第61話 勇者の正体を公表するか
第三章 偽りの勇者編
第61話 勇者の正体を公表するか
人間と魔族による会談から――二日。
王都。
王城の会議室には、国王をはじめとする王国の重臣たちが集められていた。
宰相。
騎士団長。
アルベルト。
そして王女。
さらに――。
「……」
勇者ビースト。
その姿をしたアレン。
アレンは《幻影の首飾り》を身につけたまま、椅子に座っていた。
「……結局。」
アレンが口を開く。
「この姿で王都に戻ってきちゃったね」
「仕方あるまい」
国王が答える。
「王都の民にとって、そなたはまだ勇者ビーストだ」
「魔王の姿で帰ってきたら?」
「王都中の騎士が集まる」
「……だよね」
アレンはため息をついた。
「もう正体話したんだから。」
「勇者やめられると思ったのに……」
「簡単に済む問題ではない」
宰相が大量の書類を机へ置いた。
ドサッ!
「……」
アレンが書類を見る。
「何これ?」
「魔王アレンの正体を公表した場合に予想される問題です」
「こんなに?」
「むしろ足りないくらいです」
「……公表したくなくなってきた」
◇◇◇
「まず。」
宰相が一枚目の書類を開く。
「最大の問題は、国民の反応です」
「うん」
「現在。」
「勇者ビーストは王国最大の英雄の一人」
「魔王を討伐し。」
「凱旋し。」
「王女殿下との婚約まで発表されている」
「はい……」
「ところが。」
宰相がアレンを見る。
「実際の勇者ビーストは死亡」
「しかも。」
「その勇者を殺した魔王が。」
「勇者の姿を使って王都へ戻ってきた」
「……」
アレンは俯く。
「文字にすると酷いね」
「事実です」
「分かってるけど……」
騎士団長が腕を組む。
「事情を知らぬ者からすれば。」
「魔王が勇者を殺害し。」
「その姿を奪い。」
「王国へ潜入した」
「そう見えるだろうな」
「……完全に悪役じゃん」
「魔王ですから」
「そういう意味じゃないよ!」
◇◇◇
「さらに。」
宰相が続ける。
「王女殿下との婚約」
「……」
アレンが王女を見る。
「これも?」
「当然です」
「勇者と王女の婚約だと思っていた国民が。」
「突然。」
「実は王女の婚約者は魔王でした、と知らされる」
「……荒れる?」
「大いに」
王女が口を開く。
「ですが。」
「隠し続けるわけにもいきません」
「その通りです」
宰相は頷いた。
「問題は。」
「いつ。」
「どのように公表するかです」
国王が腕を組む。
「余としては。」
「まだ早いと考えている」
「……」
アレンが国王を見る。
「理由を聞いても?」
「現在。」
「魔王生存の噂が広がっている」
「さらに魔族領では反乱が起きたばかり」
「王国と魔族領の関係も、ようやく対話を始めた段階だ」
「ここで。」
「勇者と魔王が同一人物だったと公表すれば。」
「民は混乱する」
「……うん」
「最悪の場合。」
「魔族との和平そのものに反対する者が増えるだろう」
アレンは黙った。
自分が真実を話せば。
それだけで争いが起こるかもしれない。
「じゃあ。」
「どうするの?」
◇◇◇
「一つ案がございます」
宰相だった。
「何?」
「段階的に。」
「勇者ビーストという存在を表舞台から退かせます」
「……?」
アレンは首を傾げる。
「どうやって?」
「まず。」
「勇者ビーストは魔王との戦いで重傷を負っていたことにする」
「え?」
「その影響により。」
「今後は第一線で戦うことが難しい、と発表します」
「……なるほど」
「その後。」
「人間王国と魔族領の和平交渉が進んだ段階で。」
「勇者ビーストは勇者としての役目を終えたと宣言」
「引退させます」
アレンの目が輝く。
「引退!?」
「はい」
「じゃあ僕。」
「勇者やらなくていいの!?」
「最終的には」
「やった!」
アレンが立ち上がった。
「やっと魔王だけに戻れる!」
しかし。
「ただし」
「……」
アレンがゆっくり座る。
「まだあるんだ」
「当然です」
「……はい」
◇◇◇
「問題は。」
「本物の勇者ビースト殿の死を、どう扱うか」
空気が変わった。
アレンの表情から笑みが消える。
「……兄さん」
アルベルトが静かに口を開く。
「儂は。」
「ビーストの死そのものは、公表すべきだと思う」
国王が見る。
「理由は?」
「死んだ人間を。」
「いつまでも生きていることにしておくべきではない」
「……」
「ビーストには。」
「勇者として戦った人生がある」
「功績がある」
「そして。」
「死がある」
アルベルトはアレンを見る。
「それを。」
「別人が生き続けるために使うのは。」
「あいつにとっても。」
「アレンにとっても。」
「良いことではない」
「……はい」
アレンは小さく頷いた。
「僕も。」
「そう思います」
◇◇◇
「だったら。」
アレンが《幻影の首飾り》へ触れる。
「兄さんが死んだことだけ。」
「先に発表する?」
宰相が首を横へ振る。
「勇者ビーストが死亡したとなれば。」
「では今、目の前にいる勇者は誰だとなります」
「……あ」
「先ほど王都を歩いて帰ってこられましたからな」
