第10話 古龍の秘薬
ノエルが森の奥へ姿を消してから、しばらくの時間が流れた。
アレンの呼吸は弱々しくなっていく。
視界もぼやけ始めていた。
「……もう、間に合わぬか。」
古龍は静かに呟く。
その巨体の周囲には、魔物たちが集まり始めていた。
オーク。
ゴブリン。
リザードマン。
ワイバーン。
彼らは古龍の命令を待つように、その場へ膝をついている。
やがてノエルが、一つの黒い小瓶を抱えて戻ってきた。
「古龍様、お持ちしました。」
瓶の中には、紫黒色に輝く液体が入っていた。
見るだけで禍々しい魔力を感じる。
古龍は小瓶を受け取ると、小さく息を吐いた。
「余が百年以上かけて完成させた秘薬だ。」
「本来、人間へ使うものではない。」
ノエルは心配そうに尋ねる。
「成功するのでしょうか……。」
古龍は首を横に振る。
「分からぬ。」
「生きるか、死ぬか。」
「すべては、この子次第だ。」
古龍はゆっくりとアレンを抱き起こした。
「飲めるか。」
アレンは薄く目を開く。
「……うん。」
古龍は秘薬を少しずつ口へ流し込んだ。
ゴクリ。
その瞬間だった。
「──ッ!!」
アレンの全身が大きく震える。
心臓が激しく鼓動し始めた。
皮膚の下を何かが這い回るような激痛。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫が森へ響く。
ノエルは思わず目を逸らした。
「こんな幼い子が……。」
古龍は何も言わない。
ただ、静かに見守る。
バキッ。
身体の骨が軋む。
黒髪だった髪は、一本、また一本と白く染まっていく。
魔力が溢れ出す。
森全体を震わせるほどの瘴気が噴き出した。
その瘴気に反応するように、遠く離れた魔物たちが次々と森へ集まり始める。
「何だ、この魔力は……。」
「古龍様か……?」
魔物たちは驚きを隠せない。
古龍は静かに言った。
「違う。」
「あの子だ。」
一同が息を呑む。
七歳の少年から放たれるとは思えないほどの膨大な瘴気だった。
やがて叫び声は止み、森に静寂が戻る。
アレンはゆっくりと目を開けた。
蒼く澄んだ瞳。
そして、雪のような白髪。
古龍は小さく微笑んだ。
「成功したようだな。」
アレンは震える手を見つめる。
「……生きてる。」
その一言に、ノエルは安堵の笑みを浮かべた。
しかし古龍の表情だけは曇っていた。
「代償は、これから現れる。」
アレンはまだ、その意味を知らない。
この日、一人の少年は死を乗り越えた。
だが同時に――
人間としての人生も、静かに終わりを告げた。




