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農業大学生、異世界で皇帝に呼ばれる――「迷い鳥」は国を変える  作者: 水源


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帝都へ戻りましょう

 翌朝。


 私は倉庫の扉を開けた。


「……寒いな」


 朝の空気が、ひやりと肌を撫でる。


 倉庫の中には、昨日収穫したサツマイモの箱が並んでいる。


 私は一つずつ蓋を開けて、中を確認していった。


「昨日の記録を見せてください」


「はい!」


 若い農夫が、慌てて帳面を差し出した。


「温度、湿度、箱ごとの状態……全部、記録しています」


「ありがとう」


 私は帳面をめくった。


 表面の傷。

 腐敗の有無。

 変色。

 柔らかくなっていないか。


 箱ごとに、細かな記録が残されている。


 まだ一日目だ。


 だから、大きな変化はない。


 それでも――。


「こうして記録を残すのは大切です」


 私は箱の中のサツマイモを一つ手に取った。


「保存実験は、収穫した瞬間から始まっていますから」


「収穫した後も……ですか?」


「はい」


 私は頷く。


「どれだけたくさん採れても、冬までに腐ってしまえば意味がありません」


 農夫が、なるほど、と頷いた。


 私はサツマイモを箱に戻した。


 そして、ふと思う。


 今まで私は、畑ばかり見ていた。


 どの土地に、どんな作物を植えるか。

 どんな肥料を使うか。

 どれだけ収穫できるか。


 けれど――。


 収穫した後はどうする?


 どこへ運ぶ?


 どう保存する?


 余ったらどうする?


 加工できるのか?


 市場まで運べるのか?


