↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/100

第45話 王女の答え

 翌朝。


 アレンはほとんど眠れなかった。


「……。」


 ベッドの上。


 白髪のまま、天井を見つめている。


 漆黒の翼も出したままだ。


 いつもなら朝になれば《幻影の首飾り》を身につけ、勇者ビーストの姿になる。


 だが今日は――。


「……行きたくない。」


 アレンは布団を頭まで被った。


 ノエルがその横に立っている。


「魔王様。」


「休む。」


「本日は国王陛下との朝食がございます。」


「体調不良って言って。」


「勇者様が体調不良ですか?」


「勇者だって風邪くらい引く。」


「魔王様は風邪を引かれませんが。」


「……。」


 アレンは布団から顔だけ出した。


「ノエル。」


「はい。」


「王女、絶対怒ってるよね。」


「少なくとも、混乱はされているかと。」


「だよね……。」


 勇者ビーストを殺した。


 その姿を借りた。


 そして婚約までした。


 アレン自身、許してもらえるとは思っていなかった。


「……婚約解消かな。」


 小さく呟く。


 胸の奥が、少しだけ痛んだ。


 ◇◇◇


 一方。


 王女もまた、一睡もできずにいた。


 机の上には一枚の紙。


 以前、ビーストへの違和感を書き出したものだった。


 ――昔のことを覚えていない。


 ――性格が違う。


 ――魔族に詳しい。


 ――魔王を悪く言わない。


 ――夜になると「魔王様」と呼ばれている。


 今なら、その理由がすべて分かる。


「アレン様……。」


 王女は昨夜の言葉を思い出す。


『勇者ビーストは、俺が殺してしまった。』


 悲しかった。


 涙も流した。


 本物のビーストは、もう帰ってこない。


 だが――。


 もう一つ。


 どうしても考えてしまうことがあった。


(私が最近、一緒に過ごしていたのは……。)


