第47話 北方から来た魔族の集団
翌朝。
王城の正門前には、数十人の騎士たちが集まっていた。
目的は――北方国境。
そこで確認された、謎の魔族たちの調査だった。
「勇者様!」
「準備が整いました!」
騎士隊長が頭を下げる。
「……分かりました。」
アレンは勇者ビーストの姿で馬へ乗る。
その表情は、いつもより険しい。
(魔族の一団……。)
(誰だ?)
北方魔族領はアレンの領地。
魔族たちが勝手に人間領へ侵入することは、原則として禁じている。
それは魔王アレン自身が定めた掟だった。
「ビースト様。」
後ろから声がした。
王女だった。
「王女殿下。」
「お気をつけて。」
「はい。」
王女は周囲を確認し、少しだけアレンへ近づいた。
そして小声で。
「……アレン様。」
「!」
「魔族の方々を、できる限り傷つけないでください。」
アレンは一瞬驚いた。
だが、すぐに微笑む。
「もちろん。」
「僕の民だから。」
王女も小さく頷いた。
◇◇◇
数時間後。
一行は北方国境へ到着した。
森を抜ければ、その先は魔族領。
空気も徐々に冷たくなっている。
「勇者様!」
国境を守る兵士が駆け寄ってきた。
「魔族たちは?」
「森の近くです!」
「数はおよそ二十!」
「武装しております!」
騎士たちが剣へ手を掛ける。
「やはり魔王軍の残党か。」
「魔王を失って暴走しているのだろう。」
「討伐するべきだ。」
アレンの眉がわずかに動く。
(魔王、ここにいるんだけど。)
「待ってください。」
騎士たちが振り返る。
「勇者様?」
「まだ攻撃されたわけではないのでしょう?」
「それは……。」
兵士が答える。
「今のところは。」
「なら。」
アレンは森を見る。
「まず話をします。」
「しかし危険です!」
「僕が行きます。」
「勇者様お一人で!?」
「その方がいい。」
アレンは馬から降りた。
「誰も付いてこないでください。」
有無を言わせぬ声だった。
「……承知しました。」
アレンは一人、森へ入っていった。
◇◇◇
しばらく歩く。
そして。
「……いた。」
木々の向こう。
二十人ほどの魔族がいた。
剣や槍を持っている。
だが――。
戦うための陣形ではない。
何かを守るように固まっていた。
アレンはさらに近づく。
「止まれ!」
一人の魔族が剣を構えた。
「人間!」
「それ以上近づくな!」
アレンは足を止める。
「……。」
魔族たちは当然、今のアレンを知らない。
目の前にいるのは、魔王ではなく勇者ビーストだからだ。
「お前……。」
一人が目を見開く。
「勇者……!」
空気が変わった。
「勇者だ!」
「魔王様を殺した奴だ!」
「構えろ!」
一斉に武器が向けられる。
アレンは困ったように頭を掻いた。
「……やっぱりそうなるよね。」
「何を言っている!」
「魔王様の仇!」
一人の魔族が剣を振り上げる。
「待って。」
アレンは胸元へ手を伸ばした。
《幻影の首飾り》。
「ここなら、人間から見えないよね。」
首飾りを外す。
シュゥゥゥ――。
「なっ……!?」
魔族たちの目の前で。
勇者ビーストの姿が崩れていく。
白髪。
漆黒の翼。
鋭い爪を持つ鳥のような足。
そして――。
ブワッ!!
黒紫色の瘴気が周囲へ広がった。
魔族たちの顔色が変わる。
「こ、この魔力……。」
「まさか……。」
アレンは翼を軽く広げた。
「久しぶり。」
「……。」
一人の魔族が武器を落とした。
ガラン。
「ま……。」
震える声。
「魔王……様?」
「うん。」
次の瞬間。
全員が一斉に跪いた。
「魔王様!!」
「ご無事だったのですか!!」
「魔王様ぁ!!」
何人かは涙まで流している。
アレンは驚いた。
「ちょ、ちょっと。」
「泣かなくても。」
「ですが!」
「人間どもは魔王様を討ち取ったと!」
「ああ……。」
アレンは苦笑する。
「それ、僕がそう思わせてる。」
「……は?」
全員が固まった。
◇◇◇
「つまり。」
アレンは簡単に事情を説明した。
「勇者ビーストは死んだ。」
「僕との戦いで。」
「でも、最後に勇者になってくれって頼まれた。」
「だから今、人間の国では兄さんの姿を借りて勇者をやってる。」
「……。」
魔族たちは誰も言葉を発しない。
「……魔王様。」
「なに?」
「もう一度お願いします。」
「だから僕が勇者を――」
「理解が追いつきません。」
「僕も最初はそうだった。」
魔族の一人が頭を抱えた。
「魔王様が……勇者……。」
「うん。」
「魔王なのに?」
「うん。」
「……。」
「変?」
「かなり。」
「やっぱり。」
◇◇◇
アレンは表情を戻す。
「それより。」
「どうして人間領へ来たの?」
魔族たちの顔から笑みが消えた。
「……魔王様。」
一人が立ち上がる。
「実は。」
魔族たちが左右へ分かれる。
その奥。
アレンの表情が変わった。
「……え?」
そこには。
何人もの魔族の子供たちがいた。
さらに。
怪我をした者。
老人。
母親に抱かれた幼い子供。
戦士だけではない。
「何があった?」
アレンの声が低くなる。
「魔王様が魔王城を離れられた後。」
一人の魔族が拳を握る。
「北方の一部地域で――。」
「反乱が起きました。」
「……反乱?」
アレンの瞳が鋭くなる。
「誰が。」
「魔王様へ反対していた者たちです。」
アレンは黙った。
自分が勇者として王国へ来たことで。
魔王領に空白が生まれた。
そして。
その隙を狙った者がいる。
「ガルドとレイグは?」
「現在、鎮圧に動いております。」
「ノエル様も魔王城とこちらを行き来しております。」
「ですが反乱軍は――。」
魔族は言葉を詰まらせる。
「魔王様は勇者に殺されたと。」
「そう触れ回り、勢力を増やしています。」
「……。」
アレンは目を閉じた。
自分が作った偽り。
魔王は死んだ。
その嘘が。
今度は、自分の国を混乱させていた。
「……僕のせいだ。」
「魔王様?」
「僕が勇者になったから。」
アレンは子供たちを見る。
怯えている。
故郷から逃げてきたのだろう。
アレンは静かに翼を畳んだ。
「分かった。」
そして。
魔族たちへ命じる。
「全員、魔族領へ戻って。」
「ですが!」
「人間側には僕から説明する。」
「ここにいたら、いつ戦闘になるか分からない。」
魔族たちは頭を下げる。
「御意。」
アレンは《幻影の首飾り》を手に取る。
だが。
その手が止まった。
「……。」
勇者として王国へ戻るか。
魔王として魔王城へ戻るか。
二つの立場。
二つの国。
どちらも放ってはおけない。
アレンは静かに呟いた。
「……兄さん。」
「勇者って。」
「思ってたより大変だよ。」
そして再び首飾りを身につける。
白い光が身体を包み。
魔王は――勇者へ戻った。
だが、その瞳には。
魔王としての強い意志が宿っていた。
自分の国で起きた反乱。
自分を信じる民。
そして、人間との平和。
そのすべてを守るため――。
アレンは一つの決断を迫られる。




