162 世界樹の意志 ★
私の名前は『エスプリシフ・ゲネシス・ユグドラシル』だ。
私が世界樹本体から託されたのは、10層の管理……なのだろうか。
本体から明確な指示は出ていない。
「意志を伝える存在となれ」
本体の願いはこれだけだ。
今は、深い眠りの中でその感情は閉ざされている。
この場所は、第4権限の結界で覆われている。この世界でこの権限に干渉できる存在は第3権限の神装結界を展開できる私ぐらいだろう。
わたしはここで何をすればいい。
考える時間だけはありそうだ。焦る必要はない。
結界は5角柱の形をしている。一辺の長さは100キロメートルあり、面積は約17204.77平方キロメートルある。
高さについてはわからない。私の権限では途中までしか上昇できない。
世界樹本体の大きさは、太さが直径100メートルぐらいある。高さは分からない。ただ、自身の質量を考慮しなければ、500メートルぐらいはあると予想できる。
枝は、キノコの笠のようにこんもりと茂っている。遠くから見れば山にみえるだろう。
第4権限の神力ならば、重力という理を無効化できるはずだ。考えるのはやめよう。
* * * * *
世界樹の使命を理解した。
万能魔素という超物質を地上に届ける仕事をしている。休眠状態だが、その使命は淡々とこなしている。本体の意志と関係なく発動する能力なのだろう。
結界の外に出てみた。やはり、第3権限ならば問題なく通過できる。
ここは、大樹の森と呼ばれている。木の年輪のような層が10個広がっている。各層には、魔物と呼ばれる生物がいる。層事に種族や強さが違っている。
9層には、昆虫型と呼ばれている魔物が最強生物として君臨している。本来、食物連鎖の一番底辺である彼らが超進化して頂点に立っているというのは興味深い。
8層以下には、多種多様な種族が進化した姿の魔物達が暮らしている。3層以降ならば、通常種の種族も暮らせるようだ。
各層には、魔木と呼ばれている、樹木が進化した魔物をいる。また、高濃度魔素が固まった個体の存在も確認できた。
この個体の役割は、魔素を蓄えて置く倉庫のようなものだろう。何らかの原因で、本体からの魔素供給が滞った場合に、この木が霧散して魔素となるのだ。
興味深い存在がいる。本体の分離体だ。それぞれに個性があり、自らの意志で移動ができる。情報は、地下に張り巡らされている『情報根網』で取得している。個であり全である珍しい種族だ。
* * * * *
大樹の森の成り立ちが分かった。
森北側にそびえている山脈は、大陸同士がぶつかってできた山だ。
世界樹は、ぶつかった方の島が崩壊しないように自らを肥大化させて根を張り浸食を止めたのだ。約3万年前の事だ。そして、力を使い果たし休眠した。
そのときの魔素が高濃度で残ってしまったのが9層だ。だから、木魔や昆虫たちが強大化してしまった。
つまり、あの超進化した昆虫たちは本来いてはいけない存在だ。排除しなければいけない。しかし、私にその力はない。
私にできることは、ゆっくりと進化が後退していくのを見守るだけだ。
世界樹の肥大化が終わった9層の魔素は、だんだんと薄まりやがて正常化されるだろう。あの体を維持する濃度の魔素はやがてなくなる。それまで待つしかない。
* * * * *
9層の魔物の超進化が止まらない。なぜだ。
* * * * *
理由が分かった。9層の巨木が原因だ。
かつて9層には体長が数百メートルを超えるSSS級の魔物が存在していた。その魔物から世界樹本体を守るために結界を張ることになった。
SSS級の魔物達は、世界樹という守護者から拒否をされた。その事により巨体を維持することができなくなった。
やがて彼らは、自らの体に溜め込んでいた高濃度の魔素をまき散らしながら霧散していった。
今9層に存在している巨大な木魔達は、その魔素を取り入れて肥大化した超高濃度魔素の固まりなのだ。
その巨大な魔素固まりから漏れ出す超高濃度魔素が9層の魔素を濃くしている。あの木魔を排除できる力は今この世界に存在しない。
彼らはやがてまたSSS級の魔物に進化するだろう。救いがあるとすれば、彼らは9層でしかその力を使えないことだ。
* * * * *
10層で棲息している生物たちにも緩やかな進化が始まっている。
この結界内は、魔素のコントロールが正常に行われている。本来あるべき姿の環境だ。
世界樹は、まるでそれが決められていたかのように、年1回実を飛ばす。その実は結界を越え、下層にも届けられている。
数百年に1回、白銀に輝く実があらわれる。その実を食べた生物は進化が加速する。それを繰り返すうちに明らかに別の個体へと進化していった。
この世界には、万能魔素が具現化した精霊と呼ばれている超生物が至る所に存在している。この生物がいつからここにいるのかは私にも分からない。
また、彼らがどんな役割を世界樹から指示されているかも分からない。私には彼らと交信する手段がないのだ。
* * * * *
聖域で暮らしていた動物たちが自らの力で結界を越えられるようになった。なぜだ? 第4権限の結界は、第3権限でなければ干渉できないはずだ。なぞだ。
* * * * *
理由が分かった。彼らは第2権限の結界を張れるようになっていた。さらに、次元にも干渉できる力を身につけていた。
次元空間を通るときには、第2権限以上の結界が必要らしい。その2つの力を使えば、第4権限の結界でも通過するだけなら可能なのだ。
きっと、世界樹本体の意志もこの進化には関係しているのだろう。
世界樹の意志とは何だ。
私は何をすればいいのだ。
* * * * *
驚いた。かなり驚いた。
知的生物が存在していた。
自らを『エルフ』族と名乗っている。
今までどこにいた。なぜ、私は気がつかなかったのだ。
