↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/100

第43話 勇者様がいない

 深夜。


 王城は静まり返っていた。


 廊下を照らす燭台の炎だけが、ゆらゆらと揺れている。


 アレンの部屋から一度離れた王女は――まだ自室へ戻っていなかった。


「……。」


 どうしても気になる。


 先ほど聞こえた声。


 ビーストとは明らかに違う、幼い声だった。


 そして、女性の声も聞こえた。


(誰かがいる。)


 それだけは間違いない。


 王女は再び、アレンの部屋へ向かった。


 ◇◇◇


 一方。


 アレンは完全に油断していた。


「……もう来ないよね。」


「おそらくは。」


 ノエルが答える。


「じゃあ、今日はこのままでいいや。」


 《幻影の首飾り》は机の上。


 アレンは本来の姿のままベッドへ座っていた。


 白髪。


 蒼い瞳。


 背中には漆黒の翼。


 足は人間のものではなく、鷹のような鋭い爪を持っている。


 ベッドの横には魔王の杖。


 壁際には龍皇剣。


 どう見ても――勇者の部屋ではない。


「魔王様、翼を。」


「ん。」


 ノエルがアレンの翼を軽く拭いていく。


「少々、埃が付いております。」


「今日、訓練場にいたからかな。」


「人間の騎士と戦われたので?」


「うん。」


「かなり手加減した。」


「どの程度でしょう?」


「本気の……千分の一くらい?」


「それは手加減しすぎでは?」


「だって壊れちゃうし。」


 ノエルは苦笑した。


「それより。」


 アレンがベッドへ倒れ込む。


「王女、絶対に疑ってるよね。」


「はい。」


「やっぱり?」


「かなり。」


「……。」


 アレンは枕へ顔を埋める。


「どうしよう。」


「お話しになられてはいかがです?」


「……怖い。」


「王女殿下が?」


「違う。」


 アレンは顔を上げる。


「僕が兄さんを殺したって言うのが。」


 ノエルは黙った。


「魔王なのは……まだいいんだ。」


「元は人間だし。」


「でも。」


「勇者ビーストを殺したのは、紛れもなく僕だから。」


 アレンは自分の手を見る。


 あの日。


 龍皇剣でビーストの胸を貫いた。


 その感触は今でも覚えている。


「それなのに。」


「兄さんの姿を借りて。」


「王女と婚約までして。」


「……最低だよね。」


「魔王様。」


「分かってる。」


 アレンは小さく笑った。


「兄さんの遺言を守りたかっただけ。」


「最初は、それだけだったんだけどな……。」


 ◇◇◇


 その頃。


 王女は部屋の前まで戻ってきていた。


 中から話し声が聞こえる。


 王女は扉を叩こうとして――。


「……。」


 止めた。


(また隠される。)


 今度は、自分の目で確かめたい。


 王女はそっとドアノブへ手を掛ける。


 カチャ。


「……え?」


 開いた。


 先ほどアレンが慌てて王女へ返事をした際、確認するため一度開けた扉。


 その後――鍵を掛け直すのを忘れていた。


 王女は迷う。


 勝手に入ってはいけない。


 分かっている。


 それでも。


 扉の向こうから聞こえた。


「では魔王様、明日のお召し物はこちらで。」


「うん。」


 王女の身体が固まる。


(また……。)


 今度は聞き間違いではない。


 はっきりと。


 魔王様。


 そう聞こえた。


 王女はゆっくりと扉を開く。


 ほんの少しだけ。


 中を見る。


「……。」


 そして。


 息を呑んだ。


 知らない女性がいる。


 ノエル。


 その女性が誰かの世話をしている。


 だが――。


 勇者ビーストがいない。


(え……?)


 王女は目を凝らす。


 ベッドに座っているのは、小柄な白髪の少年。


 背中には――。


「……翼?」


 漆黒の翼。


 さらに。


 ベッドから伸びる足を見た瞬間、王女は口元を押さえた。


 人間の足ではない。


 猛禽類のような鋭い爪。


 そして、少年の周囲から漂う黒紫色の瘴気。


 人間ではない。


 絶対に。


 少年のすぐ近くには、見覚えのない禍々しい杖と龍皇剣が置かれている。


(誰……?)


(ビースト様は?)


 その時。


 ノエルが少年の前へ片膝をついた。


「魔王様。」


「明日は王女殿下とのご予定がございます。」


「ああ……。」


 アレンは頭を抱える。


「分かってる。」


「朝になったら、また兄さんの姿になるよ。」


 王女の瞳が大きく見開かれる。


(兄さんの……姿?)


 アレンは机の上に置かれた《幻影の首飾り》を手に取った。


「これで勇者ビーストになればいいんでしょ。」


「はい。」


「……。」


 王女の頭の中で。


 これまでの違和感が、一気に繋がった。


 昔のことを知らない。


 性格が違う。


 魔族に詳しい。


 魔王を悪く言わない。


 深夜に女性から「魔王様」と呼ばれている。


 そして。


 勇者ビーストの姿になる魔導具。


(そんな……。)


 王女は一歩後ろへ下がった。


 カタン。


「……!」


 廊下に置かれていた小さな飾り台へ身体が当たった。


 音が響く。


 アレンの耳が動いた。


「……誰?」


 ノエルも立ち上がる。


「何者です!」


 アレンが扉を見る。


 わずかに開いている。


「……。」


 ゆっくり立ち上がった。


 漆黒の翼が広がる。


 王女は逃げられなかった。


 アレンが扉を開く。


 そして――。


「…………。」


「…………。」


 二人の視線が重なった。


 王女は震えていた。


 アレンも完全に固まっていた。


「……王女、殿下?」


 王女の唇が震える。


「ビースト様……は?」


「……。」


「どこに……いるのですか?」


 アレンは答えられない。


 王女はアレンを見る。


 白髪。


 翼。


 異形の足。


 そして、尋常ではない魔力。


「あなたは……。」


「誰なのですか?」


 沈黙。


 もう隠せない。


 アレンはゆっくりと目を閉じた。


「……入って。」


「全部、話す。」


 王女は動かない。


 アレンは少しだけ悲しそうに笑った。


「安心して。」


「危害は加えない。」


「……。」


「それと。」


 アレンは王女を真っ直ぐ見つめた。


「先に、一つだけ謝らせて。」


 そして。


 静かに頭を下げる。


「……すまない。」


「勇者ビーストは――」


 一瞬、声が詰まる。


「俺が殺してしまった。」


 王女の瞳が見開かれた。


 長い沈黙の後。


 アレンは顔を上げる。


「俺は――北方魔族領領主。」


「魔王アレンだ。」


 勇者の仮面が。


 ついに剥がれ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。