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復讐相手の忍びが優しすぎるから、私の初恋は呪いに満ちている  作者: ましろ柚
第一章 竜のいなくなった場所(咲耶11歳、凪16歳)
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第4話 可愛い子には仕事をさせよ

 凪に連れてこられたのは、町の一角にある口入屋(くちいれや)だった。口入屋とは、仕事の仲介をする窓口である。定職を持たない日雇い労働者や旅人が、生活費を稼ぐために相談にやってくる。


「おや、随分可愛いのが来たな」


 奥でキセルをふかしていた元締めが、咲耶を見て言った。店内には他にも、仕事を求めてやってきたと見られる男が数人おり、皆ニヤニヤとこちらを見ている。


「手っ取り早くて高収入な良い仕事、ある?」


 凪が、怖気付いている咲耶より前に出て、元締めに尋ねる。元締めの頬には大きな傷跡があり、低い声と相まって威圧感を醸している。


「兄ちゃんみてえに細いのは、力仕事ができねえだろ。だが綺麗な顔をしてるから、色街にでも行って稼ぐか?」


 元締めは至極真面目だが、他の男たちはケタケタと下品に笑った。その傍で、咲耶は色街という言葉にびっくりしていた。凪が「体で払ってもらう」と言っていたのは、まさかそういうことだろうか。


「働くのは俺じゃないよ。こっちの子」


 凪の指先に従い、一同の視線が咲耶に移る。そして、爆笑が起きた。


「お嬢ちゃんが? 色街にはまだ早いだろ」

「いや、需要はある。人の好みは色々だし、何より結構可愛いじゃないか」


 散々馬鹿にされ、咲耶は顔が真っ赤になった。早くここを出たい。

 一方の凪は、勝手に帳場を覗き込み、散乱する依頼書を漁り始める。


「多少危険でもいいから、力仕事と枕営業以外で、何かない?」

「おい、勝手に見るなよ。そうだな、金がいいのは……人探しとか」

「報酬が高いってことは偉い人?」

「ああ。楓野国の宰相の息子が、五日前に霊雨山(れいうさん)の立ち入り禁止区域に狩りに入ったきり、戻らないってんで。父親が懸賞金を積んでんだ。城からも捜索隊を出したがダメでな……ああいや、やっぱりこの仕事はやめた方がいい」

 

 元締めは自分の頭をぐしゃぐしゃと掻いて、依頼書を引っ込めた。


「霊雨山には竜の封印地がある。近づいたやつは、一人も戻って来ねえんだ」


***


 山道は、奥へ進むほど険しくなっていった。頭上を木々が覆い、日の光がわずかに地面へ落ちている。

 危ないからと止められたのに、凪はこの依頼を引き受けてしまった。そもそも凪の旅の目的は、赤竜に会って世界征服の力を得ることだ。お金が稼げて、竜の手がかりも得られるかもしれないこの仕事は、凪にとっては一石二鳥だろう。


「私は、やりたくないわ」


 咲耶は息を切らしながら言った。行方不明者は助けたいが、凪の目的に協力するのは死んでもごめんだ。


「お金をなくしたのは咲耶でしょ」

「そうですが、この仕事でなくてもいいはずだもの」

「じゃあ色街でも行く?」

「凪」


 咲耶は深い草むらに沈む足を止めた。透明にも、濁っているようにも見える凪の瞳を、真っ直ぐに見上げる。


「あなたはどうして、世界を征服したいの?」


 忍びとして人に使われる生き方が嫌だから? 為政者への恨みがあるから? せめて、理由があってほしいと思ってしまう。


「……楽しそうだから?」


 他人事のように凪が答えた。そもそもこの問いを深刻に受け止めていない。その態度が、咲耶の逆鱗に触れた。


「そうですか、もういいです」


 凪のことを少しでも知りたいと思った自分が馬鹿だった。咲耶は刀を握りしめ、大股で歩き始める。凪は立ち止まったまま、黙って咲耶に追い越された。


「咲耶」


 背後から、凪が呼び止める。


「これは君の仕事だから、俺は手を貸さない。自分で頑張って」

「……! あなたが勝手に仕事を選んだくせに。よくもいちいち、腹の立つことを言いますね」

「わー、怒ってる」

「当たり前でしょう!」


 顔も見たくないと思ったのに、憤りのあまり振り返ってしまった。だがそこには、軽薄とはまるで違う表情の凪がいた。


「自分でなんとかして。でも、本当に危なくなったら、俺を呼んで。凪さん、助けてくださいって」


 その声には、何かを断ち切ることを惜しむような、かすかな寂しさが滲んでいた。


「……そんなこと、絶対言いたくありません」


 咲耶が小さく答えると、凪はふっと笑った。それから、いつになく真剣な顔で咲耶を見る。


「うん、そうだよね。宿敵に命乞いなんて。だから君は俺に頼らず、必死で戦うはずだ。自分の力で」


 咲耶は黙って凪を見つめた。咲耶がそう答えることを初めからわかっていたようで、なおさら腹が立つ。


「わかりました」


 咲耶は凪から顔をそらし、一人で先へ進んだ。


 しばらく歩いていると、やがて道らしい道もなくなった。木の根が地表から露出し、その上に落ち葉が降り積もっている。遠くで小川が流れる音がするのだが、その方向を見やると、門構えのような二つの大木に紙垂(しで)が掛けられていることに気がつく。

