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第64話 王城の裏切り者

「なんで認められないのか。」


「聞かせてよ」


 ベッドの上。


 眠っていたはずのアレンは、蒼い瞳で騎士を見つめていた。


「……っ!」


 騎士が後ずさる。


 その背後では。


 黒紫色の瘴気が、ゆっくりと人の形を作っていく。


「魔王様のお部屋へ。」


 ノエルが姿を現した。


「随分と不用心に入ってこられましたね」


「……!」


 騎士が腰の剣へ手を伸ばす。


「やめた方がいいよ」


 アレンは布団から起き上がった。


 白い髪が寝癖で跳ねている。


 翼も半分ほど布団に埋もれたまま。


「ノエル相手に。」


「そこから剣を抜けるとは思わない方がいい」


「……」


 騎士の手が止まる。


「それ。」


 アレンは騎士が持っている魔導具を指差した。


「何?」


「……」


「僕を殺す道具?」


「……そうだ」


「へえ」


 アレンはベッドから降りる。


「見せて」


「……何?」


「見せてよ」


「……」


「取って食べたりしないから」


「魔王様」


「何?」


「その表現は逆に怖がらせるかと」


「そう?」


 ◇◇◇


 騎士は逃げられないと悟ったのか。


 ゆっくりと魔導具を床へ置いた。


 ノエルが拾う。


「これは……」


 手のひらほどの大きさ。


 中央には黒い魔石。


 周囲には複雑な術式が刻まれている。


「何なの?」


「封魔具でございます」


「封魔?」


「はい」


 ノエルの表情が険しくなる。


「対象へ取り付けることで、一定時間魔力の流れを阻害するものです」


「じゃあ。」


「僕にこれ付けて。」


「魔力を使えなくしてから殺すつもりだった?」


 騎士は答えない。


 それが答えだった。


「……なるほど」


 アレンは騎士を見る。


「名前は?」


「……ハロルド」


「王国騎士?」


「そうだ」


「聖剣同盟?」


「……」


「その反応だと。」


「そうなんだね」


 ◇◇◇


「いつから?」


 アレンが尋ねる。


「何がだ」


「聖剣同盟に入ったの」


「……六年前だ」


「結構長いね」


「俺の兄は。」


 ハロルドが拳を握った。


「魔族に殺された」


「……」


「国境警備の任務中だった」


「魔族の部隊と遭遇して。」


「十七人死んだ」


「兄もその一人だ」


 アレンは黙って聞いている。


「それなのに。」


 ハロルドの声が震える。


「今更。」


「和平だと?」


「兄を殺した連中と。」


「笑って食卓を囲めと?」


「そんなもの。」


「認められるわけがない!」


「……」


「お前には分からない!」


「魔族に家族を殺された人間の気持ちなど!」


 アレンは少し俯いた。


「……そうだね」


「何?」


「分からないよ」


 ハロルドが睨む。


「でも。」


 アレンは静かに続ける。


「逆なら知ってる」


「……?」


「人間に家族を殺された魔族」


「人間に村を焼かれた魔族」


「人間の兵士に親を殺された子供」


「僕の領地にもいる」


「……」


「その子たちが。」


「人間を全員殺したいって言ったら。」


「君はどうする?」


「それは……」


「その子たちにとって。」


「君たちは。」


「兄さんを殺した魔族と同じなんだよ」


「……っ」


「どっちが先とか。」


「どっちが正しいとか。」


「もう分からないくらい。」


「ずっと殺し合ってきた」


 アレンは翼を小さく畳む。


「だから。」


「どこかでやめないと。」


「永遠に終わらないよ」


 ◇◇◇


「綺麗事だ!」


 ハロルドが叫んだ。


「そうだよ」


「……!」


 即答だった。


「綺麗事だと思う」


「僕だって。」


「人間と魔族が明日から仲良くできるなんて思ってない」


「じゃあなぜ!」


「やらなかったら。」


 アレンの声が少しだけ強くなる。


「また誰かの兄さんが死ぬから」


「……!」


