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第51話 死んだはずの魔王

 翌朝。


 魔王城の正門前には、数百の魔族兵が整列していた。


 槍兵。


 剣兵。


 騎兵。


 そして空を飛ぶことのできる有翼の魔族たち。


 彼らの先頭にはガルドとレイグがいる。


「全軍、準備完了しております!」


「いつでも出発できます、魔王様」


「うん」


 アレンは正門前へ歩み出た。


 今日は勇者ビーストの姿ではない。


 白髪。


 漆黒の翼。


 鋭い爪を持つ鳥のような足。


 黒を基調とした魔王の衣装。


 そして手には――龍皇剣。


 完全な魔王アレンの姿だった。


「……」


 アレンは兵士たちを見渡す。


「今日の目的は、反乱軍を殺すことじゃない」


 兵士たちが静かに耳を傾ける。


「僕が生きていると伝える」


「それで武器を置くなら、罪は問わない」


 ガルドが僅かに目を見開いた。


「魔王様」


「反乱へ参加した者すべてを、でございますか?」


「うん」


「首謀者は別だけどね」


 アレンの瞳が鋭くなる。


「僕が死んだと思って。」


「魔族領を守るために立ち上がった奴まで処刑するつもりはない」


「……承知いたしました」


「ただし」


 アレンの声が低くなる。


「僕が生きてると分かったあとも。」


「民を傷つけるなら――」


 黒紫色の瘴気が足元から滲み出す。


「容赦しない」


 兵士たちが一斉に頭を下げた。


「「「御意!!」」」


 ◇◇◇


「アレン様!」


 後ろから声がした。


 王女だった。


「……王女?」


「私も参ります」


「駄目」


「なぜです?」


「戦場になるかもしれないから」


「昨日は連れていってくださると――」


「魔王城までって話」


「……」


 王女は頬を膨らませる。


「ずるいです」


「ずるくない」


「私は人間側の代表として――」


「駄目」


「アレン様」


「駄目です」


「……」


 アレンは腕を組む。


「今回は本当に危ない」


「話し合いで終わればいいけど。」


「向こうには人間との全面戦争を望んでる奴もいる」


「君がいると分かったら、狙われる可能性がある」


「ですが――」


「僕が守れる範囲にも限界がある」


 王女は黙った。


 アレンは少しだけ表情を緩める。


「だから待ってて」


「……分かりました」


「ちゃんと帰ってくるから」


 王女はアレンを見つめる。


「約束ですよ」


「うん」


「絶対です」


「分かったって」


 そのやり取りを後ろで見ていたガルドが、レイグへ小声で尋ねる。


「……本当に婚約者なのだな」


「昨日から何度確認している」


「いや、まだ信じられん」


「私もだ」


「聞こえてるよ」


「「申し訳ございません」」


 ◇◇◇


 魔王城を出発して数時間。


 アレンたちは北東部へ入った。


 反乱の影響は、想像以上だった。


 焼けた家。


 破壊された荷車。


 道端に捨てられた武器。


「……」


 アレンの表情が険しくなる。


「死者は?」


 レイグが答える。


「確認されているだけで百名を超えております」


「民間人も?」


「……はい」


 アレンの足が止まる。


「そう」


 それだけだった。


 だが。


 ガルドには分かった。


 アレンの周囲に漂う瘴気が、急激に濃くなっている。


「魔王様」


「大丈夫」


 アレンは再び歩き始めた。


「まだ。」


 ◇◇◇


 その頃。


 北東部の城塞。


 反乱軍三千五百が集結していた。


「人間どもを滅ぼせ!」


「魔王は死んだ!」


「我々が新たな時代を作る!」


 中央には、一人の大柄な魔族。


 反乱軍を率いる男――ヴァルガス。


 かつて魔王城に仕えながら、アレンの対人間政策へ強く反発していた将軍だった。


「聞け!」


 ヴァルガスが叫ぶ。


「魔王アレンは死んだ!」


「人間の勇者に敗れたのだ!」


「ならば、次の魔王が必要だ!」


 兵士たちが武器を掲げる。


「人間との和平など不要!」


「奴らを滅ぼし!」


「この大陸を魔族のものとする!」


「「「おおおおお!!」」」


 歓声。


 その時だった。


 城壁の上にいた兵士が叫ぶ。


「ヴァルガス様!」


「何だ!」


「軍勢です!」


「魔王城方面より、およそ五百!」


 ヴァルガスが笑う。


「ガルドか?」


「それともレイグか?」


「ちょうどいい!」


「蹴散らして――」


「い、いえ!」


 兵士の顔が青ざめる。


「先頭にいるのは……」


「誰だ?」


「それが……」


 兵士は震えていた。


「ま……。」


「魔王……アレン様です」


「…………は?」


 ◇◇◇


 反乱軍の前。


 アレンは一人、歩いていた。


 ガルドたちは数百メートル後方で待機している。


「魔王様!」


 ガルドが叫ぶ。


「せめて我々も!」


「ここで待ってて」


「しかし!」


「大丈夫」


 アレンは振り返らない。


「三千五百人でしょ?」


「……」


「話すだけだから」


 反乱軍がざわめき始める。


「誰だ……?」


「あの白髪……」


「嘘だろ……」


「あの翼……!」


「魔王様……?」


 アレンは反乱軍の正面で足を止めた。


 数千の視線が集中する。


「……久しぶり」


 静かな声。


 だが。


 魔力によって、その声は戦場全体へ響いた。


「北方魔族領領主。」


 漆黒の翼を大きく広げる。


 ブワッ――!!


