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農業大学生、異世界で皇帝に呼ばれる――「迷い鳥」は国を変える  作者: 水源


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トウモロコシの可能性

 太陽熱蒸留の実験を終えた翌日、私はローザリンデと一緒に、ロードス島への援軍に必要な物資の一覧を見直していた。


 机の上には、飲料水、ワイン、保存食、医薬品、武器や弾薬など、運ぶ予定の物資が書き出されている。私は食料の欄に目を留め、ペンを手に取った。


「そういえば、援軍に送る食料は、トウモロコシを多めにすることも考えられるんじゃないかな?」


 私が余白に書き加えると、ローザリンデは手を止め、不思議そうに顔を上げた。


「トウモロコシですか? 麦の代わりにするのでしょうか?」


「完全に置き換えるつもりはないよ。まずは、どれくらい用意できるのかを調べたいんだ。国内で必要な分や、来年の種子として残す分まで使ってしまったら困るからね」


「そうですね。現在の在庫と、援軍に回せる量を分けて確認する必要がありますね」


 ローザリンデは物資一覧に調査項目を書き加えた。


「船の積載量も確認しないと。食料をたくさん用意できても、ほかの必要な物資を積めなくなったら意味がないもの」


「船の状況については、マルク伯に相談してみましょう。こちらでは物資の種類と調達先を整理しておきます」


「うん。まずは、どれだけ運べるのかを確認しよう」


 私たちは書類をまとめ、マルク伯のもとへ向かうことにした。


     *


 マルク伯は、船舶や港の情報をまとめた書類を前に、何人かの担当者と相談していた。


 私が入室すると、彼は手元の書類から顔を上げ、こちらへ向き直った。


「渡り鳥殿、どうされましたか?」


「ロードス島への援軍について、船の積載量を確認したいんです。それと、支援する食料についても相談したいことがあります」


「食料についても、ですか?」


 マルク伯は興味深そうに眉を上げ、私が差し出した一覧に目を落とした。


「現時点では、どの港からどれだけの船を確保できるかを確認しております。船主との交渉も必要ですし、商業輸送に使われている船を軍事目的に回すのであれば、ほかの輸送への影響も考えなければなりません」


 彼は地図を机の中央に広げ、港の位置を指で示した。


「船員も必要ですし、船によって運べる量も違います。援軍の人数が定まらなければ、必要な食料や水の量も確定できませんからな」


「そうですよね。それで、食料についてはトウモロコシを多めに加えられないかと思っています。ただ、どれだけ用意できるかは、在庫や国内需要を調べてみないとわかりません」


