願い
部屋に戻った那由多は、部屋に入るとため息をついた。
「はぁ、またやっちゃった。
…いや、お兄ちゃんもいい加減、人の苦しみが分からないといけないんだよ!」
那由多は独り言を呟きながら今まで樹がしてきた愚行を思い出していた。もちろん、樹とは仲良くしたいと思っている。前みたいに遊びに連れて行ってもらいたい。休日は一緒にテレビを見ながら談笑したい。
しかし、今の樹のことを兄だと思えないのだ。それが何故かは自分では分からない。考えれば考えるほどモヤモヤしてくる。
那由多は悩みながら部屋の中をウロウロしていると突如何かを思い出したかのように手を叩いた。
「あっ、そうだ。裏神様にお願いしてみよう!」
那由多は最近、学校で話題になっているお呪いを試すことにした。椅子に座り机の上に置いてある鞄から裏面が白紙のプリントとペンを取り出した。
「えーっと、願い事はどうしようかなー
…そうだ。
裏神様へ、お兄ちゃんと前みたいに仲良くなりたいです。あと、出来ればくすぐらせるのは止めさせてください。
うーん、願い事はこれでいいかな。後は、代償? だったかな? えー、どうしようかな。
あっ、私が大事にしているペンギンのキーホルダーをあげます。どうか、よろしくお願いします。
これでいいんだっけ? あっ、名前を書いてない。
…よし、後はプリントを裏返しにして完了かな。
願い事、叶うかなぁ」
裏神様へ願い事を書いた那由多はリビングへ戻ってテレビを見ようと思ったが今は樹がいるので止めておくことにした。することが無くなった那由多は鞄に手を伸ばして教科書とノートを取り出した。
「珍しく勉強でもしてみようかな」
あまり勉強をすることのない那由多はいつになくやる気を見せて勉強に取り掛かった。しかし、普段やらないことをやるとなると大抵の人はすぐに飽きてしまう。それが学業となれば尚更のことだ。あんなに意気揚々と教科書を広げた那由多だったが五分も経たないうちに睡魔に襲われ、十分経つと、とうとう完全に眠ってしまった。
眠った那由多は夢を見た。不思議な夢だった。どこを見渡しても白く濃い霧がかかっていて何も見えない。でも、何故か恐怖は感じなかった。
どこだろう。と考えていると何処からともなく声が聞こえてきた。
『その願い、確かに聞き入れた』
透き通るような女の人の声だった。その声が聞こえてきたのと同時に那由多は眠りから覚めた。
「…夢か。いつの間に寝ちゃったんだろう。あの声は、誰だったのかな?」
寝ぼけ眼を擦りながら体を起こすと、肩にブランケットが掛けられていることに気が付いた。そのブランケットを見て、真っ先に樹の顔が浮かんだ。何故なら、そのブランケットは樹の物なのだ。
「…あったかい」
兄の優しさに包まれた那由多は時計に目をやった。時刻は午後七時二十分を指していた。もう少しで晩御飯の時間だ。その証拠に一階からいい匂いが漂ってきていた。その匂いにお腹が鳴った那由多は部屋から出てリビングへと向かった。
リビングの扉を開けると、いつもご飯を食べる場所には既に父と樹が座っていた。母は晩ご飯の支度をしている。
ブランケットのお礼を言わなければと思った那由多は樹に近寄り、消え入りそうなか細い声を絞り出してお礼を言った。
「…あ、あの、その…、ブランケット、ありがとうございました…」
「ん? ブランケット? 何それ?」
樹は見ていたテレビから視線を外すことなく那由多にそう言った。
「だから! なゆが部屋で寝てた時にブランケットかけてくれたんでしょ!」
今度は、先程の消え入りそうな声とは一転して、大きな声を出した。
「ん? あぁ、あれは母さんだよ。俺のブランケットを「借りるねー」って言って、そのまま持っていったから、お礼は俺じゃなくて母さんに言えよな」
その言葉に那由多は怒りを通り越して憎しみを覚えた。
「お兄ちゃんのバカぁ!! もう知らないですから!!」
今日一番の大きな声を出し、顔を真っ赤にしながら那由多は席に着いた。その時、那由多は樹と一生、口を利いてやるもんかと思ったのは言うまでもない。




