↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/100

第48話 魔王の死が生んだ反乱

 北方国境。


 アレンは再び《幻影の首飾り》を身につけていた。


 白髪も。


 漆黒の翼も。


 鳥のような足も消えている。


 そこに立っているのは――勇者ビースト。


「……行って。」


 アレンが静かに告げる。


 魔族たちは深く頭を下げた。


「魔王様。」


「必ず……お戻りください。」


「うん。」


「魔王城には帰る。」


 アレンは小さく笑った。


「僕の家だから。」


 その言葉を聞き、魔族たちは安心したように頷いた。


 怪我人。


 老人。


 子供。


 彼らを守りながら、一行は北方の森へ消えていく。


 アレンは最後の一人が見えなくなるまで、その背中を見送っていた。


「……。」


 拳を握る。


(僕が死んだことになったから。)


(反乱が起きた。)


 勇者になるためについた嘘。


 その代償が、自分の民へ向かっていた。


 ◇◇◇


「勇者様!」


 森から戻ってきたアレンへ、騎士隊長が駆け寄る。


「魔族たちは!?」


「帰りました。」


「……帰った?」


「はい。」


「話し合いで解決しました。」


 騎士たちは顔を見合わせる。


「しかし、武装した魔族です。」


「追撃すべきでは?」


「必要ありません。」


 アレンは即答した。


「彼らは侵略者ではありませんでした。」


「では、なぜ国境へ?」


「……避難民です。」


「避難民?」


「魔族領内部で争いが起きているようです。」


 騎士たちがざわめく。


「内乱か?」


「魔王を失った影響だろう。」


「ならば今こそ攻め込めば――」


「駄目です。」


 低い声だった。


 騎士が言葉を止める。


 アレンは真っ直ぐ騎士たちを見る。


「民間人が巻き込まれている。」


「今攻め込めば、さらに犠牲者が増えます。」


「ですが――」


「僕は。」


 アレンの瞳が一瞬だけ鋭くなる。


「それを望みません。」


「……。」


 誰も反論できなかった。


 魔王を倒したと信じられている勇者本人の言葉。


 その重みは大きかった。


「王都へ戻りましょう。」


「陛下へ報告します。」


 ◇◇◇


 その日の夕方。


 王城。


「魔族領で反乱だと?」


 国王の声が謁見の間へ響く。


「はい。」


 アレンは片膝をついていた。


「国境へ現れた者たちは、戦闘を目的としておりませんでした。」


「内乱から逃れてきた避難民と思われます。」


 宰相が眉をひそめる。


「しかし、勇者殿。」


「魔王亡き今こそ、北方魔族領を制圧する好機では?」


「……。」


 アレンはゆっくり顔を上げた。


(亡き今、か。)


 目の前にいる。


 その魔王本人が。


「反対です。」


 広間がざわついた。


「なぜだ?」


 国王が尋ねる。


「魔王を失った魔族領は、現在混乱しているのであろう?」


「だからです。」


 アレンは答える。


「戦える者だけが暮らしているわけではありません。」


「子供も。」


「老人も。」


「普通に暮らしている者たちもいる。」


 宰相が口を開く。


「相手は魔族ですぞ。」


「だから何です?」


「……!」


 アレンの言葉に空気が変わる。


「魔族なら。」


「子供まで殺していいんですか?」


「それは……。」


「人間と同じです。」


 アレンは続ける。


「家族がいて。」


「家があって。」


「腹が減れば食べる。」


「眠くなれば眠る。」


「怖ければ逃げる。」


「僕は、それを見ました。」


 誰も言葉を発しない。


 王女だけが静かにアレンを見つめていた。


 彼の言葉が。


 勇者として見聞きしたものではないことを知っている。


 八年間。


 魔族たちと共に暮らしてきた――魔王自身の言葉だった。


 国王はしばらく考えた。


「……分かった。」


「陛下!」


「今は軍を動かさぬ。」


 宰相が驚く。


「しかし――」


「勇者ビーストは、実際に魔族領を見てきた。」


「その者が不要と言うのであれば、今は様子を見る。」


 アレンは深く頭を下げた。


「ありがとうございます。」


 ◇◇◇


 深夜。


 自室へ戻ったアレンは扉を閉めた。


 そして――。


「ノエル。」


 影が揺れる。


 ブワッ――!


