第39話 勇者と王女
王女との婚約話を持ちかけられてから、数日。
アレンは悩んだ末、国王へ返事をした。
「……お受けします。」
その言葉に、国王は満足そうに頷いた。
「そうか!」
「よく決断してくれた!」
王妃も嬉しそうに微笑む。
そして王女は――。
「ありがとうございます、ビースト様。」
頬を赤くしながら、静かに頭を下げた。
「……こちらこそ。」
アレンもぎこちなく答える。
(婚約……しちゃった。)
人間から魔族となり。
七歳で魔王となり。
十五歳で勇者を殺し。
その勇者の代わりとなり。
今度は王女の婚約者。
(僕の人生、どうなってるんだ……。)
◇◇◇
婚約が決まった翌日。
王女から、王城の庭園へ誘われた。
二人だけで庭園を歩く。
色とりどりの花が咲き、小鳥たちが木々の間を飛び回っている。
「綺麗ですね。」
王女が微笑む。
「はい。」
アレンは辺りを見渡した。
魔王領では、これほど多くの花を見ることはない。
「……すごいな。」
「え?」
「あっ。」
アレンは慌てて言い直す。
「以前より綺麗になったと思いまして。」
「そうですか?」
「はい。」
(危ない……。)
最近、このようなことばかりだ。
勇者ビーストなら知っているはずのことを、自分は知らない。
王女はそんなアレンを見て、クスクスと笑った。
「ビースト様。」
「はい?」
「最近、よく誤魔化されますよね。」
「……そうでしょうか。」
「はい。」
王女が少しだけ顔を近づける。
「まるで初めて王城へ来た方みたいです。」
「……。」
アレンの心臓が跳ねた。
「冗談ですよ。」
王女は楽しそうに笑い、再び歩き始める。
アレンは胸を撫で下ろした。
(この人、本当に鋭いな……。)
◇◇◇
庭園の奥。
二人は噴水の近くにある長椅子へ腰掛けた。
王女が尋ねる。
「ビースト様。」
「魔王は……どのような方でした?」
「……え?」
「戦われたのでしょう?」
アレンは完全に固まった。
(僕です。)
もちろん、そう答えるわけにはいかない。
「……変わった奴でした。」
「変わった?」
「争いが嫌いで。」
「人間を滅ぼしたいとも思っていなかった。」
王女は驚いた。
「魔王なのに?」
「はい。」
アレンは自分でも気付かないうちに、少し寂しそうに笑っていた。
「ただ、自分の国を守りたかっただけなんです。」
「魔族たちが安心して暮らせる場所を守りたかった。」
「……。」
「だから。」
アレンは噴水を見つめる。
「本当は悪い奴じゃなかった。」
王女は何も言わなかった。
ただ、アレンの横顔を見つめている。
「ビースト様は……。」
「魔王を憎んでいないのですね。」
「……はい。」
「むしろ。」
一瞬、言葉に詰まる。
「理解できる部分もありました。」
王女は静かに微笑んだ。
「やはり、お変わりになりましたね。」
「……そうかもしれません。」
◇◇◇
夕方。
王女を部屋まで送り届ける。
「今日はありがとうございました。」
「こちらこそ。」
王女は扉の前で立ち止まった。
「また、ご一緒していただけますか?」
「もちろんです。」
王女は嬉しそうに微笑んだ。
「おやすみなさい、ビースト様。」
「おやすみなさい。」
扉が閉まる。
アレンは自分の部屋へ向かう。
しかし――。
王女は扉の内側で、少し考え込んでいた。
(魔王を倒したはずなのに……。)
(どうして、あんなに魔王のことを理解しているの?)
疑っているわけではない。
ただ。
小さな違和感が、少しずつ積み重なっていた。
◇◇◇
深夜。
アレンは自室へ戻り、鍵を掛けた。
「疲れた……。」
床へ視線を向ける。
「ノエル。」
ブワッ――。
影から黒紫色の瘴気が溢れ出す。
「お呼びでしょうか、魔王様。」
「今日もお願い。」
「かしこまりました。」
アレンは《幻影の首飾り》を外す。
シュゥゥゥ……。
勇者の姿が崩れていく。
白髪。
漆黒の翼。
鋭い爪を持つ鳥のような足。
本来の魔王アレンへ戻った。
ノエルが勇者の衣服を脱がせながら尋ねる。
「王女殿下とは、いかがでしたか?」
「楽しかったよ。」
「まあ。」
「でも……。」
アレンは少し俯く。
「魔王がどんな奴だったか聞かれた。」
「なんとお答えになったのです?」
「悪い奴じゃなかったって。」
ノエルは思わず笑う。
「ご自分のことでございますよね?」
「しょうがないだろ。」
「嘘ついて『極悪非道でした』とか言いたくないし。」
「ふふっ。」
「笑うなよ。」
寝間着へ着替えたアレンはベッドへ潜り込む。
だが、いつもと違ってなかなか目を閉じなかった。
「ノエル。」
「はい。」
「王女には……。」
少し間を置く。
「いつか、本当のことを言った方がいいよね。」
ノエルは静かに頷いた。
「婚約された以上は。」
「いつまでも隠し続けることは難しいでしょう。」
「……だよね。」
アレンは自分の手を見る。
人間だった頃とは違う。
背中には翼。
足には鋭い爪。
身体には人間とは比べものにならない魔力が流れている。
「元々は人間なんだけどな……。」
「はい。」
「でも、今の僕を見たら。」
「怖がるかな。」
ノエルは少し考えた。
「それは、王女殿下がお決めになることです。」
「……そっか。」
アレンは静かに目を閉じた。
まだ言えない。
もう少しだけ。
勇者として彼女の隣にいたい。
しかし――。
秘密というものは。
隠そうとすればするほど、思わぬ形で露見するものだった。
そして、その日は。
アレンが思っているよりも、ずっと近くまで迫っていた。




