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第35話 勇者凱旋

 王都の巨大な城門が見えてきた。


 高い城壁。


 何本もの尖塔。


 そして城門の上には、王国の旗が風に揺れている。


 アレンは足を止め、その光景を見上げた。


「……大きい。」


 魔法使いが首を傾げる。


「何言ってるの?」


「出発した時にも見たでしょ?」


「あ……。」


 アレンは一瞬固まった。


 戦士が小声で囁く。


「気を付けろ。」


「今のお前は勇者様なんだぞ。」


「……そうだった。」


 アレンは咳払いをする。


「久しぶりだから、そう感じただけだ。」


「危なっかしいわね……。」


 魔法使いがため息をついた。


 当然だった。


 アレンにとって、この王都へ来るのは初めてなのだから。


 ◇◇◇


 城門へ近づく。


 門番が一行を発見した。


「……あれは。」


 次の瞬間、目を見開く。


「勇者様だ!!」


 鐘が鳴った。


 カァン! カァン! カァン!


「勇者様が帰還されたぞ!」


「勇者一行のご帰還だ!」


 城門が開かれる。


 そして――


 アレンは言葉を失った。


「勇者様!」


「お帰りなさいませ!」


「魔王を倒してくださったんだ!」


「これで戦争は終わるぞ!」


 道の両側を埋め尽くすほどの人々。


 花びらが舞う。


 子供たちは手を振り、大人たちは涙を流していた。


 アレンはぎこちなく手を振り返す。


(……まずい。)


(ものすごく帰りたい。)


 魔王城なら、今頃ノエルが温かい紅茶でも用意してくれているだろう。


 しかし逃げるわけにはいかない。


 勇者ビーストとの約束がある。


 アレンは小さく息を吸う。


 そして、堂々と前を向いた。


 ◇◇◇


 王城。


 巨大な謁見の間には、多くの貴族や騎士が集まっていた。


 最奥の玉座には、この国の王。


 その隣には王妃。


 さらに美しい王女の姿もある。


「勇者ビーストよ。」


 王が立ち上がった。


「よくぞ戻った!」


 アレンは片膝をつく。


 隣の三人もそれに続いた。


「……ただいま、戻りました。」


 王は満足そうに頷く。


「して。」


「魔王は?」


 謁見の間が静まり返った。


 アレンの心臓が大きく跳ねる。


(……僕です。)


 などと言えるはずもない。


 戦士たちも黙っている。


 アレンはゆっくり口を開いた。


「魔王との戦いは……終わりました。」


 嘘ではない。


 少なくとも、勇者ビーストと魔王アレンの戦いは終わった。


 王はその言葉を別の意味で受け取った。


「おお!」


「やはり魔王を討ち取ったのだな!」


 貴族たちから歓声が上がる。


「勇者万歳!」


「王国の英雄だ!」


 アレンは複雑な表情を浮かべた。


(……兄さん。)


(これ、本当に大丈夫なの?)


 ◇◇◇


 その時だった。


 王の隣にいた王女が立ち上がる。


「ビースト様。」


 アレンは顔を上げた。


 王女は嬉しそうに微笑んでいる。


「ご無事で……本当に良かった。」


「……ありがとうございます。」


 アレンは丁寧に頭を下げた。


 だが、王女の表情がわずかに変わる。


「……?」


 アレンは気付かなかった。


 王女は長い間、勇者ビーストを知っている。


 話し方。


 仕草。


 視線。


 目の前の勇者は確かにビーストに見える。


 なのに――どこか違う。


 王女は小さな違和感を覚えていた。


 王は両手を広げる。


「今宵は宴だ!」


「魔王討伐を成し遂げた勇者たちの凱旋を、国を挙げて祝おう!」


 大歓声が響き渡った。


 その中心で。


 アレンだけが引きつった笑顔を浮かべていた。


(宴……。)


(人間の作法なんて知らないんだけど。)


 魔法使いが横から小声で囁く。


「勇者様。」


「笑って。」


「……こう?」


「怖い。」


「難しいな……。」


 戦士が必死に笑いを堪える。


 そして、その光景を王女はじっと見つめていた。


(やっぱり……。)


(ビースト様、何か変わった?)


 まだ誰も知らない。


 王国が英雄として迎え入れた男こそ――


 自分たちが恐れ続けてきた、魔王アレン本人であることを。

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