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農業大学生、異世界で皇帝に呼ばれる――「迷い鳥」は国を変える  作者: 水源


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今度はフランケとその戦争の関係国との話し合い

 イングラントの使節を迎えた晩餐から、数日が経った。


 そして今夜、再び帝都の宮殿では外国の使節を迎えることになっていた。


 今回の相手は、フランケの使節団である。


 ただし、今夜はフランケの者たちだけを招いたわけではない。


 イタリアでフランケと戦っている諸勢力からも代表が呼ばれ、さらにフランケ軍の重要な戦力となっているスイス諸邦からも代表が席につくことになっていた。


 もっとも、イタリアと一口に言っても、それぞれが同じ考えを持っているわけではない。


 ヴェネツィアのように海を通じた交易を重視する国もあれば、北部の諸勢力には大陸側の権益を重視するところもある。


 南へ行けば、気候も産物も違えば、そこから生まれる食文化もまた違ってくる。


 政治だけでなく、料理まで一括りにはできない。


 だからこそ、帝国とフランケだけで話を決めるわけにはいかなかった。


 厨房で料理の最後の確認をしながら、私は少しだけ手を止めた。


「今回は、かなり難しそうですね」


 隣で皿の並びを確認していたローザリンデが、こちらの顔を覗き込む。


「イングラントよりも?」


「ええ。イングラントは、これから利益がぶつかるかもしれない相手でしたけど、フランケは違いますから」


 私は苦笑した。


「ついこの間まで、ビコッカで実際に戦っていた相手です」


 ローザリンデも慎重な表情で頷く。


「しかも今日は、その戦争に関わっている国々まで同じ卓を囲むわけですか」


「だからこそ、料理くらいは穏やかにしたいんですよ」


 私はそう言って、並べられた皿を見渡した。


 今回は、イングラントのときほど新しいものを前面に出すつもりはない。


 フランケが食べ慣れているような料理も用意しつつ、帝国の料理もきちんと見せる。


 そしてイタリア側には、一口に「イタリア料理」とまとめられないよう、それぞれの土地の特徴を意識した料理も用意している。


 ヴェネツィアのような海の国には魚を。


 北の土地には肉やチーズ、穀物を使った料理を。


 南の土地には小麦や豆、野菜を活かした料理を。


 スイスにはパンやチーズ、ナッツや干した果物を使ったものを。


 もちろん、厳密に各地の料理を再現したわけではない。


 ただ、それぞれの違いが伝わるようにはしている。


「フランケの料理も参考にしたんですよね?」


「はい。肉料理には香辛料を効かせていますし、魚には酸味のあるソースを合わせました」


 そう答えながら、私は最後の料理を確認する。


「それに、フランスの料理をそのまま再現するだけじゃなくて、帝国の料理人が作ったものとして出したいんです」


「また、あなたらしいですね」


 ローザリンデが小さく笑った。


「相手の文化を尊重しながら、自分たちのものもきちんと見せる」


「それが一番だと思います」


 そこで晩餐の開始が告げられた。


 ほどなくして、皇帝陛下とフェルディナント大公、ガッティナーラ、マルク伯が席につく。


 その向かいにはフランケの使節団。


 左右には、ヴェネツィアをはじめとするイタリアの諸勢力の代表。


 さらに、その一角にはスイス諸邦の代表が座っていた。


 最初の料理は、野菜と豆を煮込んだ温かなスープだった。


 香草を効かせ、肉の旨味も加えている。


 長旅で冷えた体を温めるには、ちょうどよい料理だ。


「まずはこちらをどうぞ」


 給仕が皿を置くと、フランケの使節はしばらく香りを確かめてから口に運んだ。


「これは温まりますな」


「豆や野菜を煮込んであります」


「こうした料理は、我々の土地でもよく見かけます」


 使節の言葉に、北イタリア側の代表も頷く。


「我々の地方でも、似たような煮込みがありますよ」


 すると、別のイタリア側の代表が苦笑した。


「こちらの地方とは、使うものが少し違いますがね」


「そうなのですか?」


 私が尋ねると、代表は肩をすくめる。


「同じイタリアと呼ばれても、土地によってずいぶん違いますからな」


 その言葉に、周囲から小さな笑いが起こった。


 スイスの代表も杯を手にしたまま口元を緩める。


「それは我々も同じでしょう。山と平地では、食べるものも随分変わります」


 最初の皿から、国だけでなく土地による違いまで話題になった。


 私はそれを聞きながら、少しだけ安心する。


 次に運ばれたのは、魚料理だった。


 焼いた魚に酸味のあるソースをかけ、香草を添えている。