 黒紫色の瘴気が空へ噴き上がった。


 圧倒的な魔力。


 偽物ではない。


 この魔力を。


 魔族たちは知っている。


「魔王アレンだ」


 ガラン。


 一人の兵士が武器を落とした。


「……生きてる」


 別の者も。


「魔王様が……」


「生きておられる……!」


 次々と武器が下がっていく。


「嘘だ!」


 ヴァルガスが叫んだ。


「騙されるな!」


「魔王アレンは勇者ビーストに殺された!」


 アレンはヴァルガスを見る。


「誰がそんなこと言ったの?」


「人間王国から情報が――」


「僕だよ」


「……何?」


「その情報を流した原因」


 アレンは自分を指差す。


「僕」


「…………」


 反乱軍が静まり返った。


「ちょっと事情があって。」


「今、人間の国では。」


 一瞬、言うべきか迷う。


 だが。


 ここでまた嘘をつけば、同じことになる。


「勇者やってる」


「…………」


 風だけが吹いた。


「……は?」


 ヴァルガスだけではない。


 三千五百人が同じ顔をしていた。


「魔王様が……」


「勇者?」


「どういうことだ?」


「意味が分からん……」


 アレンは頭を掻く。


「僕も説明すると長くなるんだけど」


「勇者ビーストは死んだ」


「僕が殺した」


 ざわめきが大きくなる。


「でも。」


「死ぬ直前に、勇者になってくれって頼まれた」


「だから今は。」


「魔王と勇者。」


「両方やってる」


「…………」


 誰も理解できていなかった。


「魔王様」


 反乱軍の一人が恐る恐る尋ねる。


「では……。」


「我々が反乱を起こした理由は……」


「僕が死んだと思ったから?」


「……はい」


「生きてるよ」


「……」


「ごめんね」


「…………」


 兵士はゆっくり武器を地面へ置いた。


 そして。


 片膝をつく。


「……我が王」


 その隣。


 また一人。


 武器を置く。


「魔王様……」


 さらに一人。


 また一人。


 ガラン。


 ガラン。


 ガラン――。


 武器が地面へ落ちる音が連鎖していく。


 数十。


 数百。


 そして千を超える魔族たちが。


 次々とアレンへ跪いていく。


「お帰りなさいませ……!」


「魔王様!」


「我らは……!」


「あなたが死んだと思って……!」


 アレンは彼らを見る。


「いいよ」


「え……?」


「僕が生きてるって知らなかった奴は。」


「武器を置けば、それでいい」


「罪には問わない」


 泣き出す者までいた。


 だが――。


「ふざけるな!!」


 ヴァルガスの怒声が響いた。


 まだ数百人。


 武器を置かない者たちがいる。


「貴様は魔王ではない!」


 アレンの瞳が細くなる。


「……ヴァルガス」


「人間と馴れ合い!」


「勇者を名乗り!」


「魔族の誇りを捨てた貴様に!」


 ヴァルガスが巨大な剣を抜く。


「魔王を名乗る資格などない!!」


 アレンは黙っていた。


「ならば!」


 ヴァルガスが剣を突きつける。


「ここで決めようではないか!」


「誰が――。」


「真の魔王に相応しいのかを!!」


 空気が凍る。


 ガルドが剣へ手を掛けた。


「貴様……!」


 しかし。


 アレンが片手を上げる。


「ガルド」


「……はっ」


「動かないで」


 アレンは一歩前へ出た。


「ヴァルガス」


「なんだ!」


「一つ聞くね」


「……?」


「この反乱で。」


 アレンの声が変わる。


「民間人を殺した?」


「……」


 ヴァルガスが笑った。


「戦争に犠牲は付き物だ」


「そう」


 アレンの顔から。


 完全に笑みが消えた。


「じゃあ。」


 龍皇剣へ手を伸ばす。


 シュン――。


 刃が鞘から抜かれる。


 黒紫色の瘴気が龍皇剣を覆う。


 大地が震え始めた。


「いいよ」


 アレンは剣先をヴァルガスへ向ける。


「魔王の座が欲しいなら。」


「僕から奪ってみて」


 十五歳の少年。


 小柄な身体。


 幼い顔。


 しかし。


 その場にいた全員が思い出した。


 なぜ――。


 この少年が七歳という幼さで魔王になったのか。


 ヴァルガスの額から汗が流れる。


「……っ」


 アレンの背後。


 黒紫色の瘴気が巨大な影となって立ち昇る。


「ただし。」


 蒼い瞳がヴァルガスを射抜く。


「僕は。」


「民を殺した奴には――。」


「少し厳しいよ」


 死んだはずの魔王は。


 今。


 反逆者の前へ立った。

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