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農業大学生、異世界で皇帝に呼ばれる――「迷い鳥」は国を変える  作者: 水源


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農業改革、試験畑から始めます

 王都へ戻る馬車の中で、私は窓の外を眺めていた。


 夕暮れの畑。


 収穫を終えた麦畑。


 牛を連れて家へ戻る農民。


 街道を行き交う荷車。


 昨日までなら、ただの農村風景だった。


 けれど今は違う。


 畑を見るたびに、考えてしまう。


 ――この土地で、もっと収穫を増やせないか。


 ――飢える人を減らせないか。


 ――家畜の餌を増やせないか。


「……試験畑、ですか」


 向かいに座るマルク伯が口を開いた。


「はい」


「本当にやるおつもりで?」


「そのために農村を見て回ったんですから」


 私は即答した。


 視察して。


 問題を見つけて。


 それで終わり。


 そんなことをするために、私はここまで来たわけではない。


「何を植えるおつもりで?」


「まずはジャガイモです」


「例の『イモ』ですな」


「ええ。それからサツマイモ。トウモロコシも試します」


「三つも?」


「一つだけでは危険ですから」


 私は指を折る。


「えんどう豆とソバも植えます」


「ずいぶん多いですな」


「比較するためです」


「比較?」


「収穫量だけではありません。必要な水、肥料、労働力、病気への強さ、保存性……」


 私は一つずつ挙げていく。


「最後に、農民が実際に育てられるかどうかを見る」


 マルク伯が腕を組んだ。


「なるほど」


「ジャガイモやトウモロコシには、もう一つ期待しています」


「家畜の餌ですか」


「はい」


 その瞬間、脳裏に浮かんだのは、今日見た畜産村だった。


 干し草の足りない納屋。


 痩せた家畜。


 売られていく若い雄牛。


 飼料が足りない。


 ならば――。


 飼料を増やせばいい。


 単純な話だ。


 ただし。


「この土地で育てば、ですけど」


 私は付け加えた。


 前世で知っている作物だからといって、この世界でも同じように育つ保証はない。


 土が違う。


 気候が違う。


 雨も違う。


 農民の技術も違う。


 だから――。


「……試すんです」


「失敗したら?」


「原因を調べます」


「成功したら?」


「もっと広い畑で試します」


「それでも成功したら?」


「農民に紹介します」


 マルク伯が笑った。


「ずいぶん気の長い話ですな」


「農業ですから」


 私も笑う。


「一日で結果が出るなら、誰も苦労しませんよ」


 ◇


 翌日。


 私はフェルディナントさんのもとを訪ねた。


「試験畑?」


「はい」


 説明を終えると、フェルディナントさんは地図を広げた。


「どこに作るおつもりで?」


「王都から近い場所がいいです」


「なぜ?」


「農民に見てもらいたいからです」


「なるほど」


「それと、できれば土質の違う場所を二つ」


 フェルディナントさんが顔を上げた。


「二つ?」


「同じ作物でも、土地によって結果が変わるかもしれません」


「……比較するわけですか」


「はい」


 フェルディナントさんはしばらく地図を眺めていた。


 やがて、王都の南を指差す。


「ここならどうでしょう」


「ここは?」


「痩せた土地と、水のよい土地が近い」


 私は地図を覗き込んだ。


「ここを借りられますか?」


「手配しましょう」


「ありがとうございます」


「ただし――」


 フェルディナントさんが私を見る。


「失敗しても報告してください」


「もちろんです」


「成功した結果だけを並べるのではなく、失敗も含めて」


「はい」


 私は頷いた。


「失敗した理由が分かれば、それも成果ですから」


 フェルディナントさんは、満足そうに笑った。


「なるほど。ますます面白くなってきましたな」


 ◇


 数日後。


 小さな畑が完成した。


 広さは、普通の村の畑よりずっと狭い。


 けれど――。


 私には、広大な実験場に見えた。


「ここにジャガイモ」


