第30話 勇者の最期
荒野を吹き抜ける風が止んだ。
立っているのは二人。
勇者ビースト。
そして、魔王アレン。
互いに剣を構え、静かに相手を見つめる。
ビーストが小さく笑った。
「一対一か。」
「望むところだ。」
アレンも龍皇剣を握り直す。
「……これで終わりだね。」
二人は同時に地面を蹴った。
ドォン!!
一瞬で距離がゼロになる。
聖剣と龍皇剣が何度もぶつかり合う。
キィィィィン!!
キィン!!
剣戟が響くたび、大地へ深い亀裂が走る。
ビーストは全力だった。
今まで積み重ねてきた剣技。
仲間との旅。
王国の期待。
そのすべてを、この一太刀へ込める。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
聖剣が眩い光を放つ。
アレンは静かに目を閉じた。
(……強い。)
(でも。)
(届かない。)
龍皇剣を静かに振るう。
ガキィィン!!
聖剣が大きく弾かれる。
「しまっ──!」
その一瞬の隙。
アレンは迷わなかった。
龍皇剣が一直線に走る。
ズバッ――。
静寂。
ビーストの身体が小さく揺れた。
龍皇剣は胸を貫いていた。
「……ぐっ。」
アレンは目を見開く。
「……。」
ビーストは苦しそうに咳き込みながら、それでも笑った。
「……はは。」
「やっぱり……。」
「強いな。」
アレンはすぐに剣を抜き、ビーストの身体を支えた。
「喋らないで。」
「傷が広がる。」
しかしビーストは首を横へ振る。
「もう……分かってる。」
「助からない。」
血が口元から流れる。
遠くでは仲間たちが意識を取り戻し始めていた。
「勇者様……!」
魔法使いが叫ぶ。
だが、身体が動かない。
ビーストはアレンの肩へ手を置いた。
「……頼みがある。」
「……。」
「俺の代わりに。」
「勇者になってくれ。」
その言葉に、アレンの瞳が揺れた。
「……何を言ってるの。」
「僕は魔王だ。」
「人間じゃない。」
ビーストは小さく笑う。
「関係ない。」
「お前なら……。」
「人も魔族も……救える。」
「俺には……分かる。」
アレンは何も言えなかった。
ビーストは最後の力を振り絞る。
「仲間を……頼む。」
「王国を……頼む。」
「そして……。」
小さく笑った。
「従兄弟。」
その一言に。
アレンの時間が止まる。
「……え?」
「今……何て……。」
ビーストは震える手で、小さなペンダントを取り出した。
それは子爵家の紋章だった。
アレンが一歳で家を去る前、一度だけ見たことのある紋章。
「俺たち……。」
「従兄弟……だったんだ。」
アレンの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
「そんな……。」
「もっと早く……。」
ビーストは静かに首を振る。
「これで……いい。」
最後にもう一度だけ笑う。
「また……会おう。」
その言葉を最後に。
勇者ビーストは、静かに目を閉じた。
荒野には風だけが吹いていた。
アレンは勇者の亡骸を抱き締めたまま、ただ静かに涙を流し続けた。
その日。
勇者は死んだ。
僕が殺した。
そして――
魔王は、勇者になることを決意する。