「承知しました。まずは現在の在庫と今後の国内需要を調べましょう。船の積載量も確認したうえで、援軍に回せる量を検討することにいたします」


 マルク伯は近くにいた担当者を呼び、船の候補ごとの積載量や船員の数、輸送できる食料の種類と量を調べるよう指示した。


「トウモロコシを運ぶ場合、乾燥状態を保つことも大切だと思います。粒のまま運ぶか、粉に加工して運ぶかによって、保存や取り扱いも変わりますから」


「なるほど。その点も輸送担当者に確認させましょう」


 マルク伯は書類に必要事項を書き加えた。


「それから、ロードス島では家畜も飼育されているでしょうから、馬や牛を新たに送る必要はないのではないかと思っています」


「生きた家畜を船で運べば場所を取りますし、航海中の水や飼料も必要になりますからな」


「はい。もし追加する必要があるなら、鶏も候補になるかもしれません。ただ、現地で不足しているのかもわからないので、今は食料そのものを優先した方がよいと思います」


「では、家畜の輸送は現地の状況を確認してから検討しましょう。まずは援軍に必要な物資の確保を優先いたします」


 マルク伯はそう答えると、担当者に調査を進めるよう伝えた。


 船の積載量や国内の在庫を確認するのは、彼らの仕事だ。私は提案した内容が実行可能かどうかを判断できるよう、必要な情報を揃えてもらうことにした。


     *


 マルク伯との話を終えた私は、ローザリンデと合流して物資一覧を整理した。


「トウモロコシについても、在庫と輸送できる量を調べてもらえることになったよ」


「それなら、食料として使う分と、飼料として利用する可能性がある分を分けて記録しておきましょうか」


「うん。実際にどれくらい必要かは、ロードス島側の状況も確認しないといけないね」


 ローザリンデは食料と飼料の項目を分け、必要量がわからない部分には確認待ちの印を付けた。


 私は整理された書類を眺めながら、今回の支援だけでなく、トウモロコシの栽培そのものについても考えていた。


 収穫した作物を援軍に回すだけなら、今回の在庫調査で話は終わる。しかし、トウモロコシには、将来の帝国の農業を変える可能性があるのではないだろうか。


「ローザリンデ。トウモロコシの栽培についても、別に提案してみようと思うんだ」


「帝国で、もっと栽培を広げるということですか?」


「うん。まずは、どの地域なら育つのかを調べて、実際の収穫量を確かめてもらいたいんだ。そこから先は、皇帝陛下やフェルディナント殿下たちに判断してもらう必要があるけどね」


「でしたら、ガッティナーラ様に相談するのがよさそうですね」


「そうだね。説明するための資料をまとめてみよう」


 私たちは援軍の物資に関する書類とは別に、トウモロコシの栽培について検討するための資料を用意することにした。


     *


 その日の午後、私はガッティナーラに面会し、今後の農業政策について相談した。


 ガッティナーラは書類を受け取ると、内容に目を通してから私へ視線を向けた。


「ロードス島への援軍とは別に、トウモロコシの栽培についても検討していただきたい、ということですな?」


「はい。今回の支援に回せる量については、マルク伯に調べてもらっています。それとは別に、今後の生産を広げる可能性について、皇帝陛下とフェルディナント殿下にも説明する機会をいただけないでしょうか」


「なるほど。まずは提案の内容を整理し、必要な調査を検討するわけですな」


「そうです。今すぐ帝国全体に広めるという話ではありません。実際に栽培に向いている土地や収穫量を確かめるところから始めたいんです」


 ガッティナーラは少し考えたあと、資料を机に置いた。


「わかりました。皇帝陛下とフェルディナント殿下にも説明できるよう、機会を設けましょう。ただし、政策として実行するかどうかは、調査の必要性や国内の事情も踏まえて判断することになります」


「もちろんです。私の考えだけで決められることではありませんから」


「では、説明に必要な資料を準備してください。援軍に回せる量の調査についても、結果がまとまり次第、合わせて確認できるようにいたしましょう」


「ありがとうございます」


 私は頭を下げた。


 これで、今回の食料支援と、将来の農業政策について、それぞれ検討を進めてもらえることになった。


     *


 数日後、私は皇帝陛下とフェルディナント殿下への説明の機会を得た。


 部屋にはガッティナーラとマルク伯も同席していた。机の上には、トウモロコシの栽培や輸送についてまとめた資料が並んでいる。


 皇帝陛下は資料を手に取り、しばらく目を通してから私へ視線を向けた。


「渡り鳥よ。トウモロコシをロードス島への支援に利用するだけでなく、帝国内での生産にも活用できると考えているのだな?」


「はい、陛下。トウモロコシには、帝国の食料生産を増やせる可能性があると考えています」


 私は背筋を伸ばして答えた。


「播く種子の量に対して多くの収穫を期待できることに加え、麦が育ちにくい土地でも、条件が合えばトウモロコシなら栽培できる可能性があります。そうした土地を見つけられれば、これまで十分に活用できなかった農地からも食料を得られるかもしれません。それに、家畜の飼料としても利用できます」