 私は畝を指差す。


「隣にサツマイモ」


「はい」


「その向こうがトウモロコシ」


 記録係が帳面へ書き込んでいく。


「麦、えんどう豆、ソバも植えます」


「比較するためですか?」


「そうです」


 収穫量。


 水。


 肥料。


 労働力。


 病気。


 保存。


 そして――利益。


 ただたくさん収穫できればいいわけではない。


 農民が育てられなければ意味がない。


 売れなければ意味がない。


 保存できなければ、冬を越せない。


 食料とは、畑から取れた瞬間に完成するものではない。


「ずいぶん細かく見るんですね」


 隣にいた若い農民が言った。


「全部必要です」


「こんな小さな畑で、分かるんですか?」


「全部は分かりません」


 私は笑った。


「でも、次に何を試すべきかは分かるかもしれません」


「次?」


「一度で全部分かるなら、試験なんて必要ありませんから」


 農民が笑った。


「違いねえ」


 私は畑を見る。


 土。


 種。


 道具。


 人手。


 どれも特別ではない。


 それでも――。


 ここから始める。


「では、植えましょう」


 ◇


 最初に芽を出したのは、ジャガイモだった。


「おお……!」


 数週間後。


 畑の土から、小さな緑色の芽が顔を出していた。


 農民たちが集まってくる。


「本当に芽が出ましたな」


「これがイモになるんですか?」


「ええ」


「でも、地面の上には何もない」


「食べる部分は地面の下です」


「へえ……」


 農民たちが興味深そうに葉を眺める。


 そのときだった。


「なら、この葉っぱは?」


 一人の農民が葉に手を伸ばした。


「待って!」


 私は慌てて腕を掴んだ。


「それは食べないでください!」


「え?」


「ジャガイモは、食べる部分を間違えると危険です」


 農民たちの表情が変わる。


「危険?」


「芽や緑色になった部分は駄目です。葉も食べないでください」


「……毒があるんですか?」


「そういうことです」


 私は畑を見渡した。


 そこで気づく。


 これは、かなり重要な問題だ。


 作物を育てる方法だけ教えても駄目だ。


逆にさつまいもの葉っぱは、しっかりアク抜きや加熱をすることで、モロヘイヤのような粘りとクセのない味わいでおいしく食べられるようになる。


 どこを食べるのか。


 どこを食べてはいけないのか。


 どう調理するのか。


 どう保存するのか。


 そこまで教えなければ――。


 この作物は普及しない。


「収穫したら、料理も試しましょう」


「料理まで?」


「当然です」


 農民たちが顔を見合わせる。


 私は苦笑した。


 種を渡して終わり。


 そんな改革では駄目なのだ。


 ◇


 ところが。


 問題は、それだけではなかった。


「迷い鳥様!」


 翌月。


 農民が血相を変えて駆けてきた。


「虫が!」


「虫?」


「ジャガイモが食われています!」


 私は急いで畑へ向かった。


 そこには――。


 穴だらけになった葉があった。


「……なるほど」


 簡単にはいかない。


 作物が育つ。


 それだけで成功ではない。


「どのくらい前からです?」


「三日前くらいから」


「雨は?」


「昨日降りました」


「肥料は?」


「三日前に入れました」


「記録を見せてください」


 私は帳面を開く。


 天気。


 水やり。


 肥料。


 害虫。


 被害の範囲。


 全部記録する。


「迷い鳥様、そんなことまで?」


「必要です」


 私は食われた葉を手に取った。


「原因が分からなければ、次も同じことになりますから」


 前世の知識だけでは足りない。


 この世界の農業は、この世界で学ぶしかない。


 だったら――。


 最初から全部、記録してやる。


 ◇


 そして、さらに数週間。


「……高い」


 今度は私が呟いた。


 目の前では、トウモロコシが青々と伸びていた。


「これは……」


 マルク伯も言葉を失っている。


「麦より、ずっと高いですな」


 周囲の農民たちも集まってきた。


「本当に食べられるんですか?」


「ええ」


「家畜にも?」


「はい」