 黒紫色の瘴気が溢れ、ノエルが姿を現した。


「お呼びでしょうか、魔王様。」


「状況を教えて。」


 いつもの甘えた声ではない。


 魔王としての声だった。


 ノエルの表情も変わる。


「反乱勢力は北東部を中心に拡大しております。」


「数は?」


「現時点で、およそ三千。」


「……三千。」


「はい。」


「ガルド様とレイグ様が進軍を抑えておりますが、問題がございます。」


「何?」


 ノエルは一瞬迷う。


「反乱勢力は。」


「魔王様に反対していた者たちだけではございません。」


 アレンの眉が動く。


「どういうこと?」


「魔王様がお亡くなりになったと信じ。」


「次の魔王を決めようとしている者たちが合流しております。」


「……。」


「彼らの主張は一つ。」


 ノエルが静かに告げる。


「――人間との全面戦争です。」


 アレンの表情から幼さが消えた。


「人間を滅ぼし。」


「北方から南へ進軍するべきだと。」


「……馬鹿な。」


 アレンは拳を握る。


「そんなことしたら。」


「何万人死ぬと思ってる。」


「はい。」


「さらに。」


 ノエルが続ける。


「彼らは魔王様の政策を『人間への弱腰』と批判しております。」


「……。」


 アレンは目を閉じた。


 思い当たる者たちはいる。


 以前から。


 人間との共存を嫌い。


 アレンの方針へ反対していた勢力。


 魔王城にもいた。


 アレンが冷たい視線を向けるだけで黙っていた者たち。


 しかし――。


「僕がいなくなった瞬間。」


「好き勝手始めたってことか。」


「そのようです。」


 アレンが立ち上がる。


「ノエル。」


「はい。」


「明日。」


「魔王城へ帰る。」


 ノエルが目を見開いた。


「しかし、王国側は?」


「勇者として理由を作る。」


「魔族領の反乱を調査するって言えばいい。」


 アレンは《幻影の首飾り》を外した。


 シュゥゥゥ――。


 勇者ビーストの姿が消える。


 白髪。


 漆黒の翼。


 鳥のような足。


 そして。


 黒紫色の瘴気が部屋を満たしていく。


「僕が始めた嘘だ。」


「だったら。」


「僕が終わらせる。」


 ノエルが片膝をつく。


「御意。」


 その時。


 コンコン。


「……。」


 アレンとノエルが扉を見る。


「アレン様。」


 王女の声だった。


「入っていいよ。」


 扉が開く。


 王女は魔王姿のアレンを見ても、もう驚かなかった。


「やはり。」


「魔王城へ戻られるのですね。」


「聞いてた?」


「少しだけ。」


「……そっか。」


 王女はアレンへ近づく。


「私も連れて行ってください。」


「…………え?」


 アレンが固まった。


「魔王城へ。」


「いやいやいや。」


「約束してくださいましたよね?」


「いつかって言った。」


「その『いつか』が明日です。」


「違うよ!」


 王女は真剣だった。


「人間と魔族の戦争になる可能性があるのでしょう?」


「だから危ないんだよ。」


「だからこそです。」


 王女はアレンを真っ直ぐ見る。


「私は、この国の王女です。」


「そしてあなたは――魔族を治める魔王。」


「……。」


「もし本当に、人間と魔族が共に生きる道を望むのであれば。」


「私も、自分の目で魔族の国を見なければならないと思います。」


 アレンは頭を抱えた。


「王様が許すわけない……。」


「説得します。」


「危ないよ。」


「アレン様が守ってください。」


「簡単に言うなぁ……。」


 ノエルは二人を見ながら、小さく笑っていた。


 アレンは長い長いため息をつく。


「……分かった。」


「本当ですか?」


「ただし。」


 アレンの瞳が真剣になる。


「絶対に僕から離れないこと。」


「勝手に行動しないこと。」


「危険だと思ったら、すぐ逃げること。」


 王女は微笑む。


「はい。」


「約束します。」


 こうして。


 人間の王女が――。


 ついに魔王の国へ足を踏み入れることになった。


 そしてそこで彼女は知る。


 人間たちが恐れてきた『魔王』が。


 魔族たちから、どのような存在として見られていたのかを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。