第50話 魔王の帰還
魔王城の大広間。
そこには、アレンの帰還を聞きつけた多くの魔族たちが集まっていた。
兵士。
文官。
使用人。
そして、魔王城に仕える重臣たち。
その全員の視線が――玉座へ向けられている。
久しく空席となっていた玉座。
その前に、白髪の少年が立っていた。
「……久しぶり」
アレンはゆっくり振り返る。
漆黒の翼。
鳥のような鋭い足。
身体から漂う黒紫色の瘴気。
紛れもない。
彼らが仕えてきた――魔王アレン。
「魔王様……!」
「本当に……!」
「生きておられた!」
広間のあちこちから安堵の声が漏れる。
アレンは玉座を見上げた。
「……」
王国で勇者として過ごした時間は、それほど長くない。
それでも。
妙に懐かしく感じた。
階段を上り。
玉座へ腰を下ろす。
翼を軽く広げ、背もたれへ預ける。
「……やっぱり」
アレンが小さく呟いた。
「ここが一番落ち着く」
ノエルが微笑む。
「お帰りなさいませ、魔王様」
ガルドとレイグが片膝をついた。
「お帰りなさいませ!」
それに続き――。
広間にいる魔族たちが一斉に跪いた。
「「「お帰りなさいませ、魔王様!!」」」
巨大な声が響き渡る。
「うん」
アレンは微笑んだ。
「ただいま」
◇◇◇
その光景を。
王女は大広間の端から静かに見ていた。
「……」
王城にいた時とは、まるで違う。
勇者ビーストを演じていたアレンは、どこかぎこちなかった。
貴族に囲まれれば困り。
昔の話を振られれば誤魔化し。
人々から英雄と呼ばれるたび、複雑そうな顔をしていた。
だが今は違う。
(これが……。)
(本当のアレン様)
玉座に座る姿は自然だった。
十五歳。
しかも、外見だけならもっと幼く見える。
それなのに。
何十人もの魔族が、当然のように頭を下げている。
恐怖だけではない。
信頼。
尊敬。
そして――安心。
それが王女にも分かった。
◇◇◇
「さて」
アレンの表情が変わる。
「ガルド」
「はっ!」
「反乱の状況を」
ガルドが立ち上がる。
「現在、反乱勢力は北東部三地域を占拠」
「総数はおよそ三千五百まで増加しております」
「増えたね」
「申し訳ございません」
「ガルドのせいじゃないよ」
アレンは頬杖をつく。
「原因は僕だ」
「魔王様?」
「僕が死んだことにしたから」
広間が静まり返る。
「だから。」
アレンは玉座から立ち上がった。
「僕が片付ける」
レイグが尋ねる。
「討伐軍を編成いたしますか?」
「……いや」
「では?」
「まず話す」
ガルドが驚く。
「反乱軍と、でございますか?」
「うん」
「三千五百全員が僕を憎んで反乱したわけじゃない」
アレンは国境で出会った避難民を思い出す。
「僕が死んだと思って。」
「魔族領を守るために、新しい王が必要だと思って参加した奴もいる」
「人間との戦争が必要だって騙された奴もいると思う」
「だったら。」
アレンの瞳が鋭くなる。
「いきなり殺す必要はない」
王女は静かにその言葉を聞いていた。
やはり。
この少年は争いを好まない。
魔王でありながら。
誰よりも戦争を避けようとしている。
◇◇◇
「しかし、魔王様」
一人の重臣が立ち上がった。
「……」
アレンが視線を向ける。
「何?」
「此度の混乱は。」
男は一瞬ためらった。
「魔王様ご自身にも、責任があるのでは?」
ガルドが振り返る。
「貴様!」
「よい」
アレンが止める。
「続けて」
「……はっ」
重臣は頭を下げる。
「魔王様は何の説明もなく城を離れ。」
「人間の勇者が魔王様を討ったという噂を放置された」
「その結果が、この反乱です」
「うん」
アレンはあっさり頷いた。
「その通り」
重臣が驚く。
「だから僕が責任を取る」
「……」
「それだけ?」
「い、いえ……」
男は王女を見る。
「では。」
「なぜ――人間を魔王城へ入れられたのです?」
空気が変わった。
王女も表情を引き締める。
「それも。」
「ただの人間ではない」
「人間王国の王女」
「我ら魔族にとって、敵国の王族です」
数人の重臣が小さく頷く。
アレンは彼らを見回した。
以前から。
人間との共存政策に反対していた者たち。
アレンが魔王城を離れている間も、反乱軍には加わらず城へ残っていた。
だが。
王女を歓迎しているわけではない。
「魔王様」
別の重臣が口を開く。
「人間を信用なさるのですか?」
「うん」
即答だった。
「少なくとも彼女は信用してる」
「しかし!」
「それに」
アレンは続ける。
「彼女は僕の婚約者だ」
「…………」
また広間が静かになる。
ガルドが頭を抱えた。
「改めて聞いても、すごい話ですな……」
「そんなに?」
「魔王が人間の王女と婚約しておりますので」
「……確かに」
アレンも少し考えてしまった。
だが。
反対派の重臣たちは笑わない。
「我々は認められません」
「……」
「魔王様」
「人間は、我ら魔族を何度も討伐してきた」
「その王族との婚姻など――」
その瞬間。
アレンの表情から笑みが消えた。
「じゃあ」
静かな声。
「いつまで憎み合う?」
「……!」
「人間が魔族を殺した」
「魔族が人間を殺した」
「だからまた殺す」
「その次は?」
アレンは玉座の階段を一段下りる。
「また復讐?」
「それを何百年続けるつもり?」
「……」
誰も答えられない。
「僕は嫌だよ」
アレンは王女を見る。
「だから。」
「変える」
「人間と魔族が。」
「少なくとも、理由もなく殺し合わなくていい世界にする」
王女の瞳が僅かに揺れた。
「それが。」
アレンは重臣たちへ向き直る。
「魔王としての僕の方針だ」
静寂。
やがて――。
「……承知いたしました」
一人。
また一人。
重臣たちが頭を下げる。
だが。
全員ではない。
大広間の後方。
以前からアレンの政策に反対していた数人の魔族たちは、黙ったままだった。
「……」
アレンは彼らを見る。
何も言わない。
ただ――。
冷たい視線を向けた。
「……っ!」
反対派の背筋が一斉に伸びた。
姿勢を正し。
視線を前へ向ける。
王女が小声でノエルへ尋ねた。
「……何かされたのですか?」
「いいえ」
ノエルは微笑む。
「魔王様が睨まれただけです」
「睨んだだけ……?」
「はい」
王女は改めてアレンを見る。
(やっぱり魔王なんだ……。)
少しだけ納得した。
◇◇◇
会議が終わった後。
アレンは玉座から立ち上がる。
「ガルド」
「はっ」
「明日の朝、出るよ」
「反乱軍の本拠地へ?」
「うん」
「軍は?」
「連れていく」
アレンは少し考える。
「でも。」
「戦うためじゃない」
「僕が生きてるって見せれば。」
「大半は武器を置くと思う」
「もし置かなければ?」
ガルドの問いに。
アレンは一瞬だけ黙った。
そして――。
「その時は。」
黒紫色の瘴気が、足元からゆっくりと立ち昇る。
「魔王として。」
「僕が止める」
その言葉に。
大広間に残っていた者たちは、一斉に頭を下げた。
死んだはずの魔王は帰ってきた。
そして翌日。
北方魔族領を揺るがす反乱軍の前へ――。
魔王アレン本人が姿を現す。




