第63話 聖剣同盟
「我々《聖剣同盟》は止まらない!!」
男の叫びが、大広間に響き渡った。
人間側の貴族たち。
魔族側の使節たち。
誰もが言葉を失っている。
床には、毒入りの果実酒。
壁際には、騎士たちに拘束された給仕姿の男。
そして――。
「……聖剣同盟?」
アレンが小さく呟いた。
聞いたことのない名前だった。
「知ってる?」
アレンが国王を見る。
「……いや」
国王の表情は険しい。
「少なくとも、王国が公認している組織ではない」
「そう」
アレンは男へ視線を戻した。
「じゃあ聞こうかな」
椅子から立ち上がる。
「誰に命令されたの?」
「答えると思うか?」
「思ってない」
「なら――」
「でも」
アレンの影から。
ブワッ――。
黒紫色の瘴気が溢れ出した。
「僕じゃなくて。」
「ノエルが聞くから」
「……」
男の顔から血の気が引いた。
ノエルが微笑む。
「お任せくださいませ」
「殺さないでね」
「もちろんでございます」
「……たぶん?」
「もちろんでございます」
「今ちょっと間がなかった?」
「気のせいでございます」
◇◇◇
「陛下!」
突然。
魔族側の使節の一人が声を上げた。
「これはどういうことです!」
怒りを露わにしている。
「人間王国へ招かれ!」
「その王城で!」
「我らが王が毒殺されかけた!」
「……」
「これが人間の言う和平なのですか!?」
人間側の貴族たちがざわめく。
「待て!」
「王国が命じたわけではない!」
「ならばなぜ王城に暗殺者がいる!」
「警備はどうなっている!」
一気に空気が険悪になる。
魔族の護衛たちが武器へ手を掛ける。
人間の騎士たちも反射的に構えた。
「剣を抜くな!!」
国王の怒声が響いた。
双方の動きが止まる。
だが。
魔族たちの怒りは収まらない。
「魔王様!」
「我々は即刻、魔族領へ帰還すべきです!」
「この国は危険です!」
「人間など信用できません!」
その言葉に。
アレンは少しだけ俯いた。
「……」
そして。
テーブルの上に残っていたパンを一つ取った。
「魔王様?」
パクッ。
「……」
食べた。
「魔王様!?」
「なんで今食べるんです!?」
「お腹減ってるから」
「毒殺されかけた直後ですぞ!?」
「こっちには入ってないでしょ?」
「そういう問題ではありません!」
アレンはパンを飲み込む。
「それに。」
魔族たちを見る。
「帰らないよ」
「……!」
「魔王様!」
「僕を殺そうとした人間が一人いた」
「だから人間全員が敵?」
「違うでしょ」
「しかし!」
「僕を助けようとしたのも人間だったよ」
アレンは騎士たちを見る。
給仕の男を拘束した王国騎士。
そして。
自分を心配そうに見ている王女。
「一人の人間が僕を殺そうとしたから。」
「人間全員を憎むなら。」
「今までと何も変わらない」
「……」
魔族たちは黙った。
「だから。」
アレンは国王を見る。
「晩餐会、続けよう」
「……何?」
今度は国王が驚いた。
「続けるのか?」
「うん」
「暗殺未遂が起きたのだぞ?」
「だから?」
「だからって……」
「僕、生きてるよ」
「……」
「料理もいっぱい残ってる」
「……」
「もったいない」
国王は額を押さえた。
「そなたは本当に……」
「何?」
「いや、もうよい」
◇◇◇
当然。
晩餐会は続行――。
とはならなかった。
「中止です」
王女だった。
「え?」
「本日の晩餐会は中止です」
「でも料理が。」
「アレン様」
「はい」
「毒殺されかけたのですよ?」
「はい」
「まだ別の料理に毒が入っている可能性があります」
「……」
アレンがテーブルを見る。
「確かに」
「今気付いたのですか!?」
「うん」
「もう!」
王女がアレンの腕を掴む。
「部屋へ戻りますよ!」
「待って。」
「パンだけ持って――」
「駄目です!」
「一個!」
「駄目です!」
「半分!」
「駄目です!」
魔族側の使節たちは。
自分たちの王が人間の王女に連れていかれる姿を呆然と見送った。
「……」
ガルドが腕を組む。
「強いですな」
レイグが頷く。
「魔王様がまったく逆らえない」
「将来は安泰ですな」
「聞こえてるよ!」
◇◇◇
その夜。
王城地下牢。
暗殺者は椅子へ縛りつけられていた。
「……」
その正面。
アレン。
国王。
騎士団長。
ノエル。
そしてアルベルトがいる。
「名前は?」
騎士団長が尋ねる。
「……」
「聖剣同盟とは何だ?」
「……」
「目的は?」
「……」
何を聞いても答えない。
「頑固だね」
アレンが言った。
男が睨む。
「魔王に話すことなどない」
「そっか」
「……」
「じゃあ一つだけ聞く」
アレンは男の前へ進む。
「なんで。」
「そこまで魔族が嫌いなの?」
「……!」
男の顔が歪んだ。
「決まっている」
「奴らは。」
「俺の村を焼いた」
アレンの表情が変わる。
「……いつ?」
「十二年前だ」
