来年は、俺の畑でも
ジャガイモの収穫から数日。
私は、試験畑の中を歩いていた。
ジャガイモは上々。
だが――。
「……こっちは、どうだ?」
目の前に広がっているのは、サツマイモの畑だった。
葉が地面を這うように広がっている。
「ジャガイモとは、ずいぶん違いますな」
マルク伯がしゃがみ込み、葉を眺める。
「ええ」
「こちらも、地面の下にイモが?」
「そのはずです」
「そのはず?」
「実際に掘ってみるまでは分かりません」
私がそう答えると、マルク伯が苦笑した。
「慎重になられましたな」
「ジャガイモで少し学びましたから」
私は笑う。
知識がある。
経験もある。
けれど、それだけでは十分ではない。
だから――。
「掘ってみましょう」
「今ですか?」
「今です」
農民たちが集まってくる。
「ここを掘ってください」
「分かりました」
鍬が土へ入る。
ザクッ。
土が崩れる。
「……何かあります!」
「そのまま、ゆっくり!」
周囲から声が飛ぶ。
そして――。
「出ました!」
土の中から、細長いイモが姿を現した。
「おお……!」
「これがサツマイモですか」
農民たちが目を丸くする。
私は思わず笑った。
「成功です」
「ジャガイモとは形が違いますな」
「ええ」
一本。
また一本。
土を掘るたびに、サツマイモが姿を現していく。
「これは、なかなか……」
マルク伯が感心したように呟く。
私は収穫されたイモを手に取った。
ずっしりと重い。
「問題は、ここからです」
「まだ問題が?」
「ええ」
私は農民たちを見る。
「どれくらいの手間が必要だったか」
「水はどれだけ使ったか」
「どんな土地でよく育つか」
「そして――どれだけ保存できるか」
農民たちは、また帳面を取り出した。
こうして一つずつデータを積み上げていく。
それが、この畑の役目だ。
「それと……」
私はサツマイモを見つめた。
「これは食べ方も考えないといけませんね」
「食べ方?」
「はい」
ジャガイモとは違う。
煮るのか。
焼くのか。
蒸すのか。
保存するならどうするのか。
農民が育ててくれるだけでは駄目だ。
食卓に乗らなければ、本当の意味で広まったとは言えない。
◇
その日の夕方。
サツマイモを焼いてみた。
火の中へ入れて、じっくり待つ。
しばらくすると――。
「甘い匂いがしますな」
マルク伯が鼻を動かした。
「ええ」
私は焼き上がったサツマイモを取り出す。
皮を割る。
中から、黄色く柔らかな身が現れた。
「……どうぞ」
農民たちへ渡す。
一口。
「…………」
全員が黙った。
「どうです?」
「甘い」
最初に声を上げたのは、若い農民だった。
「甘いです!」
「本当か?」
別の農民も食べる。
「これは……菓子みたいだ」
その言葉に、私は笑った。
「でしょう?」
食料としてだけではない。
これは嗜好品にもなる。
飢えを満たすだけでなく、食事そのものを少し楽しくできる。
「売れるかもしれませんな」
マルク伯が言った。
「ええ」
私は頷いた。
「そこも重要です」
農民が、自分で育てたものを売って収入を得る。
それができれば、作付けは自然に広がっていく。
国が命令するより、その方がずっと強い。
◇
だが。
私たちがサツマイモの成功を喜んでいる間にも――。
「迷い鳥様!」
別の農民が駆けてきた。
「トウモロコシが!」
「何かありましたか?」
「見てもらいたいんです!」
嫌な予感がする。
私は急いで畑へ向かった。
「……これは」
目の前に立つ。
青々とした茎。
高く伸びた葉。
そして、その先に――。
「実ができています!」
農民が叫んだ。
トウモロコシの穂が、いくつもついていた。
「おお!」
マルク伯が声を上げる。
「こんなに大きくなるとは……」
試験畑の中でも、ひときわ目立っている。
「一体、どれだけ取れるんでしょう」
農民の目が輝く。
「それを確かめるんです」
私は穂を一つ手に取った。
ずっしりと重い。
「収穫しましょう」
◇
トウモロコシの収穫は、ジャガイモとは違った。
地面を掘る必要はない。
茎から穂をもぎ取る。
「こっちにもあります!」
