第58話 偽勇者の剣
「少し、儂と手合わせをしよう」
「…………」
ザックは固まった。
勇者ビーストの姿のまま。
完全に。
固まった。
「どうした?」
アルベルトが腰の剣へ手を掛ける。
「昔は、儂が剣を抜いただけで嬉しそうに飛びかかってきたではないか」
「……」
「ビースト?」
「……その」
ザックの額から大量の汗が流れる。
「今日は会談ですので」
「ほう?」
「剣を振るう場ではないかと……」
アルベルトの目が細くなった。
「お前がそんなことを言うようになったのか?」
「…………」
魔王側の席。
アレンは平静を装いながら、内心では絶叫していた。
(ザックぅぅぅぅ!!)
(なんとかしてよ!!)
もちろん。
どうにもならない。
ザックは魔族の兵士。
本物のビーストの剣術など知らない。
それどころか。
昨日まで、
『魔王様!』
と叫びながらアレンへ跪いていた男である。
◇◇◇
「陛下」
王女が口を開いた。
「本日は人間と魔族の和平について話し合うための場です」
「手合わせは後日にされては?」
国王は娘を見る。
「……」
だが。
「いや」
アルベルトが答えた。
「すぐ終わります」
そして、勇者姿のザックを見る。
「なあ?」
「…………はい」
(返事しちゃった!)
アレンは頭を抱えたくなった。
アルベルトが会談室の外へ向かう。
「中庭を借りるぞ」
ザックも仕方なく後を追う。
その途中。
一瞬だけ。
アレンを見る。
(魔王様。)
目がそう訴えていた。
(助けてください。)
アレンは目を逸らした。
(無理。)
ザックの顔が絶望に染まった。
◇◇◇
迎賓館・中庭。
人間側。
魔族側。
双方の者たちが周囲を囲んでいた。
中央には。
アルベルト。
そして偽勇者ザック。
「訓練用の剣でよい」
アルベルトが一本を投げる。
「ほら」
「……」
ザックが受け取った。
その瞬間。
アルベルトの眉が動いた。
「……」
アレンは気付かなかった。
だが。
老騎士は見逃さなかった。
剣を受け取った時の手。
重心。
握り方。
違う。
(……やはり。)
アルベルトは自分も剣を構えた。
「いつでも来い」
「……」
ザックも構える。
その姿を見た瞬間。
アレンは悟った。
(駄目だ。)
(兄さんの構えなんて知らないけど。)
(絶対これ、魔王軍の構えだ。)
ガルドも気付いた。
「……魔王様」
小声でアレンへ話しかける。
「ザックの構え。」
「うん」
「我が軍の基本剣術です」
「やっぱり?」
「はい」
「どうしよう」
「私に聞かれましても」
◇◇◇
「行くぞ」
アルベルトが地面を蹴った。
速い。
「っ!」
ザックが反応する。
キィン!!
剣と剣がぶつかる。
ザックも魔王軍の兵士。
決して弱くはない。
二撃。
三撃。
四撃。
剣を受け流し、反撃する。
「おお……」
人間側の騎士たちから声が漏れる。
しかし。
アルベルトの顔は険しくなっていった。
「……違う」
小さく呟く。
「え?」
「違うぞ」
ガァン!!
「ぐっ!」
ザックの剣が弾かれる。
アルベルトが間合いを詰めた。
「ビーストは。」
斬撃。
ザックが受ける。
「こんな守り方はせん!」
さらに一撃。
「奴はもっと前へ出る!」
「っ!」
「相手の攻撃を受けながらでも!」
「一歩踏み込み!」
「力で押し切る!」
ガァン!!
ザックの身体が後退する。
「お前の剣は違う!」
アルベルトの剣が止まった。
ザックの首元。
「……」
「誰だ」
静かな声だった。
中庭が静まり返る。
「……何を」
「お前は。」
アルベルトの目が鋭くなる。
「ビーストではない」
「…………」
国王の表情が変わった。
「アルベルト」
「陛下」
アルベルトはザックから目を離さない。
「この者は偽物です」
ざわっ!!
「偽物!?」
「どういうことだ!」
「勇者様が!?」
人間側の騎士たちが一斉に剣へ手を掛ける。
魔族側も身構えた。
「待って!」
アレンが思わず声を上げる。
全員の視線が魔王へ向く。
「……」
(しまった。)
アレンはゆっくり口を閉じた。
国王が立ち上がる。
「魔王アレン」
「……はい」
「これはどういうことだ?」
「……」
「なぜ。」
国王がザックを指差す。
「勇者ビーストの偽物がここにいる?」
アレンは答えられなかった。
◇◇◇
「答えよ!」
国王の声が響く。
人間側の騎士が剣を抜く。
ガルドたちも武器へ手を掛ける。
一触即発。
「待ってください!」
王女が両者の間へ入った。
「剣を収めてください!」
「娘よ!」
「ここで戦えば。」
「何のための会談なのです!」
「しかし!」
「お願いします!」
国王は娘を見る。
そして。
「……剣を収めよ」
騎士たちが渋々剣を収める。
ガルドもアレンを見る。
「魔王様」
「こっちも下げて」
「……御意」
魔族側も武器を下ろした。
だが。
疑いは消えていない。
「さて」
国王がアレンを見る。
「説明してもらおう」
「……」
アレンはザックを見る。
ザックは今にも泣きそうだった。
幻影はまだ維持されている。
「ザック」
「……!」
「もういいよ」
「しかし……」
「大丈夫」
アレンは小さく笑った。
「ありがとう」
ザックは俯く。
そして。
首元の魔導具へ手を掛けた。
シュゥゥゥ――。
「なっ……!」
人間側から驚愕の声が上がる。
勇者ビーストの姿が崩れていく。
現れたのは。
人間に近い容姿を持つ、一人の魔族。
「……魔族」
国王が呟く。
アルベルトは黙っていた。
「やはり。」
「ビーストではなかったか」
◇◇◇
国王の視線がアレンへ戻る。
「魔王」
「なぜこのような真似をした?」
「……」
アレンは答えられない。
王女が心配そうに見る。
「アレン様……」
「……」
アレンは目を閉じた。
また。
嘘をつく?
