第46話 2人だけの秘密
王女がアレンの正体を知ってから、三日が経った。
王城では、これまでと何も変わっていない。
「勇者ビースト様!」
「おはようございます!」
「おはようございます。」
廊下を歩くアレンへ、騎士や使用人たちが頭を下げる。
その姿は《幻影の首飾り》によって作られた勇者ビースト。
誰も疑っていない。
この王城に――。
本物の勇者を殺した魔王がいることなど。
アレンは小さくため息をついた。
(結局、まだ勇者なんだよな……。)
王女には正体を明かした。
だが、国王や王妃。
貴族や騎士。
そして国民たちは何も知らない。
今のところ、真実を知っている人間は勇者一行の生き残った三人と王女だけだった。
◇◇◇
昼過ぎ。
アレンは王女の私室へ呼ばれていた。
「失礼します。」
「どうぞ。」
部屋へ入る。
王女しかいないことを確認すると、アレンは扉を閉めた。
「……。」
「……?」
王女が首を傾げる。
「どうされたのです?」
「いや。」
アレンは少し迷ったあと、胸元へ手を伸ばした。
「君の前では、この姿でいるって約束したから。」
《幻影の首飾り》を外す。
シュゥゥゥ――。
淡い光が身体を包む。
勇者ビーストの姿が崩れ――。
白髪。
幼さの残る顔。
漆黒の翼。
鳥のような鋭い爪を持つ足。
本来の魔王アレンへ戻った。
「……これでいい?」
「はい。」
王女は微笑んだ。
「やはり、こちらの方が落ち着きます。」
「君が?」
「はい。」
「僕はどっちでも僕なんだけど。」
「ですが勇者様のお姿ですと……。」
王女は少し寂しそうな顔をする。
「どうしても、ビースト様を思い出してしまいます。」
「……そっか。」
アレンはそれ以上何も言わなかった。
◇◇◇
二人は向かい合って紅茶を飲む。
王女は何度かアレンをちらちらと見ていた。
「……何?」
「いえ。」
「さっきから見てるけど。」
「少し気になりまして。」
「何が?」
王女の視線が――アレンの翼へ向く。
「その翼です。」
「これ?」
アレンが片方を広げる。
バサッ。
大きな漆黒の翼。
王女は思わず身を乗り出した。
「触っても?」
「……別にいいけど。」
王女が恐る恐る手を伸ばす。
指先が黒い羽へ触れる。
「……柔らかい。」
「普通の羽だからね。」
「もっと硬いものかと思っていました。」
「飛べるよ。」
「え?」
「この翼で。」
王女が目を輝かせる。
「本当に?」
「うん。」
「今度――」
「駄目。」
「まだ何も言っておりません。」
「飛んでみたいって顔してる。」
「……。」
図星だった。
「王城の上を魔王が飛んでたら大騒ぎになるよ。」
「確かに……。」
王女は残念そうに翼から手を離した。
アレンは少し笑った。
「魔王城なら飛べるけど。」
「……魔王城。」
王女の表情が変わる。
そして。
「アレン様。」
「ん?」
「いつか……。」
少し迷ってから尋ねた。
「連れて行っていただけますか?」
アレンは王女を見る。
「魔王城に?」
「はい。」
「怖くないの?」
「少しは。」
「魔族だらけだよ。」
「それは……かなり怖いです。」
「じゃあ、なんで。」
王女は静かに答える。
「あなたが八年間暮らしてきた場所を、見てみたいのです。」
「……。」
アレンは一瞬、言葉を失った。
そして小さく笑う。
「分かった。」
「いつか連れていく。」
◇◇◇
しばらくして。
王女が真剣な表情になった。
「アレン様。」
「なに?」
「これから……どうされるのです?」
「どうするって?」
「いつまでも、ビースト様として生きるのですか?」
アレンの表情が止まる。
「……。」
それは、アレン自身も考えていた。
勇者になる。
ビーストとの約束。
しかし――。
勇者になることと。
ビーストそのものになることは違う。
「分からない。」
正直に答えた。
「兄さんは『俺の代わりに勇者になってくれ』って言った。」
「だから勇者になった。」
「でも。」
机に置いた《幻影の首飾り》を見る。
「ずっと兄さんの顔で生きろとは、言われてない。」
「……はい。」
「いつか。」
アレンは自分の胸へ手を当てる。
「魔王アレンとして。」
「勇者になれたらいいなとは思ってる。」
王女は驚いた。
「魔王でありながら、勇者?」
「変かな。」
「……かなり。」
「だよね。」
二人は思わず笑った。
「でも。」
アレンは続ける。
「魔王だから守れる魔族がいる。」
「勇者だから守れる人間もいる。」
「だったら、両方やればいい。」
王女はしばらくアレンを見つめていた。
「アレン様らしいですね。」
「そう?」
「はい。」
◇◇◇
その日の夕方。
王女の部屋を出る前。
アレンは《幻影の首飾り》を身につける。
勇者ビーストの姿へ戻った。
「じゃあ、また明日。」
「はい。」
アレンが扉へ手を掛ける。
「アレン様。」
「ん?」
「お待ちください。」
王女が近づく。
そして、アレンの服の襟を軽く整えた。
「曲がっています。」
「……ありがとう。」
「ノエル様に、いつもやっていただいているのでしょう?」
「うん。」
「やはり。」
「何、その顔。」
「いいえ。」
王女は笑っている。
「十五歳なのですよね?」
「そうだけど。」
「ご自分で身支度くらい――」
「できる。」
「では、なぜ?」
「面倒だから。」
「……。」
王女は初めてノエルの苦労が少し分かった気がした。
「魔王というのも、大変なのですね。」
「僕じゃなくてノエルが?」
「はい。」
「ひどいな。」
二人は笑った。
その時。
廊下から足音が聞こえてきた。
「王女殿下。」
「!」
王女が振り返る。
扉の向こうから聞こえたのは――国王直属の騎士の声だった。
「陛下がお呼びでございます。」
「勇者ビースト様にも、ご同席いただきたいとのことです。」
アレンと王女が顔を見合わせる。
「僕も?」
「何かあったのでしょうか……。」
◇◇◇
数分後。
謁見の間。
国王の前には、一人の騎士が跪いていた。
「報告いたします!」
「北方国境付近にて――。」
アレンの表情が変わる。
「魔族の一団が確認されました!」
広間がざわめいた。
「なんだと!?」
「魔王は討たれたはずでは!」
「残党か!?」
貴族たちが騒ぎ始める。
アレンは黙っていた。
(……魔族?)
国王がアレンを見る。
「勇者ビースト。」
「はい。」
「そなたに調査を命じたい。」
「必要とあらば――討伐せよ。」
「……。」
アレンは拳を握る。
隣にいる王女だけが、その変化に気付いた。
人間たちは知らない。
目の前の勇者こそ――。
その魔族たちの王であることを。
アレンは静かに答えた。
「……承知しました。」
勇者として。
魔王として。
二つの立場が――再び交わろうとしていた。