 フェルディナント殿下は資料に目を落とし、関心を示すように身を乗り出した。


「つまり、麦の生産量を増やすだけでなく、別の作物を育てることで、新たな食料生産地を確保できる可能性があるということか」


「はい。ただし、トウモロコシも万能ではありません。寒さが厳しく、実が成熟するまでの期間が足りない地域では難しいでしょう。実際の栽培に向いている土地を調べ、試験栽培で確かめる必要があります」


「家畜の飼料にもなるのであれば、農業全体への影響も考えられそうだな」


 フェルディナント殿下は納得したように頷き、マルク伯へ視線を向けた。


「輸送するうえでは、どのような点に注意が必要だろうか?」


 マルク伯は手元の資料を確認してから答えた。


「乾燥状態を保てば、穀物として輸送することは可能です。ただし、船の積載量には限りがありますので、国内の備蓄や種子として残す分を確保し、余剰を確認したうえで、どれほど送れるかを判断する必要がございます」


「国内の食料事情を悪化させてまで支援するわけにはいかぬな」


 皇帝陛下は資料を机に置き、ガッティナーラへ顔を向けた。


「まずは国内の備蓄と種子として残す分を確保し、そのうえで援軍に回せる量を調べさせよう」


「承知いたしました」


 ガッティナーラは一礼し、決定事項を書き留めた。


「農業政策についても、まずは栽培に適した地域の候補を調べさせる。どの土地で試験栽培を行えるか、必要な種子をどれほど確保できるか。その点を整理してから、実際の作付けを進めるか判断しよう」


 皇帝陛下の言葉を受け、フェルディナント殿下も頷いた。


「では、候補となる地域の調査と、試験栽培に必要な種子の確保について、担当者と相談しておこう。まずは小規模に試し、結果を見てから次の段階へ進めるのがよいだろう」


「ありがとうございます」


 私は頭を下げた。


 すぐに帝国全土で栽培を始めるのではなく、まずは適した土地を探し、試験栽培の準備を整える。今回決まったのは、そこまでだ。


 それでも、トウモロコシの生産を広げるための調査が、具体的に動き始めることになった。


「渡り鳥よ。今回の援軍だけでなく、帝国の農業にも役立つ可能性があるということだな。引き続き、気づいたことがあれば伝えてくれ」


 皇帝陛下は資料を閉じ、私へ視線を向けた。


「はい、陛下。私にできる範囲で考えてみます」


 私は一礼して答えた。


     *


 説明を終えたあと、私はローザリンデとともに、今後の確認事項を整理した。


「ロードス島への支援については、まず余剰の調査を進めることになりましたね」


 ローザリンデは決定事項を書き留めた紙を確認し、ほっとしたように息をついた。


「うん。船の積載量や援軍の人数も確認してもらっているから、それが揃えば具体的な計算ができると思う」


「農業政策の方も、試験栽培に向けた調査が始まるのですね」


「そうだね。実際にどれくらいの収穫が得られるかは、これから確かめていく必要があるけど、試してみる価値はあると思う」


 ローザリンデは援軍関連の資料と農業政策に関する資料を分け、それぞれに次の確認事項を書き添えた。


 今回の支援に必要な食料を確保することと、将来に向けてトウモロコシの生産を広げること。それぞれ目的は違うが、どちらも帝国の食料事情を改善する可能性につながっている。


 私は、まだ空欄の残る物資一覧を見つめた。


 船の数も、必要な兵力も、航海日数も、これから具体的に決まっていく。トウモロコシをどれだけ送れるかも、国内の備蓄や収穫量を確認してからでなければわからない。


 けれど、必要な調査の担当と目的は決まった。あとは結果を待ち、実際に運べる量と援軍に必要な物資を照らし合わせていけばいい。


 まずはロードス島への援軍を確実に送り届けること。そして、その準備を通じて見えてきたトウモロコシの可能性を、今後の農業にも生かせるようにすること。


 私はローザリンデと並んで、次の報告に備えて物資一覧を整えた。

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