「まだありますよ!」
「籠を持ってきてください!」
次々と収穫されていく。
山になっていくトウモロコシ。
私はその量を見て、思わず息を呑んだ。
「……これは」
記録係が計量する。
「量が多いです」
「麦や雑穀と比べると?」
「まだ計算中ですが間違いなく多いです」
私は頷く。
「きちんと比較しましょう」
収穫量だけではない。
食べられる部分。
茎や葉の利用。
乾燥させた場合。
保存した場合。
家畜に与えた場合。
調べることはいくらでもある。
そこへ、一人の農民がやって来た。
「これ、家畜に食わせられるんですよね?」
「ええ」
「なら――」
農民は嬉しそうに笑った。
「今年は、牛を一頭多く飼えるかもしれません」
その言葉に、私は胸が熱くなった。
視察で見た牛たち。
飼料が足りず、売られていった家畜。
あの問題が、ここで少しだけ繋がった。
「ただし、全部を飼料にしないでください」
「分かっています」
「本当に?」
「だって、これ……食べられるんでしょう?」
農民がニヤリと笑う。
「もちろんです」
私は思わず吹き出した。
◇
その晩。
今度はトウモロコシを茹でた。
「熱いので気をつけてください」
湯気を上げる穂を手渡す。
農民が恐る恐るかじる。
「……甘い」
「これも甘いんですか?」
「ええ」
次々と口に運ばれていく。
「うまい!」
「これは子供が喜びそうですな」
「家畜に食わせるのが惜しくなるな」
その言葉に、私は笑った。
「だから、分けるんです」
食用。
飼料。
加工。
一つの作物に、一つの役目しか与えない。
そんな必要はない。
「この国には、まだまだ足りないものがある」
私は畑を見渡した。
食料。
飼料。
現金収入。
保存食。
「なら、一つの畑からできるだけ多くの価値を引き出せばいい」
これは単なる作物の変更ではない。
農業そのものを変える試験なのだ。
◇
しかし――。
「迷い鳥様」
記録係が帳面を抱えてやってきた。
「どうしました?」
「計算が出ました」
「もう?」
「はい」
私は帳面を受け取る。
ジャガイモ。
サツマイモ。
トウモロコシ。
麦。
えんどう豆。
ソバ。
収穫量。
必要労働力。
水。
肥料。
数字が並んでいる。
私は一つずつ目を通した。
「……なるほど」
「どうですか?」
マルク伯が尋ねる。
「まだ結論は出せません」
「そうでしょうな」
「でも――」
私は帳面を閉じた。
「試す価値はあります」
「それにこれ、食べる以外にも使えます」
「飼料ですか?」
「それもあります。でも――お酒にもできます」
とマルク伯が驚く。
「葡萄がワインにできるように、大麦がビールになるようにです」
**「食料を増やすだけじゃない。農産物そのものに価値を付ける事もできるんですよ」**
「なるほど」
少なくとも。
この土地でも、新しい作物は育つ。
それが分かっただけでも大きい。
けれど。
本当の勝負は、ここからだ。
「次は?」
マルク伯が尋ねる。
私は畑を見た。
まだ土の中には、収穫を待っているものがある。
そして、収穫された作物にも仕事が残っている。
「保存」
私は答えた。
「それから、種を残す方法です」
「種?」
「来年も植えるためのものです」
今年、一度だけ成功したところで意味がない。
来年も育てられる。
その次の年も育てられる。
農民自身が種を確保し、自分たちの畑へ広げられる。
そこまでできて、初めて農業改革と言える。
私は小さな試験畑を見渡した。
ここから始まった。
ジャガイモ。
サツマイモ。
トウモロコシ。
まだ小さな可能性にすぎない。
けれど――。
その小さな可能性が、やがて国全体の食卓を変えるかもしれない。
「迷い鳥様」
農民が声をかけてきた。
「来年は、俺の畑でも作っていいですか?」
私は振り返った。
「もちろんです」
「だったら、今年のうちに教えてください」
農民は笑った。
「どうすれば、もっとたくさん作れるのか」
その言葉を聞いた瞬間。
私は確信した。
改革は、命令して始まるものではない。
誰かが――。
自分から「やってみたい」と思ったとき。
初めて、本当に始まるのだ。




