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第2話 殺し方を、教えてあげる

「永遠に……」


 寝言のようにぼんやり、凪が鸚鵡返しをした。老僧がゆっくりと頷く。


「あなたは、加護、というものをご存知ですか?」

「カゴ……言い伝えの?」

「ええ。遥か昔、この地では神と人間が共存しておりました。やがて神々は去りましたが、その際に一部の人間と契約を交わしたのです。『我を祀る代わりに、加護を授ける』と」


 その加護を授かった者たちが、各国の領主の先祖なのだという。緋前国を治めた九条家も、その一つ。所詮は、領主たちが統治を正当化するための、創られた歴史物語のはずである。


「神の加護と申しても、本来はささやかなもの。豊かな実り、災いを避ける勘、戦で勝つための知恵……こうした、ほんのわずかな幸運をもたらす程度に過ぎませぬ。しかし、九条家にゆかりのある『赤竜』だけは、違いました。


 老僧は濁った眼の奥をかげらせ、凪の後ろ姿を映す水面に視線を落とした。


「赤竜は適切に祀られることなく長きにわたって棄て置かれ、激しい憎悪とともに『邪神』へと堕ちました。ゆえに、他の神々が授ける加護とは全く異質な、呪わしい力を生み出すのです」


 死に際の九条貞盛の異様な言動や、何より背中の奇妙なアザのことを思えば、老僧の話には説得力があるというものだ。ただそれでも、呪いだの獣になるだの、凪はすぐには得心できない。


「まあ……死ねないのは、困るかな」


 凪は投げやりにそう呟いた。この仕事を始めた当初は、生きたかったのだと思う。でも今は、全てが終わる日を心待ちにしている自分がいる。選択を先送りにしているうちに、未来永劫の生を承るとは、皮肉なものだ。せめて咲耶にでも、殺されればよかったのに。


「で、そもそも、あんたは何者? ただのお坊さんでもないよね」

「私は源庵(げんあん)と申します。かつてこの社で、赤竜を祀っていた者です」


 源庵の指差す先を見ると、本殿の傍にひっそりと、くたびれた祠が佇んでいる。龍が天に昇っていく様を表す彫刻に、蔦が幾重にも巻き付いていた。


「この七十年、代々の為政者に加護が受け継がれる様を、私は見てまいりました」

「なるほど、だから詳しいと。じゃあ、あんたが俺ならどうする?」

「私なら、赤竜を探します」

「は?」

「加護をかけた当人、つまり赤竜に呪いを解いてもらう他、方法はありません」

「いやいや、どうやって」


 その時、伽藍(がらん)の影から、こそっと小さな顔が裏庭を覗いた。凪が誰かと話し込んでいる気配を察したのだろう。咲耶が幼い顔に警戒と戸惑いを浮かべて、こちらを伺っている。

 老僧は落ち窪んだ目を見開き、その視線が凪から咲耶へ、そして咲耶から再び凪へと、ゆっくり往復した。


「あなた方は……」


 老僧は何かを察したのかもしれないが、そのまま口をつぐむ。次の瞬間、凪の手から咲耶めがけて、かざぐるまのような何かが飛んだ。


「……っ!?」


 咲耶が悲鳴を発するまもなく、彼女の背後、伽藍の柱に手裏剣が突き刺さった。正確には、咲耶を捕獲しようとしていた曲者の右肩越しに。


「ぎゃあっ!」


 絶叫が境内の静寂を打ち破った。続けて、伽藍の陰から五人の男が飛び出してくる。凪と同じ、葛城衆の忍びだ。


「ちくしょう」


 柱に縫い付けられた男が、肩から手裏剣を引き抜く。しかしそれより早く、凪の姿は井戸端から消えていた。音も立てず、竹林の木漏れ陽を影だけが滑る。


「凪のやつ、どこに……」


 男たちが視線を泳がせた、その一瞬。

 凪の姿が消えた。

 次の瞬間、一人目が喉を押さえて崩れ落ちる。凪は倒れる体を踏み台に跳び、二人目の脇をすり抜けざまに刃を走らせた。三人目が振り向くより早く、その急所にも脇差が届く。


「くっ……!」


 残った二人が腰を抜かしかけ、なりふり構わず刀を振り回す。凪は、咲耶を背にかばう間合いへすんなりと滑り込み、脇差で攻撃を受け止めた。


「任務は終わったのに、何が目的?」


 凪が冷静に問うと、葛城衆の忍びたちは血走った目で睨み返す。


「そのガキだよ! 領主も息子も死んだ今、力の継承者はそいつだから、殺しとけって。よくわかんねえけど、雇い主の命令だ。お前も協力しろ、凪」

「ええ……二連勤はしたくない……」

「ふざけてる場合か! 背くならお前も殺す!」

「そう。それは残念だ」


 冷酷な視線が、かつての仲間達の切羽詰まった表情を射抜いた。その時にはすでに、凪の刃は最小限の動きで、二人の息の根を止めていたのである。どさっ、と男たちの体が落ちる音が、境内に鈍く響いた。


「……さて」


 ため息を吐き、凪は静かに振り向く。

 そこでは咲耶が、瞳を大きく見開いて立ち尽くしていた。肩が、少し震えている。


「あれ、昨日はあんなに威勢が良かったのに……怖かった?」


 凪はくすっと笑うと、そっと咲耶の目の前に手を伸ばした。咲耶はびくっと体を跳ね上がらせたが、その表情は次第に、恐怖から戸惑いを帯びたものに変わった。凪の掌が、咲耶の頬についた返り血を拭っていたからである。

 咲耶の肌が白く戻ったのを確認すると、凪は境内を軽く見回した。あの源庵という老僧の姿は、もうどこにもない。抗争が始まった時点で逃げ出したのだろう。彼は一体ここに何をしに来ていたのか。謎の多い坊主だ。


「これから俺は、赤竜探しの旅に出る」


 遠くの空を見上げて、凪が他人事のように言った。


「赤竜の加護を受ければ、最強になれるらしい。そしたら、この世界、征服できるかも」


 それを聞いた咲耶の表情は、怒りと侮蔑の色に溢れる。


「私、絶対にあなたを殺します」

「そう。じゃ、殺し方は教えてあげる。だから……」


 凍てついた咲耶の眼差しに視線を落とし、凪は空虚に笑った。


「死ぬ気でついてきて」


 九条貞盛の本性、凪が受けた呪い。そして、咲耶が加護を継承していること。

 咲耶には何も教えなかった。教える必要はきっとない。


「あなた、嫌いっ!」


 咲耶が、凪に馬鹿にされたと思って憤り、護身用に隠し持っていたらしい小刀を、不器用に振りかざした。凪は避けるのではなく、正面から刃を掌で受けとめて握った。


「!?」


 戸惑う咲耶の目の前で、凪の拳から鮮血が滴る。

 呪いがあるうちは、凪は何をされても死ぬことができない。だから、咲耶に殺されるとしたら、呪いを解いてからだ。それまで、咲耶を追っ手から守らねばなるまい。


「……よし、決まり」


 凪は今度は、どこか優しく微笑んで、咲耶に背を向けた。

 この時の咲耶は知らなかった。凪の掌から赤黒い霧が立ち、瞬く間に傷が塞がったことを。傷跡に、鱗のごとき硬い繋ぎ目が走るのを、凪は死人のような瞳で凝視していた。

次から咲耶視点で話が展開していきます

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