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第55話 魔王と勇者を同時に

「もう意味分からないよ!」


 王城の自室。


 扉を閉めた瞬間、アレンの叫び声が響いた。


「僕が魔王!」


「僕が勇者!」


「なのに王様は!」


「勇者の僕に、魔王の僕との会談を用意しろって!」


 アレンは頭を抱えたままベッドへ倒れ込む。


「どうやって同時に二人になるの!?」


 その姿はまだ勇者ビースト。


 王女は椅子に座りながら、必死に笑いを堪えていた。


「……ふっ」


「王女」


「はい」


「笑った?」


「いいえ」


「絶対笑ったよね?」


「少しだけ」


「笑い事じゃないんだけど!」


 王女は口元へ手を当てた。


「申し訳ありません。ですが……」


「アレン様ご自身が原因ですよ?」


「分かってるよ!」


 勇者ビーストを殺した。


 その姿を借りて勇者になった。


 魔王を倒したことにした。


 そのまま王国へ帰還した。


 さらに魔王として反乱まで鎮圧した。


 結果――。


 勇者ビーストと魔王アレン。


 二人が同時に存在していることになってしまった。


「……どうしよう」


 アレンは枕へ顔を埋めた。


「ノエルー」


 影から黒紫色の瘴気が溢れる。


 ブワッ――。


「お呼びでしょうか、魔王様」


「助けて」


「無理でございます」


「早いよ!」


 ◇◇◇


 アレンは《幻影の首飾り》を外した。


 勇者の姿が消え、本来の魔王姿へ戻る。


 白髪。


 漆黒の翼。


 鳥のような足。


「何か方法ない?」


 ノエルは考える。


「影武者を立てるという方法はございますが」


「誰を?」


「ガルド様など」


「……」


 アレンは想像した。


 巨大な体格のガルド。


 小柄な自分。


「無理」


「ではレイグ様」


「もっと無理」


「幻影魔法で姿だけ僕にできない?」


「外見だけなら可能かもしれません」


「本当!?」


「ですが」


 ノエルは冷静に続ける。


「魔力までは再現できません」


「……」


「国王陛下が魔王様を直接確認されるための会談であれば、魔力を調べられる可能性もございます」


「そっか……」


 アレンは再び頭を抱えた。


 王女が尋ねる。


「逆はできないのですか?」


「逆?」


「アレン様が魔王として会談へ出席し。」


「別の方に勇者ビースト様を演じていただくのです」


「……!」


 アレンが顔を上げた。


「それだ!」


 ノエルも頷く。


「確かに、魔王様の魔力は魔王様にしか再現できません」


「ですが勇者ビースト様は人間」


「魔力を完全に再現する必要性は低いでしょう」


「じゃあ!」


「誰かを兄さんの姿に変えれば――」


 アレンの声が止まった。


「……誰がやる?」


 ◇◇◇


 その日の夜。


 魔王城。


「嫌です」


 即答だった。


「お願い!」


「嫌です」


「レイグ!」


「嫌です」


 アレンは魔王城へ一時的に戻り、レイグの前で手を合わせていた。


「一日!」


「一日だけ兄さんになって!」


「なぜ私が勇者に」


「他にいないんだよ!」


 ガルドが横から口を挟む。


「魔王様」


「何?」


「私では?」


「体格が違いすぎる」


「幻影魔法なら問題ないのでは?」


「動きで絶対バレる」


「……」


 ガルドが自分の巨大な身体を見る。


「確かに」


 レイグがため息をつく。


「そもそも。」


「勇者ビーストの話し方も振る舞いも、私は知りません」


「大丈夫」


「僕も知らないまま何週間もやってる」


「それは大丈夫ではありません」


「……確かに」


 ノエルが口を挟む。


「魔王様」


「はい」


「もっと適任の方々がおられるのでは?」


「誰?」


「本物の勇者ビースト様を知っている方々です」


「……あ」


 アレンは思い出した。


 勇者一行の――。


 生き残った三人。


 ◇◇◇


 翌日。


 王都。


「嫌よ」


「お願い!」


「絶対嫌!」


 勇者一行の生き残りの一人が即答した。


 アレンは頭を下げる。


「一日だけ!」


「どうして私がビーストになるのよ!」


「僕が魔王やらなきゃいけないから!」


「その時点でおかしいのよ!」


「分かってる!」


