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第38話 王からの提案

翌朝。


「魔王様、朝でございます。」


「……。」


「魔王様。」


「……あと五分。」


「昨日も同じことを仰っていましたよ。」


 ノエルは呆れながら、ベッドの布団を少しめくった。


 白髪の少年が丸くなって眠っている。


「本日は国王陛下からお呼び出しを受けております。」


「……王様?」


 アレンが薄く目を開ける。


「はい。」


「……行きたくない。」


「いけません。」


「魔王命令で休み。」


「ここは魔王城ではございません。」


「……。」


 完全に正論だった。


 アレンは渋々身体を起こした。


「分かったよ……。」


「では、お召し替えを。」


 ノエルに着替えを手伝ってもらい、最後に《幻影の首飾り》を身につける。


 淡い光が身体を包んだ。


 小柄な白髪の少年から――勇者ビーストへ。


 ノエルは服の襟を整える。


「できました。」


「ありがとう。」


「それでは私は戻ります。」


「うん。また夜に。」


 ノエルの身体が黒紫色の瘴気に包まれる。


 そのままアレンの影へ沈み、姿を消した。


 アレンは鏡を見る。


 そこにいるのは、どこから見ても勇者ビースト。


「……よし。」


 勇者としての一日が始まった。


 ◇◇◇


 王城・謁見の間。


「勇者ビーストよ。」


「はい、陛下。」


 玉座には国王。


 その隣には王妃。


 そして――王女。


 さらに宰相や数人の重臣たちまで並んでいた。


(……なんか多くない?)


 いつもの報告とは明らかに雰囲気が違う。


「そなたを呼んだのは、他でもない。」


「はあ。」


 王が王女を見る。


 王女は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。


 アレンはますます分からなくなる。


「勇者ビースト。」


「そなたに、我が娘との婚約を申し渡したい。」


「…………。」


 アレンは固まった。


「……え?」


 謁見の間が静まり返る。


 王は満足そうに笑っている。


「魔王を討ち、王国を救った英雄。」


「そして、我が娘もそなたを慕っておる。」


「王家としても、そなた以上の相手はいない。」


 アレンは王女を見る。


 王女は頬を赤らめていた。


「……。」


(待って。)


(どういうこと?)


 魔王だった自分が。


 勇者になって。


 人間の王女と婚約する。


(兄さん。)


(遺言にこんなの入ってなかったよね?)


 戦場で亡くなった従兄弟へ、心の中で助けを求める。


 当然、返事はない。


 王が尋ねる。


「どうだ?」


「もちろん、無理強いするつもりはない。」


「そなたの意思を聞きたい。」


 アレンは困った。


 断る理由はいくらでもある。


 自分は勇者ビーストではない。


 そもそも人間ですらない。


 北方魔族領を治める魔王だ。


 しかし――そのすべてを説明することはできない。


 それに。


 王女を見る。


 数日前から話すようになった彼女。


 自分を疑いながらも、優しく接してくれている。


「……王女殿下は。」


 アレンが尋ねる。


「本当に、僕でよろしいのですか?」


 王女は驚いたように目を見開いた。


 そして、ゆっくり頷く。


「はい。」


「以前からビースト様のことは存じ上げておりました。」


「ですが……。」


 少し間を置く。


「帰還されてからのあなたは、以前より不思議な方になりました。」


「……不思議?」


「魔族のことまで考え、褒美も求めず、誰に対しても穏やかで。」


 王女は微笑む。


「私は、今のビースト様をもっと知りたいと思っています。」


 アレンの胸が少し痛んだ。


(今のビースト……か。)


 彼女が見ているのは。


 もしかすると、ビーストではない。


 魔王アレンとしての自分なのかもしれない。


 だからこそ――騙していることへの罪悪感が生まれた。


「……少し。」


「考える時間をいただけませんか?」


 王は頷いた。


「もちろんだ。」


「大切なことだからな。」


 ◇◇◇


 その日の夜。


 アレンは部屋へ戻るなり、鍵を掛けた。


「ノエル。」


 ブワッ――。


 影から黒紫色の瘴気が溢れ、ノエルが現れる。


「お呼びでしょうか、魔王様。」


「大変なことになった。」


「まあ。」


 アレンは《幻影の首飾り》を外した。


 白髪。


 漆黒の翼。


 鋭い鳥のような足。


 本来の姿へ戻る。


 そしてベッドへ座り込んだ。


「王女と婚約しろって言われた。」


「……。」


 珍しくノエルが固まった。


「王女殿下と、でございますか?」


「うん。」


「勇者として?」


「うん。」


「ですが魔王様は――」


「魔王だよ。」


「……。」


 二人の間に沈黙が流れる。


 アレンは頭を抱えた。


「どうしよう。」


 大陸最強の魔王。


 数万の魔族を従える北方の支配者。


 そんなアレンが今、戦争でも反乱でもなく――


 婚約話で本気で困っていた。


 ノエルは少し考えてから尋ねる。


「魔王様は、王女殿下がお嫌いなのですか?」


「嫌いじゃない。」


 即答だった。


「優しいし。」


「話してても嫌じゃない。」


「でも……。」


 アレンは自分の翼を見る。


「僕の本当の姿を知らない。」


「勇者だと思ってる。」


「それなのに婚約するのは……なんか違う気がする。」


 ノエルは優しく微笑んだ。


「それならば、いつか真実をお話しする必要がございますね。」


「……やっぱり?」


「はい。」


「永遠に隠し続けることはできません。」


 アレンはベッドへ倒れ込む。


「はぁ……。」


「勇者って、本当に面倒くさい。」


 ノエルはクスクスと笑った。


「魔王様。」


「なんだよ。」


「少し楽しそうですよ。」


「……気のせい。」


 アレンは布団を頭まで被った。


 その数日後。


 アレンは国王へ――


 王女との婚約を受け入れる意思を伝えることになる。


 そして、この婚約こそが。


 王女が「勇者ビースト」の正体へ辿り着く、大きなきっかけとなるのだった。

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