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第42話 深夜の訪問者

 王女が疑いを抱き始めてから、数日が経った。


 それでも、アレンの日常は変わらない。


 昼間は勇者ビースト。


 夜になれば、本来の魔王アレンへ戻る。


 二つの顔を使い分ける生活にも、少しずつ慣れ始めていた。


 ◇◇◇


 その日の午後。


 アレンは王城の訓練場にいた。


「勇者様!」


「ぜひ我々に剣術をご教授ください!」


 王国騎士たちに囲まれ、アレンは困った顔をする。


「僕が?」


「もちろんです!」


「魔王を倒された勇者様の剣術を、ぜひ!」


「……。」


(魔王を倒した剣術じゃなくて。)


(勇者を倒した剣術なんだけどな……。)


 当然、言えるはずもない。


 アレンは訓練用の木剣を受け取った。


「分かりました。」


 一人の騎士が前へ出る。


「よろしくお願いいたします!」


「こちらこそ。」


 二人が構える。


「始め!」


 騎士が踏み込んだ。


「はぁっ!」


 アレンは反射的に動いた。


 次の瞬間――。


 カァン!!


「え?」


 騎士の木剣が空高く舞い上がった。


 アレンの木剣は、すでに騎士の首筋へ添えられている。


「……。」


「……。」


 訓練場が静まり返った。


「す、すみません。」


 アレンは慌てて木剣を下ろす。


「ちょっと力を入れすぎました。」


 騎士は青ざめていた。


「い、今……何を?」


「普通に弾いただけです。」


「見えなかった……。」


 周囲がざわめく。


「さすが勇者様……。」


「これほどとは。」


 アレンは苦笑した。


(かなり抑えたんだけど。)


 その様子を。


 訓練場の二階から王女が見ていた。


「……。」


 以前のビーストも強かった。


 勇者なのだから当然だ。


 しかし――。


(あんなに強かった?)


 まるで。


 勇者よりも、さらに上の存在。


 そんな戦い方だった。


 ◇◇◇


 夜。


 王城での仕事を終えたアレンは、自室へ戻った。


 扉を閉める。


 カチャ。


「よし。」


 鍵を確認。


 カーテンも閉める。


 さらに扉をもう一度確認する。


「今日は絶対大丈夫。」


 アレンは床へ伸びた自分の影を見る。


「ノエル。」


 ブワッ――!


 黒紫色の瘴気が影から溢れ出す。


 それが人の形となり――。


「お呼びでしょうか、魔王様。」


 ノエルが姿を現した。


「うん。」


「今日もお願い。」


「承知いたしました。」


 アレンは《幻影の首飾り》を外す。


 シュゥゥゥ――。


 勇者ビーストの姿が消えていく。


 身体が小さくなり。


 髪が白く染まり。


 背中から漆黒の翼が現れる。


 人間の足もまた、鷹のような鋭い爪を持つ異形の足へ戻った。


 魔王アレン。


 それが彼の現在の、本当の姿だった。


「はぁ……。」


 アレンは翼を大きく伸ばす。


「楽。」


「一日中お姿を変えておられますからね。」


「肩が凝るんだよ。」


 ノエルがアレンの上着を脱がせる。


「魔王様。」


「なに?」


「本日はご自分で寝間着をお召しになられますか?」


「嫌だ。」


「即答でございますか。」


「疲れた。」


「……仕方ありませんね。」


 ノエルは苦笑する。


 いつもの光景だった。


 ◇◇◇


 同じ頃。


 王女は自室のベッドに座っていた。


 眠れない。


 頭の中には、昼間の光景が残っている。


 一瞬で騎士の剣を弾いたビースト。


 そして。


 これまで積み重なった数々の違和感。


「……。」


 王女はベッドから立ち上がった。


(確認したい。)


 疑い続けるくらいなら。


 本人に聞けばいい。


 薄い上着を羽織り、部屋を出る。


 静かな王城の廊下を歩く。


 やがて――。


 アレンの部屋の前へ到着した。


 王女は扉を見つめる。


 そして。


 コンコン。


「ビースト様。」


 ◇◇◇


「――!」


 部屋の中。


 アレンの身体が固まった。


 ノエルも扉を見る。


「……王女?」


「ビースト様。」


 再び声がする。


「まだ起きていらっしゃいますか?」


 アレンは自分の姿を見る。


 白髪。


 翼。


 鳥の足。


 完全な魔王姿。


「まずい。」


 ノエルが小声で言う。


「魔導具を。」


「うん。」


 アレンは机を見る。


「……あれ?」


「どうされました?」


「首飾り。」


 ない。


「え?」


 二人で辺りを見る。


「どこ置いた!?」


「先ほど外された際、そちらへ……。」


「ないよ!」


「落とされたのでは?」


 二人で探し始める。


「ビースト様?」


 王女の声。


 アレンは焦る。


「ちょっと待って!」


 思わず返事をした。


 その瞬間。


「……。」


 王女が扉の前で固まる。


 声が違う。


 ビーストより、少し幼い。


「……ビースト様?」


 アレンは自分の口を押さえた。


(やった……。)


 ノエルも額へ手を当てる。


「魔王様……。」


「言わないで。」


 アレンは必死に首飾りを探す。


 ベッドの下。


「……あった!」


 手を伸ばす。


 しかし――。


 コンコン。


「ビースト様。」


 王女の声が変わった。


「開けていただけませんか?」


「い、今ちょっと!」


「なぜです?」


「着替えてる!」


「……。」


 王女は扉を見つめる。


(また……。)


 誰かと話している。


 しかも。


 先ほど、確かに女性の声もした。


 王女はドアノブへ手を掛ける。


 カチャ。


 当然、鍵が掛かっている。


「……。」


 王女は一度、手を離した。


 無理に入ることはできない。


「分かりました。」


「明日、お話しさせてください。」


「……はい。」


 足音が遠ざかっていく。


 アレンは首飾りを握ったまま、その場へ座り込んだ。


「……助かった。」


 ノエルは静かに首を横へ振る。


「いいえ。」


「え?」


「今ので、さらに疑われたかと。」


「…………。」


 アレンは頭を抱えた。


「もう無理かもしれない……。」


 ◇◇◇


 だが。


 王女は自室へ戻っていなかった。


 廊下の角。


 アレンの部屋から少し離れた場所で立ち止まっていた。


「……。」


 確信に近づいている。


 あの部屋には、誰かいる。


 そして。


 ビースト本人にも、何か重大な秘密がある。


(明日まで待てない。)


 王女は静かに決意した。


(今夜。)


(もう一度だけ、確かめる。)


 数時間後。


 アレンが完全に油断した頃。


 王女は再び――。


 勇者の部屋を訪れることになる。


 そして今度こそ。


 彼女は目にする。


 勇者ビーストではない――。


 魔王アレンの、本当の姿を。

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