 ヴェルジュや酢の酸味を使い、香辛料で風味を整えたものだ。


「魚ですか」


 フランケの使節が皿を見て尋ねる。


「ええ。酸味を効かせています」


「なるほど」


 使節は一口食べ、目を細める。


「こういう味つけは、我々にも馴染みがありますな」


「それなら良かったです」


 私が笑うと、ヴェネツィア側の代表が魚を眺めながら口を開いた。


「魚と酸味の組み合わせなら、我々のほうがうるさいかもしれませんな」


 そう言って笑うと、フランケの使節も笑う。


「海の国には敵いませんか」


「魚についてだけは、自信がありますよ」


 そのやり取りに、再び場が少し和らいだ。


 続いて出したのは、北のイタリアを意識して、穀物とチーズを使った一皿だった。


 香草と肉の旨味を加え、濃厚すぎない味わいに仕上げている。


 北イタリア側の代表が一口食べると、少し意外そうな顔をした。


「これは穀物とチーズですかな」


「はい。北の土地を意識してみました」


「なるほど」


 代表はもう一口食べてから頷く。


「こういう料理を見ると、確かに土地による違いを感じますな」


「南のほうなら、また違った料理になりますか?」


 私が尋ねると、南側の代表が笑った。


「当然でしょう。小麦も豆も野菜も、こちらとは使い方が違います」


「なるほど」


 私は思わず頷いた。


「やっぱり、一口にイタリア料理とは言えないんですね」


「我々に言わせれば、そもそも一つの料理体系だと思っていない者もいるでしょうな」


 その言葉に、周囲からまた笑い声が上がった。


 続いて出したのは、鶏肉を香辛料とともに煮込んだ料理だった。


 胡椒やショウガ、シナモンなどを使って香りを立たせている。


 一口食べたフランケの使節は、今度は明らかに興味深そうな顔をした。


「これは随分と香辛料を使っていますね」


「こういう香りを好む料理もありますから」


「我々の料理にも似ています」


 使節は小さく笑う。


「ただ、少し帝国らしい味になっている」


「そこは料理人の腕ということで」


 私が答えると、マルク伯が横から口元を緩めた。


「なるほど。相手の料理をそのまま出すのではなく、帝国流にしたわけか」


「せっかく作るなら、そのほうが面白いでしょう?」


「お前は本当に料理を外交に使うのが好きだな」


「食事をしている間くらいは、険しい顔をしなくて済みますから」


 今度はスイスの代表からも小さな笑いが漏れた。


 次に運ばれたのは、スイスの代表にも楽しんでもらえるよう用意した一皿だった。


 パンに山のチーズ、ナッツや干した果物を添えている。


 派手な料理ではない。


 だが、素材そのものの味を楽しめるようにしてある。


「これは?」


 スイスの代表が尋ねる。


「山の土地を意識して用意しました。パンとチーズ、ナッツ、それに果物です」


 代表は少し驚いた顔をしてから、チーズを手に取った。


「なるほど。こういうものまで考えていたのですか」


「せっかくですから」


 一口食べた代表は、静かに頷いた。


「懐かしい味がしますな」


 その表情を見て、私は少し嬉しくなった。


 豪華さだけが料理ではない。


 自分たちの食べ慣れたものが卓にあるだけで、緊張が少し解けることもある。


 やがて、今日の主役とも言える料理が運ばれた。


 大きく焼き上げた肉のパイだった。


 表面を香ばしく焼き、切り分けると中から肉と香辛料の香りが広がる。


 フランケの使節は、皿を見るなり目を細めた。


「これは……」


「フランケの料理を参考にしました」


 私が答える。


「肉と香辛料を合わせて、パイに包んであります」


 使節は切り分けられた一切れを口に運んだ。


 しばらく黙って噛みしめたあと、静かに頷く。


「故郷を思い出しますな」


 その顔に、先ほどまでの緊張とは違うものが浮かんだ。


「こういう料理なら、我々の者も喜ぶでしょう」


「それは良かったです」


 私が微笑む。


 すると、ヴェネツィア側の代表がパイを見ながら口を開いた。


「我々も、この種の料理には馴染みがあります。土地は違っても、宴席の料理というものは似るものですね」


「料理は国境を越えますからな」


 フランケの使節が答える。


 その言葉に、今度は誰も笑わなかった。


 なぜなら、全員がその意味を理解していたからだ。


 料理なら国境を越える。


 だが、人と軍隊が国境を越えれば、それは戦争になる。


 フランケとイタリア諸国は、今なお戦っている。


 そしてスイスもまた、その戦争に深く関わっている。


 次に運ばれたのは、南のイタリアを意識した小麦と豆、野菜を使った料理だった。


 素朴ではあるが、香草と油で風味を引き出している。