 ビーストではない。


 アレンだった。


 庭園で話した相手も。


 魔族との平和を願った相手も。


 褒美を何も求めなかった相手も。


 料理を山盛りにしていた相手も。


 全部――アレン。


 王女はゆっくり立ち上がった。


「……会わなければ。」


 ◇◇◇


 昼前。


 コンコン。


 アレンの部屋に音が響く。


「……。」


 アレンはベッドの上で固まった。


「誰?」


「私です。」


「……!」


 王女だった。


 アレンは勢いよく起き上がる。


「ちょ、ちょっと待って!」


 自分を見る。


 魔王姿。


 寝間着。


 髪もぼさぼさ。


「ノエル!」


「はい。」


「首飾り!」


「なぜでございます?」


「王女が――」


 アレンの動きが止まる。


「……あ。」


 もう知っている。


「そうだった……。」


 ノエルは少し笑った。


「もう王女殿下の前では、隠される必要はございません。」


「……なんか変な感じ。」


 アレンは翼を畳む。


「どうぞ。」


 扉が開く。


 王女が入ってきた。


 そして――。


「……。」


 改めてアレンを見る。


 昨夜は混乱していて、まともに見る余裕がなかった。


 雪のような白髪。


 幼さの残る顔。


 背中には大きな漆黒の翼。


 鳥のような足。


 本当に。


 ビーストとは似ても似つかない。


「……おはようございます。」


 アレンが気まずそうに言った。


「もう昼前です。」


「……おはよう。」


 王女は思わず小さく笑った。


 アレンが目を丸くする。


「……笑うんだ。」


「笑ってはいけませんか?」


「いや。」


 少し安心した。


 ◇◇◇


 二人は向かい合って座った。


 ノエルは気を利かせ、アレンの影へ戻っている。


「……。」


「……。」


 気まずい。


 アレンは自分の翼を触る。


 王女はその様子を見ていた。


「アレン様。」


「はい。」


「昨日のことを、一晩中考えていました。」


「……うん。」


「私は、ビースト様の死をすぐに受け入れることはできません。」


 アレンは俯く。


「当然だと思う。」


「あなたを許せるのかも……まだ分かりません。」


「うん。」


「でも。」


 王女はアレンを見る。


「あなたを憎むことも、できませんでした。」


 アレンが顔を上げる。


「……どうして?」


「ビースト様は、あなたと戦う覚悟をして魔王領へ向かわれたのでしょう?」


「ああ。」


「そしてあなたも、魔王として自分の民を守った。」


「……。」


「戦いの結果だった。」


 王女は少し悲しそうに微笑む。


「そう考えなければ……私はきっと、誰かを憎み続けてしまいます。」


 アレンは何も言えなかった。


 ◇◇◇


「それから。」


 王女が続ける。


「婚約についてです。」


 アレンの翼がピクッと動いた。


「……はい。」


「解消する?」


 自分から尋ねた。


「それなら、王様には僕から――」


「まだ何も言っていません。」


「え?」


「私も決めていませんから。」


 王女は真っ直ぐアレンを見る。


「一つ、確認したいのです。」


「何?」


「私と婚約したのは。」


「ビースト様の代わりだからですか?」


「……。」


 アレンは少し考える。


「最初は。」


 正直に答えた。


「王様に言われて。」


「断ったら兄さんと違うって思われるかもしれないし。」


「それに、兄さんの人生を引き継ぐなら……って。」


「ですが?」


 アレンは王女から目を逸らした。


「途中からは……違う。」


「君と話すのは楽しかった。」


「会うのも嫌じゃなかった。」


「むしろ……。」


 言葉が止まる。


「むしろ?」


「……会いたかった。」


 王女の目が少し大きくなる。


 アレンの白い頬がわずかに赤くなった。


「だから。」


「それは兄さんじゃない。」


「僕自身の気持ち。」


 王女はしばらく黙っていた。


 やがて、小さく笑う。


「それなら。」


「婚約については、もう少し考えさせてください。」


「……うん。」


「すぐに解消するつもりもありません。」


「え?」


 アレンが驚く。


「いいの?」


「まだ決めていないと言ったでしょう?」


「……そっか。」


 アレンの翼が少しだけ嬉しそうに動いた。


 王女はそれを見逃さなかった。


「アレン様。」


「ん?」


「翼。」


「え?」


「感情が出るのですね。」


「……!」


 アレンは慌てて翼を畳んだ。


「見ないで。」


「ふふっ。」


「笑わないでよ。」


 昨日までなら存在しなかった会話。


 勇者ビーストと王女ではない。


 魔王アレンと王女としての、初めての会話だった。


 ◇◇◇


 王女が立ち上がる。


「それでは、また。」


「うん。」


 扉へ向かい――。


 途中で振り返った。


「アレン様。」


「何?」


「一つお願いがあります。」


「うん。」


「私の前では。」


 王女は机に置かれた《幻影の首飾り》を見る。


「できる限り、その姿でいていただけませんか?」


 アレンは驚いた。


「この姿?」


「はい。」


「なぜ?」


「私はもう。」


 王女は微笑む。


「勇者ビースト様ではなく――アレン様とお話ししたいので。」


「……。」


 アレンはしばらく固まっていた。


 やがて。


「……分かった。」


 小さく笑う。


「君の前では、魔王でいるよ。」


 王女は頭を下げ、部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


 数秒後。


 ブワッ――。


 影からノエルが現れる。


「魔王様。」


「……聞いてた?」


「もちろんでございます。」


「……。」


「お顔が赤いですよ。」


「うるさい。」


「翼も嬉しそうでございました。」


「ノエル。」


「はい?」


「影に戻って。」


「ふふっ。承知いたしました。」


「笑うな!」


 部屋にノエルの笑い声が響いた。


 勇者の正体は暴かれた。


 だが。


 それは二人の関係の終わりではなかった。


 むしろ――。


 王女と「魔王アレン」の関係は、ここから始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。