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第56話 影武者は誰だ

 会談まで――あと三日。


「ということで。」


 王城の一室。


 アレンは勇者一行の生き残った三人を前にして、深々と頭を下げた。


「誰か兄さんになってください」


「嫌だ」


「嫌よ」


「断る」


「即答しないでよ!」


 アレンが顔を上げる。


「僕の人生がかかってるんだよ!?」


「自業自得だろ」


「それを言われると何も言えない!」


 三人は揃ってため息をついた。


 勇者ビーストは死んだ。


 そのビーストを殺した魔王アレンが、遺言を受けて勇者となった。


 そして現在――。


 国王が魔王アレンとの会談を希望している。


 つまり。


 勇者ビースト。


 魔王アレン。


 その二人が同じ場所にいなければならない。


 もちろん――中身はどちらもアレンだ。


「改めて聞くけど。」


 一人が尋ねた。


「お前が勇者として会談に出て、魔王側に影武者を立てるのは?」


「無理」


「なぜ?」


「魔族なら僕の魔力が分かる」


 アレンは自分を指差す。


「王様が魔王本人か確認するために魔導士を連れてくる可能性もある」


「それに。」


「僕の瘴気まで完全に真似できる人はいない」


「なるほど」


「だから。」


 アレンは《幻影の首飾り》を持ち上げた。


「僕が魔王として出る」


「誰かが兄さんの姿になる」


 三人が顔を見合わせる。


「……やっぱり嫌だな」


「なんで!?」


「国王を騙すんだぞ?」


「失敗したら俺たちまで処罰される」


「……」


 アレンは黙った。


「それは……。」


「ごめん」


 少し俯く。


「やっぱり無理に頼めない」


 ◇◇◇


「ただ。」


 一人が口を開いた。


「影武者を立てること自体は、悪くないと思う」


「え?」


「問題は。」


「俺たちがやる必要があるのかってことだ」


 アレンが首を傾げる。


「どういうこと?」


「ビーストに似せるだけなら。」


「別に俺たちじゃなくてもいい」


「……!」


「体格の近い奴を用意して。」


「幻影魔法で外見を変える」


「声も魔法で変えればいい」


 アレンの顔が明るくなる。


「それだ!」


「ただし。」


「?」


「ビーストの振る舞いを教え込む必要がある」


「……」


「歩き方。」


「剣の持ち方。」


「話し方。」


「国王への接し方。」


「そして。」


 男はアレンを見る。


「ビースト本人を知っている人間から質問された時の受け答え」


「……。」


「できる?」


「三日で?」


「三日で」


「……無理じゃない?」


「だから面倒なんだよ」


 ◇◇◇


 その日の午後。


 アレンは魔王城へ戻った。


 もちろん人間側には、


『魔王アレンへ会談の要請を伝えるため、勇者ビーストが北方へ向かった』


 ということになっている。


「魔王様!」


 ガルドが出迎える。


「お帰りなさいませ!」


「ただいま」


「会談の件はいかがなさいました?」


「そのことで相談がある」


「はっ!」


 アレンはガルドを上から下まで見る。


「……」


「?」


「やっぱり大きすぎる」


「何のお話です?」


「こっちの話」


 その後ろからレイグが現れる。


「魔王様」


「レイグ」


「はい」


「兄さんになって」


「嫌です」


「まだ何も説明してない!」


「以前と同じ話でしょう」


「……はい」


 レイグはため息をつく。


「魔王様。」


「なぜ、そこまでして正体を隠されるのです?」


「……」


 アレンの表情が変わった。


「まだ。」


「言う時じゃないと思ってるから」


「人間王国との関係が、まだ不安定すぎる」


「今僕が魔王だって知られたら。」


「王国の人たちは。」


「勇者に騙されていた、って思う」


「……確かに」


「そうなったら。」


「人間と魔族の関係を良くするどころじゃない」


 アレンは拳を握った。


「だから。」


「もう少しだけ。」


「勇者ビーストが必要なんだ」


 ◇◇◇


「でしたら。」


 ノエルが口を開いた。


「影武者候補を探しましょう」


「いるの?」


「魔王軍には、人間に近い容姿の者もおります」


「なるほど」


「体格さえ近ければ、幻影魔法で誤魔化せるでしょう」


 アレンの目が輝く。


「探そう!」


 こうして。


 魔王城を巻き込んだ――。


 前代未聞の『勇者役選考会』が始まった。


 ◇◇◇


「次!」


「はっ!」


 一人目。


 筋骨隆々の魔族。


「……」


 アレンは見上げる。


「身長二メートルくらい?」


「二メートル十二でございます!」


「帰って」


「なぜです!?」


「兄さんそんなに大きくない!」


 ◇◇◇


「次!」