 もう一人が呆れた顔で尋ねる。


「そもそも、どうしてこんなことになった?」


「王様に。」


「魔王と会いたいって言われた」


「断れよ」


「勇者として魔王との会談を取り持てって言われたんだよ!」


「……」


 三人が黙った。


 そして。


「お前、本当に面倒なことになってるな」


「助けてよ!」


 アレンは泣きそうだった。


 ◇◇◇


 三人は話し合った。


 やがて、一人が尋ねる。


「つまり。」


「アレンは魔王として会談へ出る」


「うん」


「俺たちの誰かが魔導具でビーストの姿になる」


「うん」


「王女殿下も事情を知ってる」


「うん」


「国王には秘密」


「うん」


「……」


 三人が顔を見合わせる。


「これ。」


「失敗したらどうなる?」


「……」


 アレンは考える。


「僕が魔王だってバレる」


「それだけじゃない」


「王女まで国王を騙したことになるぞ」


「……!」


 アレンの顔から笑みが消えた。


 そこまで考えていなかった。


「それは……駄目だ」


「だろ?」


「僕だけならいいけど。」


「王女を巻き込むのは……」


 アレンは俯く。


 最初は自分だけの嘘だった。


 だが今では。


 ノエル。


 勇者一行の三人。


 そして王女。


 秘密を守るために、どんどん周囲を巻き込んでいる。


「……やっぱり。」


 アレンが呟く。


「正直に言った方がいいのかな」


 三人は黙った。


 ◇◇◇


 その日の夕方。


 王城の庭園。


 アレンは王女と二人で歩いていた。


「影武者の件。」


「やめようと思う」


 王女がアレンを見る。


「なぜです?」


「失敗したら君まで危なくなるから」


「……」


「僕が勝手についた嘘なのに。」


「君まで王様を騙すことになる」


 王女は少し考える。


「では。」


「真実を話されるのですか?」


「……まだ分からない」


 アレンは空を見る。


「怖いんだ」


「僕が魔王だって知られることより。」


「その後が」


「その後?」


「僕が魔王だと分かったら。」


「王国は魔族領を敵と見るかもしれない」


「僕を殺そうとして。」


「戦争になるかもしれない」


 王女は何も言わない。


「逆に魔族たちも。」


「人間が僕を殺そうとしたら黙ってない」


「……そうですね」


「だから。」


 アレンは拳を握る。


「僕一人の秘密じゃなくなってる」


 勇者の正体。


 それ一つで。


 二つの国が戦争になる可能性すらある。


 ◇◇◇


 その夜。


 アレンはベッドに座っていた。


 机の上には《幻影の首飾り》。


 隣には龍皇剣。


 勇者になるための魔導具。


 魔王として戦うための剣。


 二つを見比べる。


「勇者……」


 首飾りを見る。


「魔王……」


 龍皇剣を見る。


「……」


 アレンは頭を抱えた。


「やっぱり無理だよ!」


 ノエルが呆れたように振り返る。


「何がでございますか?」


「両方同時にやるの!」


「今更でございますね」


「だって身体一個しかないんだよ!?」


「はい」


「勇者と魔王が会談するんだよ!?」


「はい」


「どっちも僕なんだよ!?」


「存じております」


「ノエル冷静すぎ!」


 その時。


 コンコン。


 扉が叩かれた。


「ビースト様」


 王城の騎士だった。


「陛下より伝言でございます」


「……はい」


「魔王アレンとの会談について。」


 アレンの表情が固まる。


「三日後に開催したいとのことです」


「…………」


「場所は北方国境の中立都市」


「魔王側へ正式な使者を送るよう、準備せよとのことでございます」


「……分かりました」


「失礼いたします」


 足音が遠ざかる。


 沈黙。


 アレン。


 王女。


 ノエル。


 三人が顔を見合わせた。


「三日後……」


 王女が呟く。


「三日後ですね」


 ノエルも頷く。


 アレンはゆっくり布団へ倒れた。


「……もう。」


 枕へ顔を埋める。


「どうにでもなれ……」


 だが三日後。


 勇者ビーストと魔王アレンは――。


 同じ場所へ姿を現さなければならない。


 中身が、まったく同じ人間だというのに。

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