「そんな話。」


「信じられるものか!!」


 剣を構える。


「勇者を殺した魔王が!」


「勇者の遺志を継いだだと!?」


「そんな都合のいい話があるか!」


「……」


「貴様は王国を騙した!」


「国王を!」


「王女を!」


「国民を!」


「その通りだよ」


「……!」


 グレイヴが止まる。


 アレンは否定しなかった。


「僕は騙した」


「兄さんの姿を使って。」


「兄さんの名前を使って。」


「勇者として生きてた」


「だったら!」


「でも。」


 アレンはグレイヴを見る。


「もう。」


「国王は知ってるよ」


「……何?」


「王女も。」


「宰相も。」


「騎士団長も。」


「アルベルトさんも。」


「みんな。」


「僕が魔王だって知ってる」


「……嘘だ」


「本当」


「ならなぜ!」


 グレイヴが叫ぶ。


「なぜ貴様は生きている!?」


「……」


「国王が!」


「勇者を殺した魔王を!」


「生かしておくはずがない!」


「全部。」


「話したから」


「兄さんとのことも。」


「僕が勇者になった理由も。」


「全部」


「……」


「それでも。」


「王様は。」


「僕と話してくれた」


 ◇◇◇


「……騙されている」


「え?」


「国王も。」


「王女も!」


「貴様に騙されている!」


 グレイヴの目には狂気にも似た憎悪が浮かんでいた。


「魔王が人間との和平を望む?」


「あり得ない!」


「魔族が人間と共存する?」


「あり得ない!」


「全部!」


「我々を油断させるための策略だ!」


「……」


 アレンは少し悲しそうにグレイヴを見る。


「何を言っても。」


「信じてもらえない?」


「当たり前だ!!」


「そっか」


 アレンは小さく息を吐いた。


「じゃあ。」


「どうすれば信じてくれる?」


「……何?」


「僕は何をすればいい?」


「……」


「魔族を殺せばいい?」


「魔王をやめればいい?」


「それとも。」


 自分の胸を指差す。


「僕が死ねば。」


「信じてくれる?」


「魔王様!」


 ノエルが声を上げた。


「そういう意味では――」


「分かってるよ」


 アレンはノエルを見る。


「死ぬつもりなんてない」


「でも。」


 再びグレイヴへ。


「聞きたいんだ」


「君たちが欲しいのは。」


「本当に平和なの?」


「それとも。」


「魔族がいなくなること?」


「……!」


 ◇◇◇


「同じことだ!」


 グレイヴが叫んだ。


「魔族がいなくなれば!」


「人間は襲われなくなる!」


「村も焼かれない!」


「子供も殺されない!」


「……じゃあ。」


「魔族から見たら?」


「何?」


「人間がいなくなれば。」


「魔族は人間に殺されなくなる」


「……」


「同じだよ」


「違う!」


「同じだ!」


 今度はアレンが声を上げた。


 空気が震えた。


 黒紫色の瘴気が。


 アレンの身体から僅かに溢れる。


 聖剣同盟の者たちが息を呑んだ。


「人間も!」


「魔族も!」


「家族を殺されたら悲しいんだ!」


「家を焼かれたら怒る!」


「大切な人を殺されたら!」


「相手を憎む!」


「同じなんだよ!」


 アレンは拳を握る。


「なのに!」


「ずっと。」


「人間だから。」


「魔族だからって。」


「殺し合ってる!」


「……」


「僕は。」


 アレンの声が震えた。


「それで兄さんを殺したんだ」


 静寂。


「もう。」


「嫌なんだよ」


「……」