 南側の代表が一口食べる。


「こちらも、我々の土地をよく見ていますな」


「北とは、やはり違いますか?」


「同じ小麦でも、使い方はいろいろありますからね」


 代表は笑った。


「料理を見れば、その土地の暮らしも少し分かる」


 その言葉に、私は思わず頷いた。


 国が違えば料理が違う。


 同じ国の中でも、土地が違えば料理が変わる。


 それなら、人の考えが違うのも当然なのだろう。


 そんなことを考えていると、皇帝陛下が杯を手にした。


 晩餐の空気が少し変わった。


 いよいよ、本題なのだ。


「我々が今夜ここに皆を招いた理由は、食事を楽しんでもらうためだけではない」


 皇帝陛下の声に、全員が姿勢を正す。


「イタリアで続いている争いについて、話をしたい」


 フランケの使節は黙って陛下を見る。


 イタリア側の代表たちも、それぞれ表情を引き締める。


「帝国とフランケは、今なお戦っている」


「その通りです」


 フランケの使節が頷く。


「そして、我々もその戦争に関わっている」


 ヴェネツィアの代表が静かに口を開いた。


「帝国とフランケが勝手に話をつけて、我々を置き去りにするつもりではないでしょうな」


 言葉は穏やかだったが、牽制としては十分だった。


 ガッティナーラが静かに首を振る。


「そのつもりはありません」


 スイスの代表も腕を組みながら口を挟む。


「我々にも、我々の事情があります。兵を出すにしても、戦を続けるにしても、何もかもフランケの判断だけで決められては困ります」


 フランケの使節は苦い顔をしたが、反論はしなかった。


 皇帝陛下が全員を見渡す。


「だからこそ、今日はフランケだけを相手にするつもりはない」


「では、何を?」


 フランケの使節が尋ねる。


「まず、戦争を止める可能性があるのかを探りたい」


 その言葉に、フランケの使節の表情がわずかに動く。


「停戦を?」


「まだ、決まったわけではありません」


 ガッティナーラが慎重に続ける。


「ただ、帝国としてもフランケとの戦いを永遠に続けたいわけではない」


 フランケの使節は黙った。


 やがて、静かに口を開く。


「イタリアの戦場では、我々にも譲れないものがあります」


「こちらにもある」


 帝国側の代表が答える。


「だからこそ、一度にすべてを解決しようとは考えていないのです」


 ヴェネツィアの代表が眉を上げる。


「では?」


「戦争を止められる部分があるのか、探るのです」


 マルク伯が言葉を引き取る。


「停戦線や占領地、諸侯の扱い、その他の問題。ひとつずつ話せばいい」


 スイスの代表も考え込む。


「少なくとも、戦争を続けることだけが選択肢ではないと?」


「その通りです」


 皇帝陛下が頷いた。


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて、フランケの使節が静かに杯を置く。


「本国に持ち帰って相談する価値はありそうです」


「それで十分だ」


 陛下が答える。


「今日ここで停戦を決める必要はない」


 その言葉に、イタリア側の代表たちも顔を見合わせる。


 ヴェネツィアの代表がゆっくりと頷いた。


「ならば、我々も話を続けましょう」


 北側の代表も頷く。


「我々も、帝国とフランケだけで決められるのは困りますからな」


 南側の代表も続ける。


「我々も同じです」


 スイスの代表は一度だけフランケ側を見てから、静かに答えた。


「我々も協議の内容を持ち帰る必要があります」


「もちろんだ」


 ガッティナーラが頷いた。


「誰か一国だけで決める話ではありませんからな」


 最後の料理として、果物と焼き菓子を出した。


 砂糖を使った菓子は控えめだが、香辛料の香りを残している。


 フランケの使節が菓子を口に運み、ふっと笑った。


「最後まで、料理で話をさせるつもりなのですね」


「そんなつもりはありませんよ」


 私は苦笑する。


「ただ、せっかく同じ卓を囲んだんですから、最後くらいは美味しく終わりたいだけです」


「それがいいでしょう」


 使節は頷いた。


「今日の話は、簡単には決まりません」


「分かっています」


「我々にも我々の立場がある」


「こちらにもあります」


 使節は少しだけ笑った。


「だからこそ、もう一度話すことには意味がありそうですな」


 やがて晩餐が終わり、使節たちが席を立った。


 フランケの使節とイタリア側の代表たちは、それぞれ皇帝陛下やガッティナーラに挨拶をしながら退出していく。


 最後まで完全に打ち解けたわけではない。


 それでも、最初に席についたときより、わずかに空気は軽くなっていた。