 ここから先が、立ち入り禁止区域なのだろう。咲耶は足を止め、周囲を見回した。

 竜の封印地。近づいた者は、一人も戻ってこない。この先に、もし本当に竜がいるのなら、自分に太刀打ちできる相手なのだろうか。


(あれ……草むらに何か落ちてる)


 近づいてみると、それは革袋だった。中身は空っぽだが、財布だろうか。


(あまり汚れていない。落とされたのは最近だわ)


 咲耶はさらに、紙垂の向こうに進んでいく。よく見れば、土にはいくつもの足跡が残っていた。獣のそれではない。人間の履き物の形をしている。

 何者かが、ここを通ったのは間違いない。竜の仕業なのか。それとも……。


 やがて、木々の向こうに切り立った岩壁が見えてきた。苔に覆われた岩肌の下に、ぽっかりと暗い穴が口を開けている。洞窟だった。

 咲耶は息を潜め、入口に身を寄せた。暗闇の奥から、かすかな音が聞こえる。


「うう……」

 

 人の声だ。目を凝らすと、洞窟の中には何人もの人間が縄か何かで縛られ、横たわっている。ひどい怪我をしているのだろうか。血の匂いで鼻が捩れそうだ。


(本当に、竜がこんなことを?)


 疑念を持った瞬間、背後で草を踏む音がした。


「おーい、誰だあ?」


 咲耶は震えながら振り返った。山の中から現れたのは、一人の大男だった。分厚い肩に、丸太のような腕。手には、刃の大きな鎌を握っている。


「女の子かあ。珍しいねえ」

「あ、あなたがみんなを閉じ込めているの? 一体何のために」

「赤竜様にお供えするんさ。今夜は満月だから、儀式をするんよ。女の子は珍しいから、きっと喜ばれるでよお」

「お供えって……」


 咲耶の言葉は聞かず、大男は鎌を振り下ろした。瞬間、咲耶は横に飛び退く。


「おっとお?」


 男が首を捻る。咲耶は既に脇差を構えていたが、その手は震えている。明らかな体格差と体力差。まともに斬り合えば勝ち目などない。


「女の子はお淑やかでなくっちゃあ」


 男がもう一度鎌を振るが、咲耶はまたしても身をかわした。大きな刃が地面に食い込み、鈍い音を立てる。


「ちいっ」


 鎌を再び持ち上げようと、男の体が前へ傾く。その一瞬を、咲耶は見逃さなかった。咲耶は男の懐へ飛び込み、鎌を持つ腕に刀の峰を打ちつけた。


「ぐっ!」


 男が腕を引いた。鎌の軌道が逸れ、体勢が崩れる。咲耶はその脇をすり抜け、男の背後へ回った。


「動かないで!」


 男が目を丸くして咲耶を見上げる。咲耶は荒い息を繰り返しながら、男の喉元に刃を突きつけていた。


(勝った……!)


 自分でも信じられない。紛れもなく、凪に毎日叩き込まれた、強い相手の攻撃を受け流す技術のおかげだった。


「死にたくなければ、武器を捨てて山を降りなさい。これ以上誰かを傷つけるなら、私は絶対に……」


 その時。


「うごっおお……」


 大男が突然、血を吐いて倒れた。無論、咲耶は何もしていない。一体どういうことかという混乱と、目の前の真っ赤な惨状への吐き気で、咲耶は真っ青になって口元を手で塞ぐ。


「あー悪い、おっさんが邪魔で見えなかったからさ。でも、今ようやく見えたわ」


 その若い声は、頭上から降ってきた。次の瞬間、咲耶の目と鼻の先に、上下逆さまになった顔が現れる。


「お姫様、みーっけ」


 彼は木の枝に脚をかけ、コウモリのようにぶら下がっている。初めて会った時に凪が来ていたのと同じ黒装束。忍びだ。


「あはっ、泣いてんの? かわいそうだねー」


 異様に開いた瞳孔が、この男の異常性を物語っているように思えた。逃げなければ。このままでは死ぬとわかっているのに、咲耶は体が動かない。


「せっかく会えたけど、じゃあね、さよなら」


 刃物が風を斬る音。もう無理だ、と咲耶は目を瞑る。

 だが、咲耶の命は終わらなかった。


「だめだよ咲耶。今のは、俺を呼ばないと」


 咲耶ははっと目を開く。凪が刀を握る片手で相手の攻撃を止めながら、咲耶の体を腕に抱えていた。


「久しぶり。元気だった、翡翠(ひすい)?」


 名を呼ばれ、翡翠はニヤリと笑った。

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