「勇者だから。」


「魔王だから。」


「人間だから。」


「魔族だから。」


「そんな理由だけで。」


「誰かが死ぬのは。」


「もう見たくない」


 ◇◇◇


 グレイヴは黙っていた。


 剣を握る手が。


 僅かに震えている。


「……綺麗事だ」


「うん」


「そんな世界。」


「作れるわけがない」


「分かんない」


「人間と魔族が。」


「何百年争ってきたと思っている」


「知らない」


「なら!」


「でも。」


 アレンは少し笑った。


「やってみないと。」


「無理かどうかも分からないでしょ?」


「……」


「僕は魔王だから。」


「魔族に。」


「人間を殺すなって命令できる」


「王様は。」


「人間に同じことを命令できる」


「だったら。」


「二人でやればいい」


「……」


「それでも駄目だったら。」


「その時また考える」


 グレイヴは呆然とアレンを見た。


「……そんな。」


「そんな簡単な話ではない」


「知ってる」


「何十年。」


「何百年かかるかもしれない」


「うん」


「お前が生きている間に。」


「実現しないかもしれない」


「それでもいいよ」


「……何?」


 アレンは答える。


「僕が全部やる必要はない」


「僕が少し進めて。」


「次の人が。」


「また少し進めればいい」


「そうしたら。」


「いつか。」


「人間と魔族が。」


「普通に一緒にご飯食べられる日が来るかもしれない」


「……」


 昨日の晩餐会。


 ぎこちなく。


 それでも会話を始めていた人間と魔族。


 アレンは。


 あの光景が嫌いではなかった。


 ◇◇◇


「……魔王」


 グレイヴが呟く。


「何?」


「もし。」


「もし本当に。」


「お前が和平を望んでいるとして。」


「……うん」


「お前の配下が。」


「人間を襲ったらどうする?」


「裁く」


「人間の村を焼いたら?」


「裁く」


「子供を殺したら?」


「絶対に許さない」


「……」


「魔族だからって。」


「庇ったりしないよ」


「なら。」


「人間が魔族を殺したら?」


「王様に裁いてもらう」


「王が拒否したら?」


「話す」


「それでも拒否したら?」


「……」


 アレンは少し考えた。


「怒る」


「……」


「……」


 グレイヴが。


 一瞬だけ変な顔をした。


「怒る?」


「うん」


「魔王が?」


「僕だって怒るよ」


「そういう意味ではない!」


 ノエルが小さく笑った。


 ◇◇◇


 しかし。


 その時だった。


「盟主!」


 聖剣同盟の一人が叫んだ。


「騙されてはいけません!」


「……?」


 若い男だった。


 影縛から。


 無理やり片腕だけを引き抜いている。


「そいつは魔王です!」


「勇者様を殺した!」


「我々の敵です!」


「待て!」


 グレイヴが振り返る。


「殺せ!」


 男が懐へ手を入れた。


 取り出したのは。


 小さな赤い魔石。


 ノエルの表情が変わる。


「魔王様!」


「え?」


「伏せてください!」


 男が魔石を握り潰した。


 パキン――。


 次の瞬間。


 廃教会の床。


 壁。


 天井。


 無数の赤い術式が浮かび上がる。


「なっ……!」


 グレイヴが目を見開いた。


「何をした!?」


「盟主!」


 男は笑っていた。


「あなたは。」


「魔王の言葉に惑わされている!」


「だから!」


「俺が終わらせる!」


 ◇◇◇


 ゴゴゴゴゴ――!!


