廃工場にて 其の六
「笑わせるなよ、小娘が。
お前一人で私の相手をするだと?」
「あぁ、そうじゃよ。
何か不満でもあるか?」
裏神がそう言うと禍津日神は高らかに笑った。
「はっはっはっ。五千年も経つと畏れ知らずの莫迦が命の安売りをするようになるのだな。
いいだろう。望み通り殺してやるぞ」
「バカはどっちか今に分かる。
…あまり、この力は使いたくないのじゃが、仕方ない」
裏神はそう言うと持っていた煙管を一つ吸い込み煙を吐いた。すると、裏神様の周りを白く濃い煙が包んだ。そして、徐々に煙が晴れる。すると、そこに現れたのは着物を着た幼い姿の裏神様ではなく、着物をきた美しい大人の女性がいた。
その姿を見た禍津日神の表情が徐々に笑顔から憤怒へと変わっていく。
「…本当に俺達の出番は無さそうだな」
裏神の姿を見た死神はそう呟いた。
「どういうことですか?」
「あれは俺の身分じゃ話しかけることも到底叶わない上位も上位の神様さ。
何故、その身分を捨てて、裏神なんかに徹していたのかは理解できないけども」
「そんなに凄い神様なんですか?」
「あぁ、俺が死を司る神様だろ? あれは全ての時を司る神様なのさ」
「そ、そんな!」
「まぁ、黙ってこの戦いの行方を見守ろうじゃないか。きっと聖書に乗るぞ」
死神はそう言うと睨みあっている二人に視線を移した。
「まさか、お前があんな低級な神に成り下がっているとは思わなかったぞ。
何故、その身分を放棄してその体を甘んじているのだ?」
「退屈しのぎだよ。あんな場所にいたら暇すぎて死にそうになる。
何、心配しなくとも力の九割は置いてきているから時間はいつも通り進んでいるよ。
これから滅茶苦茶にしてやるがな」
「ふっ、嘗めるなよ。一割程度の力しか持たぬ時の神が私に敵うとでも思っているのか?」
「そう思っているから、こうして出てきてやったんだろ? お喋りなところは昔から変わらないね。
殺したいならさっさとかかってくればいいじゃない」
裏神はそう言うと人差し指をクイッと曲げ禍津日神を挑発した。
「では、望み通り」
禍津日神はそう言って裏神の視界から消えた。そして、裏神の頭上から現れ死角から不意打ちを放った。裏神はその攻撃を手に持っていた煙管で受け止めた。
「な、何っ!」
「その程度か?」
「ぬかせ」
禍津日神は絶え間なく連撃を浴びせた。しかし、裏神はその攻撃を顔色一つ変えることなく捌いた。煙管を吸う余裕さえ見受けられる。
「児戯の方がマシな程度だな。
たかが五千年程度じゃ、一割の力しか持たない妾には勝つことは不可能だという事が分かっただろ?」
「…はたしてそうかな?」
「何が言いたい?」
「かなり焦っているように見えるがな。
その力には時間制限があるのだろう? 時の神の力を変わり身である、その体に留めておくには容量が大きすぎるんだ」
「その通り。正解だよ。
でも、妾にとっちゃそんなことはどうでもいい。こういうことをすればいいだけの話だからね」
裏神はそう言うと指をパチンと鳴らした。しかし、見た目の変化は何もない。だが、それを見ていた死神が呟いた。
「時間を巻き戻しやがった…」
「そう、妾は時の神。一割しか力が使えなくとも、あと二回ぐらいは時を戻すことが出来る。
お前のエネルギーが尽きるのが先か妾のエネルギーが尽きるのが先かというだけの話だよ。
見た所、お前の体力は後、半分も残っていないだろ? 勝敗は火を見るよりも明らかだと思うがな」
裏神は不敵な笑みを浮かべた。
「…一々、癪に障る奴だ。昔からそうだ。その見下した目。何もかも壊したくて仕方がない」
禍津日神はそう言うと先程、空間の割れ目に放り投げた刀を再び取り出した。そして、刀を鞘から抜いた。その刀身は赤黒く、見る者の不安な気持ちを駆り立てる。
「その刀は人の憎しみや悲しみを吸収する刀だったな。
今はさぞ、強力な武器になっているだろうな」
「あぁ、そうさ。これで全てを消し去ってやる…!」
禍津日神はそう言って刀を振り下ろそうとしたその瞬間、上からパンッと手を叩いた音が聞こえた。
「はぁーい、おイタはそこまで」
上の方から声が聞こえた。その場にいた皆の体は動かなくなった。声の主がゆっくりと降りてくる。
「…か、神楽坂神楽!」
「神楽お姉様でしょ? 御伽ちゃん」
神楽と呼ばれた女性はニコリと笑った。