 二人目。


 細身の魔族。


「おお。」


 アレンが立ち上がる。


「体格いい感じ!」


「ありがとうございます!」


「歩いてみて」


「はっ!」


 男が歩き出す。


 ズシン。


 ズシン。


「……なんでそんな歩き方なの?」


「我が一族は大地を踏みしめることを誇りとしております!」


「王城の床壊れるから駄目」


「そんな!」


 ◇◇◇


「次……」


 三人目。


 人間とほとんど変わらない青年。


 身長も体格も近い。


 アレンが目を輝かせる。


「いい!」


 ノエルも頷く。


「かなり条件に近いですね」


「名前は?」


「ザックと申します!」


「よし!」


 アレンは《幻影の首飾り》と似た仕組みの魔導具をザックへ渡した。


「これ付けてみて」


「はっ!」


 ザックが身につける。


 シュゥゥゥ――。


 光が身体を包み――。


 勇者ビーストの姿になる。


「おお!」


 ガルドが驚く。


「勇者そのものではありませんか!」


「いける!」


 アレンが喜ぶ。


「ザック!」


「はい!」


「ちょっと喋って!」


 ザック――ビーストが胸を張った。


「魔王様ァァァ!!」


「ご命令をォォォォ!!」


「声でかい!」


「申し訳ございませんッ!!」


「それ!」


「それをやめて!」


「承知いたしましたァァァ!!」


「……」


 アレンは頭を抱えた。


「駄目かも」


 ◇◇◇


 しかし。


 他に適任はいなかった。


「……ザックでいくしかない」


「光栄でございますッ!」


「だから声!」


「……光栄でございます」


「うん。それくらい」


 アレンはザックの前へ立つ。


「まず。」


「僕のことを魔王様って呼ばないで」


「なぜでございますか?」


「会談中の僕は魔王だけど。」


「君は勇者だから」


「なるほど!」


「それと敬語」


「勇者ビーストとして話して」


「承知いたしました!」


「だから魔王軍の兵士になってるって!」


 ノエルが口元を押さえる。


 ガルドは笑いを堪えている。


 レイグは頭を抱えていた。


 ◇◇◇


 訓練開始から二時間。


「では。」


 アレンが玉座へ座る。


「僕を魔王だと思って」


「はい」


「会談開始」


 ザックが勇者ビーストの姿で前へ出る。


「魔王アレン」


「うん」


「久しぶりだな」


「……」


 アレンが目を丸くする。


「いい!」


「本当ですか!?」


「それ!」


「?」


「今の『本当ですか!?』で全部ザックに戻った!」


「申し訳ございません!」


「戻るの早すぎるよ!」


 もう一度。


「魔王アレン」


「何?」


「人間王国は、貴殿との和平を――」


 その瞬間。


 アレンの足元から瘴気が少し漏れた。


 ザックが反射的に跪いた。


「魔王様!」


「跪かないで!!」


「身体が勝手に!」


「勇者が魔王に跪いたら全部終わるよ!」


「申し訳ございません!」


 アレンは両手で顔を覆った。


「……三日で間に合うかな」


 ノエルが微笑む。


「あと二日でございます」


「減らさないで!」


「事実です」


 ◇◇◇


 そして。


 訓練は夜まで続いた。


「魔王様」


「駄目!」


「アレン殿!」


「勇者が僕を名前で呼ぶかな……まあいい!」


「魔王アレン!」


「それ!」


「魔王様!」


「戻った!」


 何度も。


 何度も。


 何度もやり直す。


 やがて――。


「……魔王アレン」


 勇者姿のザックがアレンを見る。


「俺は貴殿と戦うために来たのではない」


「人間と魔族。」


「両者が争わずに済む道を探すために来た」


「……」


 アレンが目を見開いた。


 ノエル。


 ガルド。


 レイグも黙っている。


「どう……でしょうか」


 ザックが恐る恐る尋ねた。


 アレンが立ち上がる。


「できた……!」


「魔王様!」


「できたよ!」


「ありがとうございます!」


 二人が手を取り合う。


「これならいける!」


「はい!」


「会談乗り切れる!」


「はい、魔王様!」


「……」


「……」


「今のは?」


「忘れてください」


「うん」


 ◇◇◇


 会談まで――あと二日。


 魔王アレン。


 偽勇者ビースト。


 王女。


 そして事情を知る者たち。


 前代未聞の芝居の準備は進んでいく。


 だが。


 アレンたちはまだ知らなかった。


 国王が今回の会談へ――。


 ある人物を同行させることを決めていた。


 その人物は。


 かつて本物の勇者ビーストと何度も顔を合わせたことがある。


 そして――。


 勇者の僅かな癖まで知っている人物だった。

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