第52話 魔王の資格
「僕から奪ってみて」
アレンは龍皇剣の切っ先をヴァルガスへ向けた。
「ただし――」
蒼い瞳が冷たく細められる。
「僕は、民を殺した奴には少し厳しいよ」
黒紫色の瘴気が渦を巻く。
大地が震えた。
「……っ!」
ヴァルガスは巨大な剣を握り締める。
目の前にいるのは小柄な少年。
外見だけなら、到底魔王には見えない。
だが。
この場にいる誰もが知っている。
魔王アレン。
七歳にして北方魔族領の頂点へ立った存在。
そして今。
その魔力を真正面から浴びているヴァルガスは――。
(なんだ……これは……!)
身体が震えていた。
「どうしたの?」
アレンが尋ねる。
「魔王になるんでしょ?」
「だったら。」
「僕を倒さないと」
「……黙れ!」
ヴァルガスが叫ぶ。
「貴様のような!」
「人間に媚びる魔王など!」
巨大な剣を構える。
「我らには必要ない!!」
ドンッ!!
地面を蹴った。
巨体とは思えない速度。
「魔王様!」
ガルドが叫ぶ。
ヴァルガスの大剣が振り下ろされた。
「死ねぇぇぇぇ!!」
ズガァァァン!!
大地が砕ける。
砂煙が舞い上がった。
「……!」
反乱兵たちが息を呑む。
「やったか……?」
だが。
「……え?」
ヴァルガスの顔が引きつった。
大剣は――止まっていた。
アレンの頭上。
龍皇剣一本で受け止められている。
「重いね」
「なっ……!」
「ちゃんと鍛えてる」
アレンは片手だった。
「でも。」
龍皇剣を軽く振る。
「遅い」
ガァン!!
「ぐおっ!?」
大剣ごとヴァルガスの身体が弾き飛ばされた。
巨体が地面を転がる。
「ヴァルガス様!」
「動くな!」
反乱軍の兵士が加勢しようとする。
だがヴァルガスが止めた。
「これは……魔王の座を懸けた決闘だ!」
「誰も手を出すな!」
アレンは黙って龍皇剣を構える。
◇◇◇
「認めん……!」
ヴァルガスが立ち上がる。
「私は認めんぞ!」
魔力が爆発する。
身体がさらに巨大化していく。
皮膚には黒い紋様。
額から二本の角が伸びる。
「人間どもは我らを殺した!」
「村を焼いた!」
「同胞を討伐した!」
「奴らとの共存など不可能だ!」
アレンの表情が僅かに変わる。
「……そうだね」
「何?」
「人間に殺された魔族はいる」
アレンは龍皇剣を下げた。
「僕も知ってる」
「だったら!」
「でも。」
アレンは続ける。
「魔族に殺された人間もいる」
「……!」
「人間に家族を殺された魔族がいる」
「魔族に家族を殺された人間もいる」
「どっちも。」
「自分たちが被害者だと思ってる」
ヴァルガスが歯を食いしばる。
「ならば!」
「我らが勝てばいい!」
「人間を滅ぼせば終わる!」
「終わらないよ」
「何!?」
アレンは首を横へ振った。
「次は魔族同士で争うだけ」
「種族が同じだからって。」
「全員が仲良くできるわけじゃない」
アレンは周囲を見る。
今まさに。
同じ魔族同士が、二つに分かれて争っている。
「現に僕たち。」
「今、魔族同士で戦ってるでしょ?」
「……っ」
ヴァルガスは言葉を失った。
「だから。」
アレンは龍皇剣を構え直す。
「僕は人間を滅ぼさない」
「魔族も滅ぼさせない」
「両方守る」
「そんな綺麗事で王が務まるか!!」
ヴァルガスが再び突進した。
大剣へ膨大な魔力を集める。
「王とは!」
「敵を滅ぼし!」
「民へ勝利を与える者だ!!」
アレンは動かない。
「違うよ」
「何!?」
「王は――」
大剣が迫る。
その瞬間。
アレンの姿が消えた。
「な――」
次の瞬間には。
ヴァルガスの懐にいた。
「民を生かす奴だ」
ドンッ!!
「がっ――!?」
アレンの拳が腹部へ突き刺さった。
ヴァルガスの身体が浮く。
さらに。
バサァッ!!