「なら――」


 一人の農民が目を輝かせた。


「飼料にできますな!」


 私は頷いた。


 そうだ。


 これだ。


 畜産村で見た、あの問題。


 干し草不足。


 飼料不足。


 家畜を減らさなければならない状況。


 もしトウモロコシで飼料を増やせれば――。


 畜産そのものを変えられるかもしれない。


「ただし」


 私はすぐに釘を刺した。


「全部を飼料にしてはいけません」


「なぜです?」


「人間も食べられるからです。

 実際雑穀の代わりに食べている人たちがいます」


 農民が首を傾げる。


 私は笑った。


「一つの作物を、一つの用途だけで考えないんです」


 食料。


 飼料。


 加工。


 用途を分ける。


 そうすれば、一つの作物から得られる価値はもっと増える。


 視察で見てきた問題が、少しずつ一本の線に繋がっていく。


 ◇


 そして――。


 最初の収穫の日が来た。


「掘ってください」


 私の声に、農民たちが畑へ入る。


 鍬が土に入った。


 ザクッ。


「……あ」


 最初の一個が顔を出した。


「イモだ!」


「本当にできてる!」


 土を掘る。


 一つ。


 二つ。


 さらに掘る。


「まだあるぞ!」


「こっちにも!」


 次々とジャガイモが姿を現す。


「おおおおっ!」


 歓声が上がった。


 私も思わず笑ってしまう。


「やりましたね」


「こんなに取れるとは……!」


 農民たちがジャガイモを抱えて笑っている。


 その光景を見て、胸が熱くなった。


 成功だ。


 少なくとも――。


 最初の試験では、成功した。


 だが。


「待ってください」


 私は収穫されたジャガイモを一つ手に取った。


「まだ終わってません」


「え?」


「収穫量を測ります」


 農民たちが固まる。


「麦と比較します」


「……はい」


「それから、保存します」


「保存?」


「どれだけ冬まで残せるか調べます」


 さらに。


 必要だった労働量。


 肥料。


 水。


 病害虫。


 収穫後の損失。


 調べることは、まだ山ほどある。


 ◇


 その日の夕方。


 小さな鍋でジャガイモを茹でた。


 湯気が立ち上る。


 私は一つを割った。


 白く、ほくほくした中身が顔を出す。


 そこにバターを乗せる。


 農民たちは黙って見つめている。


「……いただきます」


 一口。


「うん」


 バターとジャガイモの素朴な味だった。


 けれど――。


「うん、美味しいし、これなら、いける」


 私は隣の農民へ渡した。


「食べてみてください」


「私が?」


「ええ」


 恐る恐る口に入れる。


「……」


 しばらく黙ったあと。


「たしかにうまいし、腹が膨れますな」


 私は笑った。


「そこが一番大事です」


 豪華である必要はない。


 高価である必要もない。


 農民が育てられる。


 食べられる。


 保存できる。


 そして、凶作の年にも役に立つ。


 それだけで――。


 十分な価値がある。


「もう一つ、食べても?」


「もちろん」


 農民が笑った。


 その笑顔を見ながら、私は思う。


 これが――。


 農業改革の最初の一歩だ。


 まだ小さな畑。


 まだ一度の収穫。


 成功したのは、たった一つの作物。


 それでも。


 土の中から出てきた小さなイモが、確かに新しい可能性を見せてくれた。


「迷い鳥様」


 マルク伯が声をかけた。


「次はどうします?」


 私はジャガイモを見た。


 それから、隣のトウモロコシ畑へ視線を移す。


「次は――」


 一つ成功した。


 だからこそ、次へ進める。


「保存です」


「保存?」


「ええ」


 私はジャガイモを一つ手に取った。


「収穫したあと、どう冬まで残すか」


 そして、ふと思う。


 もしこれを冬まで保存できれば。


 もし凶作の年にも食べられれば。


 もし、麦が不作でもこの作物が残れば。


 ――飢饉の景色を、変えられるかもしれない。


 農業改革は、まだ始まったばかりだった。

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