「……農業は、畑だけでは終わらない」


 思わず、口から言葉が漏れた。


「え?」


「いえ」


 私は首を振る。


「まだ考え始めたばかりです」


 けれど、その考えは頭から離れなかった。


 農業は繋がっている。


 種を蒔く。

 育てる。

 収穫する。

 保存する。

 加工する。

 運ぶ。

 売る。


 どこか一つが駄目でも、全体が止まる。


「……だから、見なければならない」


 私は帳面を閉じた。


「畑だけではなく、その先まで」


     ◇


 数日後。


 私は、三つの村から送られてきた報告書を机の上に並べていた。


 一つ目は、トウモロコシを試験導入した村。


 二つ目は、水の少ない土地でサツマイモとジャガイモを育て比べた村。


 三つ目は、豆類を取り入れた輪作を試した村。


 結果は――見事にばらばらだった。


「トウモロコシは、かなり良かったですね」


 隣に立つフェルディナントが言った。


「はい」


 一番目の村では、トウモロコシが予想以上によく育っていた。


 もともと比較的水に恵まれ、夏にも雨が降る土地だったことも大きいのだろう。


 収穫量も増えた。


 何より――。


「村の人たちが喜んでいました」


 私は報告書をめくった。


 そこには、農民の言葉も記されている。


『今年は、子供にも腹いっぱい食わせられそうだ』


 その一文で、胸が少し熱くなった。


 数字だけでは分からない。


 収穫量が増えた。


 それによって、誰かの食卓が変わる。


 それこそが、農業改革の意味なのかもしれない。


 しかし――。


「全部が上手くいったわけではありません」


 私は二枚目の報告書を手に取った。


「ジャガイモに問題が出ています」


「どのような?」


「一部の畑で、生育にばらつきがあります」


 収量が落ちた区画もあった。


 原因はまだ分からない。


 土壌かもしれない。


 水分かもしれない。


 以前、その畑で何を育てていたのかという問題もある。


 種芋の状態かもしれない。


 害虫や病気の可能性だってある。


 だが――。


 私には、一つ心当たりがあった。


 おそらく、気温だ。


 ジャガイモは、冷涼な気候を好む作物である。


 この土地がジャガイモの栽培に適した気候ではなかった可能性は、十分に考えられた。


 それでも――。


「まだ、原因を決めつけることはできません」


「同じ村の中でも、畑によって違うのですね」


「ええ」


 私は頷いた。


「だからこそ、面白いんです」


 そして、同じ報告書の次の頁を開く。


「こちらはサツマイモです」


「……こちらは、かなり良いですね」


「はい」


 水の少ない土地。


 雨が少なく、これまで麦では安定した収穫を得にくかった畑だ。


 だが――サツマイモは、その土地で予想以上の結果を出していた。


 農民からの追記には、こう書かれていた。


『これまで水の少ない畑では収穫が安定しなかったが、今年は土の中から想像以上に芋が出てきた』


 さらに下には、別の一文。


『来年は、もっと植えてみたい』


 私は、その文字をしばらく見つめた。


 きっと、この農民は来年の畑を思い浮かべている。


 どこに植えるか。


 どれだけ植えるか。


 家族をどう養うか。


 去年までとは違う未来を考えているのだ。


「同じ土地でも、作物によって結果が違う……」


 フェルディナントが、報告書を見ながら呟いた。


「そうですね」


 私は頷いた。


「だからこそ、帝国中の畑に同じ作物を植えればいい、という話ではありません」


 私は三枚の報告書を見た。


 トウモロコシ。


 サツマイモ。


 ジャガイモ。


 そして、豆と輪作。


 結果は、すべて違う。


 それが、むしろ面白かった。


「同じ作物を植えても、同じ結果になるとは限らない」


 私は静かに言った。


「土地が違う。水が違う。気候が違う。そして、農民のやり方も違う」


 フェルディナントが頷く。


「では、帝国全土に一律に広めるのは……」


「まだ早いです」


 私は即答した。


「一年だけ良かったからといって、国中の畑を変えるのは危険です」


 農業は、失敗すれば食料がなくなる。


 実験と違って、取り返しのつかない失敗になることもある。


「最低でも、複数年の記録が必要です」


「……慎重ですね」


「慎重にならざるを得ません」


 私は苦笑した。


「農民の生活がかかっていますから」


 そして、ふと気づく。


 これまで私は、「良い作物を見つければいい」と思っていた。


 だが、違う。


 必要なのは――。


 土地ごとの適性を調べること。


 失敗を記録すること。


 保存方法を確立すること。


 収穫後の加工を考えること。


 そして、運べる仕組みを作ること。


 農業改革とは、畑に新しい作物を植えるだけではない。


 その土地に合った作物を見つけ、その作物が、人の口に入るまでのすべてを整えることなのだ。


「……やることが、増えましたね」


 私が呟くと、フェルディナントが苦笑した。


「最初から多かったと思いますが」


「そうでしたっけ?」


「そうですよ」


 思わず、二人で笑った。


 だが――。


 その笑いは、長く続かなかった。


「失礼いたします!」


 扉が勢いよく開いた。


 入ってきたのは、帝都からの使者だった。


 息を切らしている。


 服には長旅の汚れがついていた。


「迷い鳥様」


「何でしょう?」


 使者は、深く頭を下げた。


「皇帝陛下より、急ぎの召喚命令が届いております」


 部屋の空気が変わった。


「皇帝陛下から?」


「はい」


 私は眉を寄せた。


「農業の報告についてですか?」


「……いいえ」


 使者の声が、ほんの少しだけ低くなる。


 そして、数瞬の沈黙の後。


「農業とは別件でございます」


「では、何のことでしょう?」


 使者は一度、視線を伏せた。


「……私から申し上げることは許されておりません」


 そして、もう一度頭を下げる。


「ただ――」


 そこで使者は言葉を切った。


「帝国の未来に関わることである、とだけ」


 私は黙り込んだ。


 せっかく見えてきた、農業改革の次の一手。


 土地ごとの適性。


 輪作。


 保存。


 加工。


 流通。


 これから、まだまだ試さなければならない。


 だというのに――。


「……皇帝陛下には、逆らえませんね」


 私は椅子から立ち上がった。


「帝都へ戻りましょう」


 農業改革の実験は、まだ始まったばかりだ。


 けれど。


 どうやら私は、その途中で――。


 帝国そのものを揺るがす何かに、呼び出されたらしい。

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