 私たちが料理の片づけに入ろうとしたところで、ガッティナーラが私のほうへ顔を向けた。


「少し時間を取れますかな」


「はい?」


 そう答えると、ガッティナーラはローザリンデにも目を向けた。


「あなた方は先に厨房へ戻っていてください」


「分かりました」


 私が頷くと、ガッティナーラはそのまま部屋の外へ向かった。


 私は何となく気になりながら、ローザリンデと厨房へ戻る。


 しかし、それからしばらくすると、廊下の向こうからスイスの代表が一人で戻ってくるのが見えた。


 先ほどまでとは違う、少し慎重な顔をしている。


 そのままガッティナーラと短く言葉を交わし、再び部屋の奥へ消えていった。


「……何を話しているんでしょう?」


 ローザリンデが小声で尋ねる。


「さあ」


 私は首を傾げる。


 ただ、何となく想像はついた。


 停戦の話とは別に、何かを探っているのだろう。


 しばらくして、今度はヴェネツィアの代表が呼ばれた。


 さらに北イタリア側の代表、南側の代表と、一人ずつ別々に話をしているようだった。


 誰もその内容を大っぴらには話していない。


 だが、最後に戻ってきたガッティナーラの表情を見れば、手応えがまったくなかったわけではなさそうだった。


「何かあったんですか?」


 私が尋ねる。


 ガッティナーラは一瞬だけ私の顔を見てから、口元に薄い笑みを浮かべた。


「まだ秘密です」


「え?」


「今日の表の話とは別の話ですよ」


 そう言ってから、少しだけ声を落とす。


「オットマンについて、幾つか聞いてみました」


 私は目を瞬く。


「オットマン?」


「ええ。ただ、協力してほしいと頼んだわけではありません」


 ガッティナーラは首を振る。


「まずは、東方の情勢をどう見ているのか。そして、帝国と何らかの形で協力する余地があるのか。それを探っただけです」


「なるほど……」


 私は小さく頷いた。


 ヴェネツィアなら海の問題がある。


 北の諸勢力ならイタリアの防衛がある。


 南側には南側の事情がある。


 そしてスイスにも独自の判断がある。


 全員が同じ考えを持つわけではない。


 だからこそ、一つずつ探る必要があるのだろう。


「フランケとの停戦が決まっていないのに、もう次の話ですか」


 私が思わず笑うと、ガッティナーラも苦笑した。


「外交は、一つ決まるまで次のことを考えてはいけない、というものではありませんからな」


「確かに」


 その言葉を聞いて、私は前のイングラントとの晩餐を思い出した。


 あのときも、フランケでは協力できるが、新大陸では競争になるという話をしていた。


 今夜は、それに加えてさらに別の線が引かれたことになる。


 フランケとは戦争を止められるか探る。


 イタリアの諸勢力とは、それぞれの事情を踏まえて話をする。


 スイスとも、独自の可能性を探る。


 そして、その一方でオットマンへの対処について、密かに協力の余地を探る。


「……晩餐って、本当に一枚の地図みたいですね」


 私がそう呟くと、ローザリンデが苦笑した。


「今度は何本の線を引いたんでしょうね」


「分かりません。でも、前よりずっと複雑になってきました」


 私はそう言って、片づけの終わった皿を眺める。


 豆と野菜の煮込み。


 酸味のある魚料理。


 北の土地を意識した穀物とチーズ。


 スイスのパンとチーズ、ナッツと果物。


 香辛料を効かせた鶏肉。


 フランケを意識した肉のパイ。


 南の土地を意識した小麦と豆と野菜の料理。


 そして帝国の仔牛肉。


 国ごとに違う。


 同じイタリアの中ですら違う。


 それでも、一つの食卓には並べられる。


 外交も、同じなのかもしれない。


 仲良くなる必要はない。


 すべての利益を一致させる必要もない。


 それでも、協力できるところを探すことはできる。


 私は小さく息を吐いた。


 フランケとの戦争は、まだ終わっていない。


 停戦すら決まっていない。


 けれど、その先にあるものは少しずつ見え始めている。


 東方ではオットマンが力を増している。


 もしフランケとの戦争を終わらせることができれば、帝国にとって新しい選択肢が生まれる。


 そして、そのときに備えて、今のうちから手を伸ばせる相手へ、静かに声をかけておく。


 それが外交というものなのだろう。


 晩餐は、今日もまた一枚の地図になった。


 けれど今夜の地図には、国境だけではない。


 敵と味方を単純に分ける線の向こうに、協力できる場所と、競争する場所。


 そして、まだ誰にも見せてはいけない、細い線まで描かれ始めていた。

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