アレンの翼が大きく広がった。
一気に上空へ。
「なっ!?」
ヴァルガスが顔を上げる。
空。
黒紫色の瘴気を纏ったアレンが龍皇剣を振り上げている。
「龍皇剣――」
ガルドの顔色が変わった。
「魔王様!?」
レイグも叫ぶ。
「お待ちを!」
アレンの魔力が龍皇剣へ流れ込む。
空が暗くなる。
雲が渦巻く。
「ちょ、魔王様!」
「それはやりすぎですぞ!!」
ガルドが本気で焦っている。
アレンが止まった。
「……そう?」
「反乱軍ごと消し飛びます!」
「……。」
アレンは周囲を見る。
数千人。
「それは駄目だね」
スッ。
瘴気が消えた。
「……。」
反乱軍。
魔王軍。
全員が沈黙した。
ヴァルガスまで固まっている。
「……今。」
「我々ごと消し飛ばそうと……?」
「違う」
アレンは地面へ降りる。
「ちょっと加減間違えただけ」
「それが怖いのです!」
ガルドの叫びが戦場へ響いた。
◇◇◇
「……ふざけるな」
ヴァルガスが震えながら立ち上がった。
「私は……。」
「私は!」
大剣を握り直す。
「貴様など認めん!!」
「……そっか」
アレンは龍皇剣を鞘へ収めた。
「何のつもりだ?」
「もういい」
「何?」
「十分分かったから」
アレンがゆっくり歩き出す。
「来るな!」
ヴァルガスが大剣を振る。
アレンは避ける。
二撃目。
避ける。
三撃目。
避ける。
「なぜ攻撃しない!」
「もう勝負ついてるから」
「舐めるな!!」
横薙ぎ。
アレンは片手を伸ばした。
ガシッ。
「……は?」
素手で。
大剣を掴んだ。
「な……!」
ヴァルガスが引く。
動かない。
「離せ!」
「嫌だ」
アレンが握る。
ミシッ。
「……え?」
バキィン!!
巨大な剣が――砕けた。
破片が地面へ落ちる。
ヴァルガスは呆然とした。
「……俺の剣が」
「終わり」
アレンはヴァルガスの胸へ手を当てた。
ドンッ!!
「ぐはっ!」
巨体が吹き飛ぶ。
地面へ叩きつけられた。
今度こそ。
ヴァルガスは立ち上がれなかった。
◇◇◇
アレンは倒れたヴァルガスの前へ立つ。
「……殺せ」
「嫌だ」
「……何?」
「裁判する」
「……。」
「今回の反乱で何をしたのか。」
「誰を殺したのか。」
「ちゃんと調べる」
アレンの瞳が冷たくなる。
「そのあと。」
「罪に応じて罰を与える」
「なぜ今、殺さない……」
「僕は処刑人じゃない」
アレンは周囲を見渡した。
まだ武器を持っている反乱兵たち。
「みんなにも言うよ」
魔力を乗せた声が戦場へ響く。
「僕は生きてる」
「魔王を辞めるつもりもない」
「でも。」
「今回、僕が死んだと思って反乱軍に加わった者は。」
「今ここで武器を置けば――罪には問わない」
沈黙。
やがて。
ガラン。
一人が剣を落とした。
「……魔王様」
跪く。
ガラン。
また一人。
「申し訳……ございませんでした」
次々と武器が落ちていく。
数百。
千。
そして――。
最後まで残っていた者たちの大半が武器を置いた。
「……」
アレンはその光景を見る。
「おかえり」
小さく言った。
「みんな」
兵士たちの中から、すすり泣く声が聞こえ始めた。
◇◇◇
夕方。
反乱軍の城塞には、再び魔王旗が掲げられた。
反乱は――事実上、終結した。
ガルドがアレンへ近づく。
「魔王様」
「なに?」
「一つよろしいでしょうか」
「うん」
「二度と。」
ガルドは真顔だった。
「三千人の前で龍皇剣の大技を使おうとなさらないでください」
「使ってないよ」
「使おうとはされました!」
「……。」
「魔王様?」
「分かった」
「本当に?」
「たぶん」
「魔王様!」
アレンは笑いながら歩き出す。
「帰ろ」
「魔王城へ」
「王女も待ってるし」
ガルドとレイグがその背中を追う。
反乱は終わった。
だが――。
魔王アレンが勇者ビーストとして人間王国に戻れば。
再び魔王は不在となる。
同じことを繰り返さないためには。
魔王と勇者。
二つの立場を両立させる、新しい仕組みが必要だった。
そしてアレンはまだ知らない。
今回の反乱をきっかけに――。
人間王国にも「魔王生存」の噂が流れ始めていたことを。




