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第29話 遅い

 ゴォォォォォォ……。


 黒紫色の瘴気が荒野を覆い尽くす。


 勇者一行は思わず後ずさる。


 目の前にいるのは、先ほどまでと同じ魔王ではない。


 その存在感だけで、身体が震える。


 アレンはゆっくりと龍皇剣を抜いた。


 漆黒の刀身から瘴気が溢れ出し、周囲の空気を歪ませる。


「これが……。」


 戦士が息を呑む。


「魔王の本当の力……。」


 ビーストは聖剣を握る力を強めた。


「皆。」


「最後まで諦めるな。」


「はい!」


「おう!」


 三人が一斉に動く。


 魔法使いが無数の雷を放つ。


 戦士は正面から突撃。


 僧侶は補助魔法を展開する。


 そしてビーストが聖剣を振り上げた。


「魔王アレン!!」


 四方向からの同時攻撃。


 誰が見ても避けられない。


 しかし――。


 アレンは一歩も動かなかった。


 静かに呟く。


「……遅い。」


 次の瞬間。


 ドンッ!!


 姿が消えた。


「なっ!?」


 ビーストが目を見開く。


 アレンはすでに戦士の背後に立っていた。


 龍皇剣の柄で、首筋を軽く叩く。


 ゴッ。


 戦士はその場で意識を失い、倒れた。


「ガル!」


 魔法使いが叫ぶ。


 その瞬間には、アレンはもう目の前にいる。


「え……。」


 恐怖で身体が動かない。


 龍皇剣の峰が肩へ触れる。


 トン。


 魔法使いも静かに崩れ落ちた。


 残るは僧侶と勇者。


 僧侶は震えながら杖を握る。


「神よ……!」


 最後まで祈りを捧げようとした。


 しかし。


 アレンはその杖を優しく押さえた。


「君は戦う人じゃない。」


 そのまま首筋へ軽く手刀を当てる。


 僧侶も意識を失った。


 荒野に立つのは二人だけ。


 勇者ビースト。


 魔王アレン。


 ビーストは静かに笑った。


「やっぱり……。」


「仲間を殺さなかったな。」


 アレンは龍皇剣を下ろす。


「殺す理由がない。」


「君たちは、自分の使命を果たそうとしているだけだから。」


 ビーストは小さく息を吐いた。


「優しいな、お前は。」


 アレンは首を横に振る。


「違う。」


「もう……。」


「誰にも死んでほしくないだけ。」


 その言葉を聞いたビーストは、静かに聖剣を構えた。


「なら。」


「最後は勇者と魔王。」


「一対一で決着をつけよう。」


 アレンも龍皇剣を構える。


「うん。」


 互いに笑みを浮かべる。


 次の一撃で。


 すべてが決まる。

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