「北方国境近くの村だった」
「魔族どもが襲ってきた」
「父も。」
「母も。」
「妹も。」
「みんな殺された!」
男は叫んだ。
「だから殺す!」
「魔族を!」
「一匹残らず!!」
「……」
アレンは何も言わなかった。
その怒りを。
否定できなかった。
もし。
自分の大切な者を人間に殺されたら。
同じように思うかもしれない。
「……そっか」
「同情するな!」
「してないよ」
「何?」
「君の家族を殺した魔族が悪い」
アレンははっきり言った。
「そいつらが今も生きてて。」
「罪を償ってないなら。」
「僕が捕まえる」
「……!」
「でも。」
アレンの蒼い瞳が男を見る。
「僕は君の家族を殺してない」
「ノエルも。」
「ガルドも。」
「魔王城で暮らしてる子供たちも。」
「君の村を焼いてない」
「……黙れ」
「それでも殺すの?」
「黙れ!」
「関係ない魔族まで。」
「家族を奪われた君自身が?」
「黙れぇぇぇ!!」
男が暴れる。
鎖が激しく鳴った。
「魔族は魔族だ!」
「同じだ!」
「全部同じなんだ!!」
アレンはしばらく男を見ていた。
「……僕も。」
「元は人間だよ」
「……何?」
男が止まる。
「僕は。」
「人間として生まれた」
「でも今は魔族」
「じゃあ。」
アレンは翼を少し広げる。
「僕はどっち?」
「……」
「人間?」
「魔族?」
「……貴様は魔王だ」
「うん」
「だから殺す」
「そっか」
アレンはそれ以上何も言わなかった。
◇◇◇
地下牢を出る。
国王が尋ねた。
「どう思う?」
「……あの人からは。」
「これ以上聞けないと思う」
「なぜ?」
「死ぬ覚悟で来てる」
「仲間を売るくらいなら。」
「自分が死ぬ方を選ぶ」
アルベルトが頷く。
「儂もそう思う」
「では。」
騎士団長が言う。
「聖剣同盟の所在は?」
「探すしかないね」
アレンは少し考える。
「でも。」
「向こうから来ると思う」
「何?」
「あの人。」
「言ってたでしょ?」
『これは始まりにすぎない』
「僕を殺すまで止まらないなら。」
「また来る」
「……」
「だったら。」
アレンは小さく笑った。
「待てばいい」
「魔王様」
ノエルが低い声で呼ぶ。
「何?」
「ご自分を囮になさるおつもりですか?」
「うん」
「なりません」
「即答?」
「当然でございます」
「でも僕が一番安全――」
「なりません」
「……はい」
国王が呆れた顔で見る。
「魔王も大変だな」
「王様には言われたくない」
「何?」
「なんでもないです」
◇◇◇
翌朝。
王城。
騎士団による大規模な捜査が始まった。
暗殺者が使っていた偽名。
王城へ入り込んだ経路。
毒の入手先。
胸元にあった紋章。
そして――《聖剣同盟》。
調査を進めるにつれて。
恐ろしい事実が判明していく。
「陛下」
宰相が報告書を置いた。
「分かったことがあります」
「申せ」
「聖剣同盟は。」
「昨日今日できた組織ではありません」
「何?」
「少なくとも。」
「二十年以上前から存在していた形跡があります」
アレンも報告書を見る。
「そんな昔から?」
「はい」
「かつての人魔戦争に参加した兵士。」
「魔族に家族を殺された遺族。」
「国境地域の住民。」
「そして。」
宰相の表情が険しくなる。
「王国騎士。」
「貴族。」
「商人。」
「各階層に。」
「協力者がいる可能性があります」
国王が立ち上がった。
「王城内部にも?」
「……否定できません」
空気が変わった。
「じゃあ。」
アレンが呟く。
「昨日の給仕だけじゃない?」
「はい」
「今も。」
「この城の中にいるかもしれない?」
「可能性はあります」
「……」
アレンは周囲を見る。
兵士。
使用人。
文官。
誰が味方で。
誰が敵なのか。
分からない。
◇◇◇
その日の深夜。
王城。
アレンは自室で眠っていた。
今日は勇者姿ではない。
白髪。
翼を畳み。
布団の中で静かに眠っている。
「……すぅ」
部屋の隅。
影の中にはノエル。
その時。
カチャ――。
扉が。
ほんの僅かに開いた。
「……」
一人の人物が入ってくる。
王城の騎士。
腰には剣。
だが。
抜かない。
手に持っているのは――。
小さな魔導具。
眠っているアレンへ近づく。
一歩。
二歩。
三歩。
そして。
魔導具をアレンの胸元へ置こうとした。
「……ごめんなさい」
騎士が小さく呟く。
「でも。」
「魔族との和平だけは。」
「認められない」
その瞬間。
「――そう」
「……!?」
騎士の動きが止まった。
ベッドの上。
アレンの蒼い瞳が。
開いていた。
「じゃあ。」
眠そうな声で。
魔王は尋ねた。
「なんで認められないのか。」
「聞かせてよ」
そして。
騎士の背後。
黒紫色の瘴気が。
静かに――人の形を作り始めた。
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