 アレンの脳裏に。


 ビーストの最期が浮かぶ。


「僕は。」


「兄さんを殺した」


「勇者と魔王だったから」


「戦うしかないと思ってたから」


「でも。」


 拳を握る。


「もし。」


「もっと早く。」


「人間と魔族が話せる世界だったら。」


「兄さんと殺し合わなくても済んだかもしれない」


「……」


「だから。」


「僕はやるよ」


「綺麗事でも。」


「無理だって笑われても。」


「もう。」


「僕みたいなのを増やしたくない」


 ハロルドは何も言えなかった。


 ◇◇◇


 しばらくして。


 アレンはノエルを見る。


「ノエル」


「はい」


「この人。」


「殺さないでね」


「……承知いたしました」


「騎士団に引き渡す」


「御意」


 ハロルドが驚く。


「……殺さないのか?」


「なんで?」


「俺は。」


「お前を殺そうとした」


「うん」


「寝ているところを襲った!」


「うん」


「なら!」


「僕、生きてるし」


「……」


「それに。」


 アレンは眠そうに欠伸をする。


「君を殺したら。」


「君の家族が今度は僕を憎むでしょ?」


「……!」


「それ。」


「もう面倒なんだ」


「だから終わり」


 ◇◇◇


 翌朝。


 王城。


「なぜ余に報告しなかった!!」


「ごめんなさい!」


 国王の怒声が響いた。


 会議室。


 国王。


 宰相。


 騎士団長。


 王女。


 アルベルト。


 そして。


 勇者ビーストの姿に戻ったアレン。


「夜中に暗殺者が部屋へ入ってきたのだぞ!?」


「はい!」


「それを!」


「朝まで黙っていた!?」


「寝たかったから!」


「寝たかった!?」


「眠かったんです!」


「そういう問題ではない!!」


 アレンは椅子の上で小さくなる。


「アレン様」


 王女も怒っていた。


「な、何?」


「どうして私にも教えてくださらなかったのです?」


「寝てると思って……」


「起こしてください!」


「でも夜中だったし」


「暗殺者と夜更かしするよりは起こしてください!」


「……はい」


 アルベルトが額を押さえる。


「ビーストとは違う意味で手がかかるな……」


「兄さんもこんな感じだったの?」


「お前よりはマシだった」


「ひどい」


 ◇◇◇


「それで。」


 騎士団長が机に報告書を広げる。


「ハロルドについて調べました」


「何か分かった?」


「王国騎士になって十一年」


「勤務態度に問題なし」


「処罰歴もありません」


「むしろ。」


「模範的な騎士だったようです」


「……」


 アレンの表情が変わる。


「そんな人が。」


「六年前から聖剣同盟?」


「はい」


「つまり。」


 宰相が続ける。


「聖剣同盟は。」


「犯罪者だけを集めた集団ではない」


「王国の中で普通に生活している者たちが。」


「秘密裏に参加している」


「……」


「昨日捕らえた給仕。」


「今回の王国騎士。」


「立場も違います」


 国王が険しい表情になる。


「組織の規模は?」


「分かりません」


「数十?」


「数百?」


「あるいは――」


 宰相は一度言葉を止める。


「数千人規模の思想的支持者がいる可能性もあります」


「……」


 会議室が静まり返った。


 ◇◇◇


「捕まえればいいんじゃない?」


 アレンが言った。


「聖剣同盟の人たち」


「簡単ではありません」


 宰相が首を横に振る。


「なぜ?」


「聖剣同盟を支持しているだけで。」


「犯罪を犯していない者もいるでしょう」


「……あ」


「魔族を嫌うこと。」


「和平に反対すること。」


「それ自体を罪にはできません」


「そっか」


 アレンは腕を組む。


「じゃあ。」


「僕を殺そうとした人だけ捕まえる?」


「基本的にはそうなります」


「でも。」


 騎士団長が続ける。


「組織の中枢を放置すれば。」


「暗殺は繰り返されます」


「……」


 アレンが少し考える。


「中枢。」