「……」
「失敗した」
「今気付かれましたか?」
「はい」
国王が額を押さえた。
「そなた。」
「魔王としては本当に大丈夫なのか?」
「八年間ちゃんとやってます!」
「本当か?」
「反乱も鎮圧したよ!」
「反乱を起こされているではないか」
「それ言わないで!」
王女が思わず笑った。
◇◇◇
「なら。」
王女が提案する。
「勇者ビースト様が。」
「最後の任務へ向かわれることにしてはいかがでしょう?」
「最後の任務?」
「はい」
全員が王女を見る。
「勇者ビースト様は。」
「人間と魔族の争いを終わらせるため。」
「北方魔族領へ向かう」
「そして。」
「魔王との和平を成立させる」
アレンが目を見開く。
「その後。」
「勇者としての役目を終え。」
「人々の前から姿を消す」
「……」
宰相が考える。
「悪くありません」
「勇者ビーストの最後の功績が。」
「魔王討伐ではなく。」
「人間と魔族の和平になる」
「はい」
王女はアレンを見る。
「それなら。」
「アレン様が望んでいる未来とも一致します」
「……うん」
アレンは小さく笑った。
「兄さんも。」
「そっちの方が喜びそう」
◇◇◇
「しかし。」
アルベルトが口を挟む。
「それだけでは。」
「ビーストの死を公表できない」
「……」
「いつか。」
「真実を話す必要がある」
アレンは頷いた。
「分かってます」
「僕が魔王だってことも。」
「兄さんを殺したことも。」
「全部。」
王女が心配そうにアレンを見る。
「アレン様……」
「大丈夫」
「逃げないよ」
アレンは《幻影の首飾り》を握る。
「でも。」
「今じゃない」
「人間と魔族が。」
「魔王って聞いただけで剣を抜かなくなるくらいになったら。」
「その時。」
「全部話す」
国王が静かに頷いた。
「それがよかろう」
◇◇◇
「では。」
宰相が書類へ記していく。
「当面の方針を決めます」
「勇者ビーストは。」
「人間と魔族の和平を実現するための最後の任務へ就く」
「和平成立後。」
「勇者として引退」
「その後は公の場へ出ない」
「そして。」
「時期を見て。」
「勇者ビーストの死と。」
「魔王アレンの正体を公表する」
「うん」
アレンは頷いた。
「それでいこう」
国王がアレンを見る。
「ただし。」
「何?」
「それまでは。」
「勇者ビーストとして振る舞ってもらう」
「……」
アレンは天井を見る。
「あとどれくらい?」
「分からん」
「一か月?」
「分からん」
「半年?」
「分からん」
「一年?」
「可能性はある」
「…………」
アレンは机へ突っ伏した。
「長いよ……」
◇◇◇
会議終了後。
王城の廊下。
アレンは王女と並んで歩いていた。
姿はまだビースト。
「勇者を引退したら。」
王女が尋ねる。
「どうされるのです?」
「魔王に戻る」
「それだけですか?」
「うん」
「魔王城で仕事して。」
「たまに寝て。」
「ノエルに起こされて。」
「また仕事して。」
「……」
「何?」
「思ったより普通ですね」
「魔王ってそんなもんだよ」
王女が笑う。
「では。」
「私も魔王城へ?」
アレンの足が止まった。
「……え?」
「婚約は。」
「魔王アレン様との婚約として認められましたよね?」
「うん」
「でしたら将来。」
「私は魔王城で暮らすことになるのでは?」
「……」
アレンは想像した。
魔王城。
自分。
ノエル。
ガルド。
レイグ。
そして。
王女。
「……確かに」
「今気付かれたのですか?」
「うん」
王女は少し呆れながらも笑った。
「でしたら。」
「今度、私の部屋も用意してくださいね」
「分かった」
「アレン様のお部屋の近くがいいです」
「いいよ」
「……」
王女が少し驚いた。
「簡単に許可されるのですね」
「近い方が便利でしょ?」
「……そういう意味ではないのですが」
「?」
「何でもありません」
◇◇◇
そして――。
その日の夕方。
王都では。
勇者ビーストに関する新たな布告が出された。
『勇者ビーストは――』
『人間王国と北方魔族領。』
『両者の長き争いを終わらせるため。』
『最後の任務へ赴く』
広場に集まった民衆がざわめく。
「最後の任務?」
「勇者様が引退するのか?」
「魔族と和平だって?」
「魔王は生きているんだろ?」
「大丈夫なのか?」
歓迎する声。
不安の声。
反対する声。
さまざまな反応が広がっていく。
その群衆の中。
一人の男が布告を見上げていた。
「……和平?」
男は小さく呟く。
「魔族と?」
その目には。
明確な憎悪が宿っていた。
「ふざけるな」
男は人混みから離れる。
「魔王は。」
「殺すべきだ」
そして。
「勇者がそれをしないのなら――」
外套の下。
男の胸元には。
魔族を討つ剣を象った紋章があった。
「我々がやる」
魔王との和平。
それを望まない者は――。
人間側にも存在する。
そしてその夜。
王都の地下で。
魔王アレン暗殺を目的とした者たちが、密かに動き始めた。
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