第22話 魔王城の日常
魔王城の朝は早い。
まだ太陽も昇りきらない頃。
ノエルは静かにアレンの部屋へ入った。
暖炉には火が灯り、部屋は暖かい。
しかし――
大きなベッドの真ん中では、小さな魔王が布団へくるまったまま眠っていた。
「魔王様。」
返事はない。
「朝ですよ。」
「……。」
ノエルは苦笑する。
「今日も起きませんか。」
ベッドの横へ座り、優しく肩を揺する。
「魔王様。」
「朝でございます。」
布団の中から小さな声が聞こえた。
「……あと五分。」
「昨日も同じことを仰っていましたよ?」
「……。」
返事はない。
完全に寝ている。
ノエルは小さくため息をつく。
「失礼します。」
そう言ってアレンの身体を抱き起こした。
「ん……。」
寝ぼけたままノエルへ寄りかかる。
目は半分閉じたままだ。
「魔王様。」
「お着替えいたしましょう。」
「……うん。」
まだ眠そうに返事をする。
七歳の身体には、魔王の正装は大きすぎた。
黒いローブ。
金色の刺繍。
巨大なマント。
一人で着るには難しい。
ノエルは慣れた手つきで袖を通し、王冠を頭へ乗せる。
「はい、できました。」
アレンは鏡を見る。
「……今日も重い。」
「魔王の装いですから。」
◇◇◇
食堂。
ガルドとレイグはすでに待っていた。
「おはようございます、魔王様。」
「おはよう。」
席へ座ると、温かいスープと焼き立てのパンが運ばれてくる。
アレンは嬉しそうに笑う。
「今日もおいしそう。」
ノエルは静かに見守る。
施設では考えられなかった。
温かい料理。
笑顔で迎えてくれる人たち。
そのすべてが、アレンにとって宝物だった。
◇◇◇
朝食を終えた頃。
新人見張りのリザードマンが慌てて飛び込んできた。
「魔王様!」
「魔王城前に巨大な魔獣が現れました!」
ガルドが立ち上がる。
「私が行きます。」
しかしアレンは静かに首を振った。
「僕も行く。」
「ですが……。」
「魔王だもん。」
その一言に、誰も反論できなかった。
城門へ到着すると、巨大な魔獣が咆哮を上げていた。
周囲の兵士たちは武器を構える。
アレンは一歩前へ出た。
魔獣を見つめる。
「帰って。」
静かな声だった。
すると魔獣はピクリと身体を震わせる。
アレンから溢れ出る瘴気。
本能が理解した。
目の前にいるのは、自分より遥かに上位の存在だと。
魔獣は頭を下げ、そのまま森へ帰っていった。
兵士たちは呆然と立ち尽くす。
「戦わずに……。」
「追い返した……。」
アレンは笑う。
「戦わなくて済むなら、その方がいい。」
その言葉を聞いたガルドは苦笑した。
「やはり魔王様は、変わっておられます。」
レイグも静かに頷く。
「ですが、それが魔王様らしさです。」
アレンは照れくさそうに頭をかいた。
「えへへ。」
こうして魔王城には、今日も穏やかな一日が流れていく。
魔王でありながら争いを好まない少年。
それが――
魔王アレンの日常だった。




