誘拐
町外れにある廃工場、そこには男と少年の二人組。そして、樹とその妹、那由果の姿があった。
「何故だ! 何故、露木を攫う!」
樹は執事服に身を包んだ男と学ラン姿に下駄を履いたバンカラな格好をしている少年、その二人組に向けて叫んだ。
「彼女はもう死んでいないといけないのですよ。生きていると『こちら』と『そちら』が困るのです」
「言っている意味が分からねぇよ。ちゃんと説明しろよ!」
樹の怒気が籠った叫び声が廃工場内に木霊した。
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遡ること一時間前。
樹は学校からの帰り道、梅雨時期ということもあり、雨が降っている中、傘を差しながら家路についていた。
いよいよ自宅が眼前に迫ると、玄関の前で誰かが立っていることに気が付いた。樹は歩調を変えることなく人影に近付くと、その人影は妹達だということが分かった。双子はこんな雨の中、傘もささずに暗い顔をして外に突っ立っていた。
「おい、どうした二人とも、こんな雨の中突っ立って。
もしかして、母さんにでも叱られたか?」
樹がそう言うと二人とも首を横に振って否定した。
「それならどうしたんだ? ほら、こんなところに立っていると風邪をひくから家の中に入ろうぜ」
双子を差し置いて家の中に入ろうとすると、那由果が口を開いた。
「露木さん、露木さんがぁ…」
那由果の言葉を皮切りに二人は泣き出してしまった。
「露木? 露木がどうしたんだ?
あっ、お前らまさか、現在に舞い降りた聖母とまで言われている温厚な露木を怒らせたのか?
一体、どうやって怒らせたのか教えてくれ!」
泣きじゃくる双子とは対照的に樹はキラキラとした目で尋ねた。
「ち、違います。つ、露木さんが、攫われたんです」
今度は那由多が嗚咽混じりにそう言った。
攫われた…? 普段、聞き慣れない単語に樹の思考は一瞬止まった。そして、言葉の意味を理解した時、持っていた鞄を離し、那由多の肩を掴んで問いただした。
「おい、どういうことだ。ちゃんと話してくれ」
「由果ちゃんと、学校から帰ってきたら、丁度、露木さんも帰ってきて、露木さんとお喋りしてたら、知らない人が来て、露木さんを連れて行って…」
「…マジかよ。那由多、このこと母さんや警察には言ったのか?」
那由多は首を横に振った。
「眼鏡をかけた人が、お兄ちゃん以外には誰にも言うなって、もし、誰かに話したら、露木さんを、殺すって」
「マジか…
那由多! そいつはどっちに行った? 人数は? 何か乗り物に乗っていたか?」
那由多は涙を拭きながら、樹が今歩いてきた方向を指差した。
「一人で来て、露木さんを抱きかかえてあっちに歩いて行きました。それとこれをお兄ちゃんに渡せって」
那由多はそう言うとポケットから手紙を取り出した。樹はその手紙を奪い取るようにして広げた。
『神の僕に成りし者よ。娘は預かった。返して欲しければ、午後七時までに神の入れ物と一緒に町外れにある廃工場まで来い。
分かっているとは思うが、誰かに話せば問答無用でこの娘は殺す』
手紙にはそう書いてあった。樹はある疑問が浮かんだ。何故、相手は自分が裏神様の僕になったことを知っているのだろうか。しかし、今はそんなことを考えている余裕はない。
樹は双子の目線の高さまで膝を落とし、話を始めた。
「いいか、よく聞いてくれ。俺は今から露木を助けに行こうと思う。
すまないが、那由果は近くまで来てもらえないか?」
その言葉を聞いた双子は目を見開いた。
「なんで由果ちゃんをそんな危ないところまで連れて行くんですか! それなら私も連れて行ってください!」
「そうだよ! ちゃんと納得がいくように説明してよ!」
「…分かった。時間が無いから一度しか言わないぞ。
俺が犯人のいるところまで行って、俺が捕まっている露木を逃がす。俺が囮になるから那由果は露木を連れて戻ってくれ。これは運動神経のいい那由果にしか頼めない。とても危険なことは重々承知だ。
その後に、那由果、もしくは露木から那由多に連絡をさせる。そしたら那由多が警察に連絡してくれ、この役目は冷静な那由多にしか頼めない。
二人とも露木を救うために手伝ってくれるか?」
樹は二人に熱弁した。しかし、それは全くの詭弁であった。相手がどんなやつなのか、何人いるのかすら分からないのに、そんな作戦がまかり通るわけがない。
だが、冷静さを欠いた双子は力強く頷いた。
「よし、それなら出発だ。行くぞ、那由果」
「うん!」
二人は廃工場へと向けて走り出した。
「ちゃんと帰ってきてくださいよ!!」
後ろから那由多の大きな声が聞こえた。その声に振り返ることなく手をあげて応えた。




