第54話 勇者への尋問
翌日。
アレンと王女は魔王城を出発した。
「魔王様」
正門前。
ノエル、ガルド、レイグが並んでいる。
「魔王領のことは、我々にお任せください」
「うん」
アレンは頷く。
「今回みたいなことが起きないように、僕がいなくても動ける体制を作っておいて」
「御意」
「それと。」
アレンはガルドを見る。
「ヴァルガスの裁判は帰ってきてからやる」
「承知いたしました」
レイグが尋ねる。
「いつ頃お戻りに?」
「……分からない」
アレンは遠い目をした。
「王様がどれくらい怒ってるかによる」
「魔王様でも、人間の王には怒られるのですね」
「今は勇者だからね……」
王女が隣で小さく笑う。
「アレン様」
「何?」
「そろそろお姿を」
「ああ……」
アレンは《幻影の首飾り》を取り出す。
「……嫌だな」
「仕方ありません」
「このまま帰ったら駄目?」
「王城が大騒ぎになります」
「だよね」
首飾りを身につける。
シュゥゥゥ――。
白髪が消え。
漆黒の翼が消え。
異形の足も人間のものへ。
魔王アレンは――。
勇者ビーストへと姿を変えた。
「じゃあ。」
アレンは三人を見る。
「行ってくる」
「いってらっしゃいませ、魔王様」
◇◇◇
数時間後。
人間王国。
北方国境。
「勇者様!」
待機していた王国騎士たちが駆け寄ってきた。
「王女殿下!」
「ご無事でしたか!」
「はい」
王女が答える。
「魔族領での調査は終了しました」
騎士隊長は安堵する。
しかし。
「勇者様」
「……はい」
「王都より、急ぎ帰還せよとの命令を受けております」
「聞いてます」
「陛下が直々に、お話を伺いたいと」
「……」
(やっぱり逃げられない。)
アレンは心の中でため息をついた。
◇◇◇
王都へ向かう途中。
アレンは馬上で考え続けていた。
(どう説明する?)
魔王アレンは生きている。
事実だ。
自分だから。
では、勇者ビーストはなぜ「魔王を討った」と報告したのか。
(……勘違いした?)
無理がある。
(別人だった?)
もっと無理がある。
(蘇生した?)
少し使えそう。
「アレン様」
「ん?」
隣を進む王女が小声で尋ねる。
「何か思いつきました?」
「魔王が蘇生したっていうのは?」
「……」
「駄目?」
「お父様は詳しく聞くと思います」
「だよね」
「それに。」
王女はアレンを見る。
「これ以上、嘘を重ねるのですか?」
「……」
痛いところを突かれた。
「でも。」
「本当のことを言ったら。」
アレンはさらに声を小さくする。
「『こんにちは。僕が魔王です』だよ?」
「そうですね」
「絶対捕まえようとするよね?」
「おそらく」
「捕まらないけど」
「そこではありません」
「……はい」
◇◇◇
その日の夕方。
王城。
アレンと王女が戻ると、いつもとは明らかに雰囲気が違った。
騎士たちの視線。
貴族たちの囁き。
「勇者様だ」
「魔王が生きているという話は……」
「本当に討伐したのか?」
「まさか虚偽の報告を?」
アレンにも聞こえていた。
「……」
王女が心配そうに見る。
アレンは小さく笑った。
「大丈夫」
そして。
謁見の間の扉が開く。
「勇者ビースト様!」
「王女殿下!」
「ご入場!」
◇◇◇
広間には。
国王。
王妃。
宰相。
騎士団長。
そして多数の重臣が並んでいた。
明らかに普通の帰還報告ではない。
(……多い。)
アレンは国王の前へ進む。
片膝をつく。
「勇者ビースト。」
国王の低い声。
「はい」
「顔を上げよ」
アレンが顔を上げる。
「まず。」
「娘を無事に連れ帰ってくれたこと、礼を言う」
「当然のことをしたまでです」
「うむ」
そして。
国王の表情が険しくなる。
「では。」
「本題へ入ろう」
来た。
「ビースト」
「はい」
「魔王アレンは。」
「本当に死んだのか?」
「……」
謁見の間が静まり返る。
王女は何も言わない。
アレンは一瞬だけ目を閉じた。
「……いいえ」
ざわっ!!
広間が騒然となった。
「何!?」
「ではやはり!」
「静まれ!」
国王の一喝。
再び静寂。
「ビースト」
「説明せよ」
「はい」
アレンは慎重に言葉を選ぶ。
「魔王アレンは――。」
「生きています」
「……なぜだ」
「そなたは魔王を討ったと報告したはずだ」
「……」
アレンは拳を握る。
これ以上。
どこまで嘘をつく?
