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第41話 疑惑

 翌朝。


 アレンは王城の食堂で朝食を取っていた。


 もちろん、その姿は《幻影の首飾り》によって勇者ビーストへと変わっている。


「……。」


 パンを一口。


 スープを一口。


 しかし、どこか落ち着かない。


(昨日の夜……。)


 王女に聞かれた可能性がある。


 ノエルの――。


『魔王様』


 という言葉を。


「……まずいよなぁ。」


 小さく呟いた、その時。


「何がまずいのですか?」


「うわっ!?」


 アレンの肩が跳ねた。


 振り返る。


 そこには王女が立っていた。


「お、王女殿下。」


「おはようございます、ビースト様。」


「おはようございます……。」


 王女はアレンの向かい側へ座る。


 いつもの優しい笑顔。


 しかし。


 アレンには、その笑顔が妙に怖く見えた。


(聞かれた?)


(いや。)


(まだ決まったわけじゃない。)


 王女が紅茶を一口飲む。


「ビースト様。」


「はい。」


「昨日の夜。」


「…………。」


 アレンの身体が固まった。


「お部屋で、どなたかとお話しされていました?」


「……いいえ。」


 即答した。


「一人でしたよ。」


「そうですか。」


 王女はそれ以上追及しなかった。


「聞き間違いだったのかもしれませんね。」


「きっとそうですよ。」


 アレンは笑う。


 だが。


 王女は確かに覚えていた。


 女性の声。


 そして――。


『魔王様』


 という言葉を。


 ◇◇◇


 昼。


 王城の図書室。


 アレンは勇者ビーストについて調べていた。


「……兄さん。」


 ページをめくる。


 勇者ビースト。


 王国の男爵家出身。


 幼い頃から剣術に優れ、勇者として選ばれた人物。


 王女とも以前から交流があった。


「もっと早く調べればよかった……。」


 アレンは頭を抱える。


 今まで勇者の姿だけ真似て、中身についてほとんど知らないまま生活していた。


「これじゃ、いつかバレるよ。」


 その時。


「何がバレるのです?」


「……!」


 アレンが勢いよく振り返る。


 王女だった。


「お、王女殿下……。」


「先ほどから、随分驚かれますね。」


「気のせいです。」


 王女は机の上を見る。


 そこには――勇者ビーストについて書かれた資料。


「ご自分の記事を?」


「……昔を振り返っていました。」


「そうなのですね。」


 王女は微笑んだ。


 だが。


(どうして……。)


(自分自身について、そんなに真剣に調べているの?)


 疑問が、また一つ増えた。


 ◇◇◇


「ビースト様。」


 王女が一冊の本を手に取る。


「覚えています?」


「何をです?」


「この本。」


 アレンは表紙を見る。


 当然、知らない。


「以前、一緒に読んだではありませんか。」


「……。」


(まずい。)


「そうでしたね。」


「どの場面がお好きでした?」


「…………。」


 アレンの額に汗が浮かぶ。


「全部……ですかね。」


「全部?」


「はい。」


 王女は少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。


「……そうですか。」


 それ以上、何も聞かなかった。


 しかし。


 王女の中で、一つの考えが生まれ始めていた。


(記憶を失っている?)


 最初はそう思った。


 だが、それなら本人も自覚しているはず。


 それなのに、ビーストは必死に隠そうとしている。


 まるで――。


(知らないことを、知っているふりしているみたい。)


 ◇◇◇


 その日の夜。


 アレンは自室へ戻るなり、鍵を掛けた。


「……疲れた。」


 床へ手を伸ばす。


「ノエル。」


 ブワッ――。


 黒紫色の瘴気が影から立ち昇る。


 その中からノエルが姿を現した。


「お呼びでしょうか、魔王様。」


「今日さ。」


「はい。」


「王女に昔のこと聞かれた。」


「まあ。」


「全然分からなかった。」


 ノエルは少し困った表情になる。


「勇者ビースト様の記憶までは、魔導具で再現できませんからね。」


「うん。」


 アレンは《幻影の首飾り》を外す。


 シュゥゥゥ……。


 勇者の姿が消える。


 白髪。


 漆黒の翼。


 鷹のような鋭い爪を持つ足。


 本来の魔王アレンへ戻った。


 アレンはベッドへ腰掛ける。


「……ノエル。」


「はい。」


「やっぱり、王女には話した方がいいかな。」


 ノエルは少し考える。


「婚約者である以上、いつかは。」


「だよね……。」


 アレンは自分の翼を見る。


「僕が魔王だって知ったら。」


「怖がるかな。」


「それだけではございません。」


 ノエルの言葉に、アレンが顔を上げる。


「……分かってる。」


 勇者ビーストを殺したのは――アレンだ。


 王女が愛していたのが本物のビーストなら。


 自分は、その人を殺した存在。


「……嫌われても。」


「仕方ないよね。」


 ノエルは何も答えなかった。


 ◇◇◇


 一方。


 王女の部屋。


 王女は一人、机に座っていた。


 目の前には紙が置かれている。


 そこへ、今まで感じた違和感を書き出していく。


 ――昔の思い出を覚えていない。


 ――以前と性格が違う。


 ――魔族に対して妙に好意的。


 ――魔王について詳しすぎる。


 ――深夜、自室へ誰も入れない。


 そして最後。


 王女の手が止まる。


 ゆっくりと書いた。


 ――知らない女性が「魔王様」と呼んでいた。


「……。」


 王女はペンを置いた。


 まだ証拠はない。


 だが。


「ビースト様……。」


 小さく呟く。


「あなたは……。」


「本当に、ビースト様なのですか?」


 勇者へ向けられた小さな疑惑。


 それはもう――。


 無視できないほど、大きくなり始めていた。

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