「つまり。」


「一番偉い人?」


「はい」


「じゃあ。」


「その人と話したい」


「……」


 国王がアレンを見る。


「何?」


「何を言っている?」


「話したい」


「暗殺組織の首領と?」


「うん」


「なぜ?」


「だって。」


 アレンは当然のように答える。


「何で僕を殺したいのか。」


「本人に聞くのが一番早いでしょ?」


「……」


 国王が頭を抱えた。


「魔王様らしい発想ではございます」


 ノエルが言う。


「そう?」


「普通の王は暗殺者の首領と話そうとはいたしません」


「そうなの?」


「はい」


 ◇◇◇


「反対だ」


 国王が即答した。


「危険すぎる」


「僕なら大丈夫」


「昨日も同じことを言って暗殺者を寝室まで入れただろう!」


「でも大丈夫だったよ?」


「結果論だ!」


「……」


 アレンは頬を膨らませた。


「じゃあどうするの?」


「まず聖剣同盟の拠点を探す」


 騎士団長が答える。


「捕らえた二人の交友関係。」


「行動履歴。」


「金の流れ。」


「そこから追跡します」


「時間かかりそう」


「仕方ありません」


「……」


 アレンは窓の外を見る。


「向こうから。」


「会いに来てくれれば楽なのに」


「縁起でもないことを言うな」


「はい」


 ◇◇◇


 しかし。


 その日の夕方。


 アレンの言葉は。


 思わぬ形で現実となった。


「勇者様!」


 王城の廊下。


 一人の騎士が走ってくる。


「どうしたの?」


「これを!」


 一通の封筒。


「何?」


「王城正門前に。」


「何者かが置いていったものです」


 封筒には。


 宛名が書かれていた。


『勇者ビースト殿へ』


「僕?」


 アレンが開く。


 中には一枚の紙。


『勇者ビースト殿』


『あなたを我々は英雄として尊敬している』


『だからこそ問いたい』


『なぜ魔王を庇う』


『なぜ魔族との和平を望む』


『我々はあなたと争いたくない』


『一度、話がしたい』


 そして。


 最後に。


『聖剣同盟盟主――グレイヴ』


「……」


 アレンの目が止まる。


「グレイヴ」


 騎士が息を呑む。


「聖剣同盟の首領ですか!?」


「たぶん」


 さらに。


 手紙には場所と日時が記されていた。


 王都郊外。


 廃教会。


 三日後。


 深夜。


『ただし――』


『一人で来い』


「……」


 アレンは手紙を見つめる。


 そこへ。


 王女がやってきた。


「アレン様?」


「何を読んで――」


 手紙を見る。


「……」


 王女の顔が険しくなった。


「行きませんよね?」


「……」


「アレン様?」


「……話したいって」


「行きませんよね?」


「でも――」


「行きませんよね?」


「……」


 アレンは目を逸らした。


「アレン様」


「はい」


「絶対に。」


「一人で行ってはいけません」


「……はい」


 ◇◇◇


 三日後。


 深夜。


 王都郊外。


 廃教会。


 月明かりの下。


 一人の男が待っていた。


 聖剣同盟盟主――グレイヴ。


「……来るか」


 古びた扉が。


 ギィィィ――。


 ゆっくり開く。


「……!」


 グレイヴが振り返った。


 そこにいたのは。


 勇者ビースト。


「待たせた?」


「……本当に。」


「一人で来たのか?」


「うん」


「そうか」


 グレイヴが僅かに笑う。


「さすが勇者だ」


「……」


 だが。


 ビースト――アレンの足元。


 その影が。


 ほんの少しだけ。


 黒紫色に揺れていた。


 ――一人。


 確かに。


 表面上は。


「それで。」


 アレンはグレイヴを見る。


「話って何?」


 魔王を殺そうとする男と。


 その魔王本人が。


 勇者の姿で――。


 ついに向かい合った。

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