王女の言葉が頭をよぎる。
『これ以上、嘘を重ねるのですか?』
「……陛下」
「なんだ」
「僕は。」
一瞬。
すべてを話そうと思った。
だが。
今ここで正体を明かせば。
王国と魔族領。
両方を巻き込む。
「魔王を。」
「死んだと思っていました」
国王の眉が動く。
「思っていた?」
「最後の戦いで。」
「致命傷を与えました」
これは――半分だけ本当。
ただし。
致命傷を受けたのはビーストだった。
「その後。」
「魔王の姿を確認できなくなったため。」
「討伐したと判断しました」
宰相が口を開く。
「では。」
「死体を確認していない?」
「……はい」
「それで討伐と報告したのですか?」
「僕の判断ミスです」
アレンは頭を下げた。
「申し訳ありません」
◇◇◇
「では。」
騎士団長が尋ねる。
「今回の魔族領で、魔王本人を確認されたのですか?」
「……はい」
嘘ではない。
「どのような状態でした?」
「元気でした」
「元気!?」
思わず正直に答えすぎた。
「……失礼」
アレンは咳払いする。
「負傷している様子は、ほとんどありませんでした」
「では。」
宰相が目を細める。
「なぜ魔王は、勇者殿を攻撃しなかった?」
「……」
「魔王を討った相手が。」
「自分の領地へ再び現れたのですぞ?」
アレンは答えに詰まる。
(だって僕だから。)
もちろん言えない。
「それは……」
「魔王と。」
突然。
王女が口を開いた。
「話し合ったからです」
「王女?」
国王が娘を見る。
「どういう意味だ?」
「私も魔王アレン本人と会いました」
「……!」
今度こそ。
国王が立ち上がった。
「何だと!?」
「お父様、落ち着いてください」
「落ち着いていられるか!」
「魔王と会っただと!?」
「はい」
アレンが王女を見る。
(そこまで言うの!?)
王女は続ける。
「魔王アレンには。」
「人間王国へ侵攻する意思はありません」
「むしろ。」
「人間との戦争を望む反乱軍を、彼自身が鎮圧しました」
広間がざわめく。
「魔王が?」
「人間との戦争を止めた?」
「あり得るのか……?」
王女は真っ直ぐ父を見る。
「私は自分の目で見ました」
「魔族領の民も。」
「私たち人間と変わりません」
「暮らし。」
「家族を持ち。」
「平和を望んでいます」
国王は黙った。
◇◇◇
「ビースト」
しばらくして。
国王が再びアレンを見る。
「そなたも同じ考えか?」
「はい」
今度は迷わなかった。
「魔王アレンを。」
「今、討つ必要はありません」
「……勇者であるそなたが?」
「はい」
「魔王を倒すことだけが。」
アレンは静かに答える。
「勇者の仕事ではないと思っています」
「……」
「人間を守るために。」
「戦わなくて済むなら。」
「その方がいい」
国王は長い間、何も言わなかった。
やがて。
「……分かった」
宰相が驚く。
「陛下!」
「ただし。」
国王の視線が鋭くなる。
「魔王への警戒を解くわけではない」
「はい」
「そしてビースト」
「そなたの討伐報告に誤りがあったことも事実」
「……はい」
「当面。」
「魔王に関する新たな情報は、すべて余へ直接報告せよ」
「承知しました」
アレンは頭を下げた。
(なんとか……。)
(乗り切った?)
そう思った。
しかし。
「それと、もう一つ」
「……?」
国王が王女を見る。
「娘よ」
「はい」
「そなた。」
「魔王と直接会ったと言ったな?」
「はい」
「ならば。」
「余も会う」
「…………」
アレンの思考が止まった。
王女も目を見開く。
「お父様?」
「人間との戦争を望まぬ魔王だというのなら。」
「王として。」
「一度、この目で確かめたい」
「……」
アレンの背中に冷たい汗が流れる。
(待って。)
国王が魔王アレンと会う。
つまり。
勇者ビーストと魔王アレンが――。
同じ場所に存在しなければならない。
(無理じゃない?)
王女がゆっくりアレンを見る。
目が合う。
アレンは笑った。
ものすごく引きつった笑顔だった。
「ビースト」
「……はい」
「魔王アレンとの会談を。」
「そなたに取り持ってもらいたい」
「…………」
「できるな?」
逃げ道はなかった。
「……善処します」
「頼んだぞ」
「はい……」
こうして。
魔王アレンは。
自分自身との会談を――。
勇者ビーストとして準備することになった。
「…………」
アレンは頭を抱えた。
「もう意味分からないよ!」