 廃教会全体が震える。


「爆破術式!?」


 ノエルが叫ぶ。


「建物全体に仕掛けられております!」


「え?」


 アレンが周囲を見る。


「いつの間に?」


「魔王様!」


「この規模ですと。」


「教会だけではございません!」


「地下もです!」


 グレイヴの顔色が変わった。


「馬鹿な!」


「地下には!」


「何?」


「捕らえている人間たちがいる!」


「……!」


 アレンの顔から表情が消えた。


「人質?」


「違う!」


「同盟に反対した者や!」


「我々の存在を知った者たちだ!」


「何人?」


「二十人ほど!」


 アレンは即座に動いた。


「ノエル!」


「はい!」


「地下の人たちを!」


「しかし魔王様は!」


「僕は大丈夫!」


「ですが!」


「早く!!」


「……っ!」


 ノエルが影へ沈む。


「必ず!」


「必ずご無事で!」


「うん!」


 ◇◇◇


 赤い光が。


 さらに強くなる。


「あと十秒ほどです!」


 誰かが叫ぶ。


「逃げろ!」


 グレイヴが構成員たちの拘束を解こうとする。


「間に合わない!」


「くそ!」


 アレンは周囲を見る。


 五十人以上。


 敵。


 自分を殺そうとした人間たち。


 でも。


「……仕方ないな」


 アレンは翼を大きく広げた。


「何をする?」


 グレイヴが尋ねる。


「守る」


「……誰を?」


「全員」


「……」


「お前。」


「我々はお前を殺そうと――」


「今それ関係ある?」


「……!」


 アレンが両手を広げる。


 膨大な瘴気が。


 一気に噴き出した。


「――魔王障壁」


 ドンッ!!


 巨大な黒紫色の結界が。


 廃教会全体を包み込む。


「貴様……!」


 グレイヴが目を見開く。


「何をしている!」


「だから。」


 アレンは歯を食いしばる。


「守ってるって!」


「我々は敵だぞ!」


「知ってる!」


「お前を殺そうとした!」


「知ってるよ!」


「ならなぜ!!」


 アレンは振り返った。


「僕が勇者だから!」


「……!」


 一瞬。


 グレイヴの目が見開かれる。


 魔王の姿で。


 漆黒の翼を広げ。


 瘴気を放ちながら。


 アレンは笑った。


「兄さんに。」


「頼まれたからね」


 次の瞬間。


 術式が最大まで輝いた。


「来る!」


 ――ドォォォォォォォォン!!!


 夜の王都郊外。


 巨大な爆発が。


 空を赤く染めた。


 ◇◇◇


 王城。


「……!」


 王女が窓へ駆け寄る。


 遠く。


 夜空が赤く光った。


「……アレン様?」


 嫌な予感がした。


「騎士を!」


「騎士団を集めてください!」


「殿下?」


「急いで!!」


 ◇◇◇


 廃教会跡。


 建物は。


 ほとんど崩れ落ちていた。


 煙。


 炎。


 瓦礫。


 だが。


 その中心。


 黒紫色の障壁だけが。


 辛うじて残っていた。


「……」


 グレイヴが目を開く。


「生きて……いる?」


 周囲を見る。


 聖剣同盟の構成員たち。


 全員。


 生きている。


「……まさか」


 そして。


 障壁の中央。


「……っ」


 アレンが膝をついた。


「魔王……?」


 障壁が砕ける。


 パリン――。


 アレンの身体が。


 前へ倒れた。


「おい!」


 グレイヴが反射的に抱き止める。


「……重い」


「何?」


「翼……重いね……」


「そんなことを言っている場合か!」


「みんな……?」


「何?」


「生きてる?」


 グレイヴは周囲を見る。


「……ああ」


「全員。」


「生きている」


「そっか」


 アレンは安心したように。


 目を閉じた。


「よかった……」


「おい!」


「魔王!」


「目を開けろ!」


「……」


 返事はない。


 グレイヴは。


 腕の中の少年を見つめる。


 自分たちが殺そうとしていた魔王。


 勇者を殺した男。


 人類の敵だと信じていた存在。


 その魔王が。


 自分たちを守るために――。


 命を張った。


「……なぜだ」


 グレイヴの声が震える。


「なぜ。」


「敵である我々を……」


 答えは返ってこなかった。


 ただ。


 グレイヴの耳には。


 爆発直前にアレンが放った言葉だけが。


 いつまでも残っていた。


『僕が勇者だから!』


 勇者を殺した魔王。


 その魔王は今。


 勇者よりも勇者らしく――。


 自分を殺そうとした者たちを守って倒れていた。

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