ここからさらに。
別の理由を作る?
(……無理だ。)
もう。
限界だった。
「……王様」
アレンが口を開く。
「なんだ」
「少しだけ。」
自分の胸元を見る。
そこには。
いつも勇者になるために使っている《幻影の首飾り》。
今日は使っていない。
なぜなら。
今は最初から――魔王アレンとしてここにいるから。
「昔の話をしてもいいですか?」
「昔?」
「はい」
アレンはゆっくり歩き出す。
中庭の中央。
人間と魔族。
その間に立つ。
「僕には。」
「従兄弟がいました」
アルベルトの眉が動く。
「従兄弟?」
「はい」
「僕は子爵家の三男として生まれました」
「元は。」
「人間です」
「……!」
国王が目を見開く。
騎士たちもざわめく。
「人間……?」
「魔王が?」
アレンは続ける。
「一歳で家を離れ。」
「七歳の頃には。」
「もう人間ではなくなっていました」
自分の翼を見る。
「いろいろあって。」
「魔族になって。」
「魔王になった」
「そして。」
「八年後。」
アレンはアルベルトを見る。
「僕の城に。」
「一人の勇者がやってきました」
「……」
アルベルトの顔から。
ゆっくり表情が消えていく。
「まさか……」
「勇者の名前は。」
アレンは静かに告げる。
「ビースト」
沈黙。
「僕の従兄弟でした」
アルベルトの手が震えた。
「では……。」
国王が尋ねる。
「ビーストは。」
「どこにいる?」
「……」
アレンは拳を握った。
「魔王城です」
「なぜだ?」
「……棺の中に。」
王女が目を閉じる。
国王の顔色が変わった。
「棺……?」
「はい」
「待て」
アルベルトが一歩前へ出る。
「それは。」
「どういう意味だ」
アレンは逃げなかった。
真っ直ぐ。
老騎士を見る。
「勇者ビーストは。」
「死にました」
「……」
「僕が。」
声が僅かに震える。
「殺しました」
静寂。
風の音だけが聞こえる。
「……貴様」
アルベルトの手が剣へ伸びた。
「貴様ぁぁぁ!!」
「アルベルト!」
国王が叫ぶ。
だが老騎士は剣を抜いた。
アレンへ向かって走る。
「ビーストを!!」
アレンは動かない。
「殺したのかぁぁぁ!!」
剣が振り下ろされる。
「アレン様!!」
王女が叫ぶ。
ガルドが動こうとする。
「動かないで!」
アレンが命じた。
「魔王様!?」
そして。
アレンは――。
アルベルトの剣を避けなかった。
ザシュッ!!
刃が肩を斬り裂く。
血が飛んだ。
「……っ」
「アレン様!」
王女が駆け寄ろうとする。
しかしアレンは片手を上げた。
「大丈夫」
アルベルトも動きを止めていた。
「なぜ……避けなかった」
「……」
アレンは傷口を押さえる。
「僕が殺したのは。」
「事実だから」
「……!」
「怒る権利は。」
「あなたにある」
アルベルトの剣が震える。
◇◇◇
「でも。」
アレンは続けた。
「最後まで聞いてください」
「兄さんは。」
「死ぬ前に僕へ言いました」
あの日。
魔王城。
胸を貫かれ。
血を流しながら。
それでも笑っていた勇者。
『俺の代わりに――勇者になってくれ』
「だから。」
アレンは机に置かれていた《幻影の首飾り》を手に取る。
「僕は。」
「兄さんの代わりになりました」
首飾りを身につける。
シュゥゥゥ――。
光が身体を包む。
白髪が消える。
翼が消える。
魔王アレンの姿が――。
「……!」
国王が立ち上がった。
アルベルトの剣が地面へ落ちる。
カラン――。
そこに立っていたのは。
勇者ビースト。
「……ビースト」
アルベルトが呟く。
だが。
アレンは首を横へ振った。
「違います」
勇者の顔で。
魔王は言った。
「僕はビーストじゃない」
「僕は――。」
首飾りを外す。
再び。
白髪。
漆黒の翼。
異形の足。
魔王の姿へ戻る。
「アレンです」
誰も言葉を発しなかった。
国王。
アルベルト。
騎士たち。
魔族たち。
全員が。
ようやく理解した。
魔王アレンが生きている理由。
勇者ビーストが変わってしまった理由。
魔王を討ったはずの勇者が、魔族との和平を望んだ理由。
そのすべては――。
最初から。
同じ一人の少年だったのだ。
アレンは静かに頭を下げた。
「騙していて。」
「ごめんなさい」
勇者の仮面が。
ついに――。
人間王国の前で剥がれ落ちた。




