第34話 勇者たちがいた王国へ
魔王城の巨大な正門が、ゆっくりと開いていく。
ギギギギギ――。
門の向こうには、乾燥した北方魔族領の大地がどこまでも続いていた。
城門前にはアレンと、勇者パーティーの生き残った三人が立っている。
しかし、今のアレンの姿は魔王ではない。
魔導具《幻影の首飾り》によって――
亡き勇者ビースト、そのものの姿になっていた。
「……変じゃない?」
アレンが自分の服を確認する。
戦士は何とも言えない表情で見つめた。
「見た目だけなら、本当に勇者様だ。」
魔法使いも頷く。
「声までそっくり……。」
「でも、中身は魔王なのよね。」
「そうだね。」
アレンは苦笑する。
その後ろでは、ノエルが旅装を整えていた。
「魔王様、こちらを。」
「ありがとう。」
荷物を受け取る。
ノエルは少し寂しそうだった。
「本当に行かれるのですね。」
「うん。」
「兄さんと約束したから。」
アレンは魔王城を見上げる。
七歳から暮らしてきた場所。
初めて自分を受け入れてくれた場所。
そして――初めて「家」と思えた場所だった。
「でも、必ず帰ってくる。」
ノエルは微笑む。
「お待ちしております。」
ガルドが片膝をつく。
「どうか、ご無事で。」
レイグも頭を下げた。
「魔王領は我々にお任せください。」
「うん。」
「二人とも、頼んだよ。」
アレンは歩き出そうとして――ふと振り返った。
「あ。」
「ノエル。」
「はい?」
「僕がいない間、部屋の暖炉は消しておいて。」
「承知しました。」
「あと……。」
少し考える。
「僕のベッド、誰にも使わせないでね。」
ノエルは思わず笑った。
「もちろんです。」
アレンも笑った。
そして今度こそ、魔王城に背を向けた。
◇◇◇
数日後。
一行は魔族領と人間領の境界へ到達した。
アレンは足を止める。
目の前に広がっていたのは――緑だった。
「……。」
草原。
木々。
遠くには畑。
北方魔族領ではほとんど見ることのない景色だった。
アレンは呆然と立ち尽くす。
「……暖かい。」
魔法使いが振り返る。
「暖かい?」
「普通でしょ?」
アレンは首を横に振った。
「魔王城の外、基本的に氷点下だから。」
三人が一斉に振り返った。
「……は?」
「夏でも十五度くらい。」
「よく住めるな!?」
「魔族は寒さ平気だから。」
アレンは自分の身体を抱く。
「僕だけ寒い。」
「元人間だから。」
戦士が呆れた。
「魔王にも苦労があるんだな……。」
「いっぱいあるよ。」
◇◇◇
さらに数日。
一行は小さな町へ到着した。
その瞬間だった。
「あっ!」
一人の少年がアレンを指差した。
「勇者様だ!」
町中の人々が振り返る。
「勇者様!?」
「帰ってきたぞ!」
「魔王を倒したんだ!」
次々と人々が集まってくる。
「勇者様!」
「ありがとうございます!」
「これで平和になる!」
アレンは固まった。
「……。」
(どうしよう。)
(僕が魔王なんだけど。)
笑顔で感謝する人々。
その顔を見ていると、本当のことなど言えるはずがなかった。
一人の少女が花を差し出した。
「勇者様!」
「これ、あげる!」
アレンは少し戸惑いながら受け取る。
「……ありがとう。」
少女は嬉しそうに走っていった。
アレンは花を見つめる。
(兄さん。)
(勇者って……。)
(こういうものなんだね。)
人から感謝される。
期待される。
希望として見られる。
魔王として生きてきたアレンには、初めての経験だった。
そして一行は、ついに王都へ続く街道へ入った。
遠くに巨大な城が見えてくる。
アレンは立ち止まった。
「あそこが……。」
戦士が頷く。
「ああ。」
「俺たちの王国だ。」
アレンは王城を見つめる。
自分が生まれた人間の世界。
そして、勇者ビーストが守ろうとした国。
ここから先。
アレンは魔王ではない。
人々から見れば――勇者だ。
アレンは胸元の《幻影の首飾り》を握った。
(兄さん。)
(行ってくるよ。)
魔王アレンによる――
勇者としての人生が、ここから始まる。