彼らの記憶から、私という存在が生まれる前の事情を知ることができた。
そして、世界樹の孤独を知った。
エルフ達は、初めに世界樹本体がいた場所の近くでずっと暮らしていたようだ。彼らは、この世界の知的生物たちを導く勤めもお願いされてた。
彼らは、世界樹に思念波を届けることができる者を『資格者』と呼んでいた。そして『探求者』とも呼ばれていた。
この世界の理を探求するものの総称だ。
もっと驚いたことは、10層を出ていった動物たちと一緒にいる者がいたことだ。関係は良好のようだ。この姿は世界樹の意志が望む事だろう。見守っていこう。
世界樹が元いた場所に私は行くことができない。大樹の森から出る権限がない。私は、この森の管理者だからだ。
* * * * *
夢を見た。
正直びっくりしている。
この夢は世界樹本体のものなのだと何となく分かる。
私と世界樹の意識はきっと繋がっている。
世界樹の感じている孤独がひしひしと伝わってきた。
世界樹には仲間がいる。
今、分離体達が使っている『情報根網』と同じ方法で、その仲間達と情報交換をしていたらしい。
移動するときに置いてきてしまった精霊結晶達のことを心配していた。彼らは、大精霊になるべき存在だった。
風の大精霊はこの世界に存在している。そして、エルフ達はその力を使うことができる。
エルフとは、世界樹が認めた友人である。
火の鳥の事を気にしていた。私と同じ第三権限の精霊神獣だ。はぐれてしまったようだ。
私は神装力第3権限の精霊神獣である。
世界樹本体が万能魔素を用いて具現化した存在だ。
自分が何者かを理解した。
ただ、この状態には少し失望している。
私も火の鳥のような具現化した姿がよかった。
フフフ、この感情はエルフの思考を参考にしている。
私も進化しているのだよ。
* * * * *
大樹の森に、エルフではない種族が訪れるようになった。
ドワーフ族だ。
エルフほどではないが、優れた能力と長寿の体を持っている。
エルフ族の会話から、彼らは生産職に適性があるようだ。この森で獲れる魔物達の素材を使って良質な製品を作ることができるらしい。
森への感謝の気持ちもある。ここでの活動を見守ることにしよう。
* * * * *
人族と呼ばれている知的生物も森に訪れるようになった。しかし、彼らからは感謝の気持ちが伝わってこない。自らの欲望を優先させているように思える。
彼らとの接触には注意が必要だ。本質を見極める必要がありそうだ。
大きく分けて2つに分類できた。
自らの欲望に忠実であり、他者を迫害してでも目的を達成しようと考えるもの。
他者をいたわり共存を望むもの。
どちらがこの種族の本質なのだろうか。
わからない。
* * * * *
驚いた。
10層にお客さんが来た。
来たのはエルフだ。
ここを出ていった動物も一緒だった。
ならば納得だ。ここで暮らし進化した彼らは、第2権限の結界と次元干渉能力を獲得していた。その力で彼をここに導いたのだろう。
動物たちは、『神獣様』と呼ばれていた。
残念だ。私には彼らと会話をする手段がない。
何を願っているのがわかるまで見守るしかない。
彼らは、10層の探検を始めた。
彼らの移動速度なら、この場所の探検に数年は必要だろう。彼らからは友愛を感じる。心地よい。
* * * * *
夢を見た。
いや、世界樹の意識の一部が覚醒されたようだ。
どうやらここに滞在しているエルフ族の影響らしい。
探求者の事がわかった。
彼らの出現は、世界樹の意志だ。
そして、神獣様と呼ばれている動物たちの進化も同じだ。
彼らは、世界樹が存在を願ったから生まれてきたのだ。
世界樹の仲間達がいる大陸には、『龍人族』と呼ばれる強い個体が存在していた。ここにいる種族を、彼らに対抗できる種族に導くことを求められている。
この願いは、世界樹の太古の記憶だ。
仲間と連絡が取れなくなってからもう十万年の月日が過ぎている。その種族が生き残っているのかも定かではない。
私はそうすればいいのだ。
彼にどうやってこのことを伝えればいいのだ。
彼にその使命を命令する権利が私にはない。
できることは、彼がそれを望んだときに、事実を伝え選択させることだけだ。
ただ、彼は探求者なのだろうか。わからない。
* * * * *
進化とは恐ろしい。
動物たちが言語を操っている。
エルフと会話をしているのだ。
* * * * *
かなり驚いた。
エルフから思念波が来た。
世界樹本体の記憶にあったものだ。
ならばかれは『探求者』なのだろう。
どうすればいい。
どうやって答えればいいのだ。
* * * * *
これが気まずいという感情なのか。
人族から学んだ心の動きだ。
目の前に、エルフがいる。たぶん探求者だ。
その横に黒豹の神獣様がいる。
エルフの名前は『カロス・エニュオン』らしい。
黒豹の名前は『レティラス』だ。動物に名前があることに驚く。
先ほどから見られている。そして、思念波を浴びている。
完全に私という存在を認識している。
自分で言うのも何だが、私はただの発光体だ。
感情のようなものは、光の波長で表現している。
どうすればいいのだ。
「考えを言葉にする。こう思えば会話ができます」
黒豹からも思念波のようなものが届いた。
何を言葉にすればいいのだ。
思う。想像する。私が苦手な行為だ。
何を問う。
そもそも、彼らは何者なのだ?
パチパチパチ
何者だ!
パチパチパチ
おまえは誰だ!
パチパチパチ
おまえは探求者なのか。
パチパチパチパチ
「あ・な・た だ・れ」
「わははははは、分かるぞ、おまえの言葉が分かる」
「おれか、おれは『冒険者』だ!」
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